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禁断の果実 02


目が覚めたら女になってました。

なんて、今時そんな話下手な漫画やドラマでもやっていない。
子供の頃にそんなドラマ一度だけ見たような気がするけれど、実際にそんなことないよねーとアスランと2人で笑っていたような気がする。

だが、それが実際自分の身に降りかかってきたとなると笑ってばかりもいられないわけで。
己の身体を見下ろしながら、キラはため息を一つついた。

「さて、どうしよう」

傍から見るとさして困ったようには見えないが、一応これでもそれなりに悩んでいるのだ。
昨夜もアスランと2人で愛を確かめ合って眠ったために、お互い一糸纏わぬ姿なので、幸か不幸かこの事実にもすぐに対面してしまったのだが。
首筋や胸元につけられた所有の印。
それはもはや珍しいものではないけれど、問題はそのすぐ下にある。
男の身体には決してないはずのふくらみが、そこにはしっかりと存在していて。
その代わりと言ってはなんだが、下肢にあった男性特有のモノがなくなっている。
昨日の夜――正確には今日の未明までだが――には確かに男だったキラは、突然襲ったこの非常事態に言葉もない。
試しに触ってみると、ふに、と柔らかい感触が掌に伝わる。

「本物…」

意外に触り心地いいんだと思ってしまうあたり、度胸が据わっているのか現実を認識していないのか。
おそらく両方なのだろうが、キラは困ったように首を傾げ、この事態をどうにかしようと考え、そして――諦めた。
元々あまり深く悩まない性格のうえ、ザフトに来てからというものすべてアスランに頼り切った生活をしているために、ものの見事に自分で何とかしようという気にはならなくなってしまったらしい。
そして今もまた解決策を見つけてもらおうと、隣で眠る恋人の肩をぱしぱしと叩く。

「アスラン、アスラン」
「んー」

どうやらまだ眠りの中にいるらしい恋人は、叩かれたキラの手を握りこんで眠り続行中である。
確かにここ最近のアスランのシフトは過酷なものがあったし、眠ったのもつい数時間前という状況では、いくら寝起きのいいアスランでもすぐには目覚められなくても無理がない。
だが、キラは早く相談したかった。
何しろあと1時間もすれば勤務時間になってしまうのだから。
多少特殊な経過で軍人となったキラは、アスランと違ってそれほど過酷な勤務になることはないが、それでもこのまま皆の前に出るには些か躊躇うわけで。
気持ちよい微睡の中を漂っているアスランには悪いが、この際起きてもらうしかないのだ。

「あのね、アスラン」

耳元に唇を寄せるとかすかに瞼が震えた。覚醒を促すように端整な頬に手を触れてそっと囁く。

「僕、女になっちゃった」
「はあ?!」

さすがはザフトのトップガン。素晴らしい反応だ。
コンマ何秒という動きでベッドから飛び起きたアスラン隣にいる恋人の身体を凝視した。
何かを身につけるということまで思い至らなかったのか、一糸纏わぬあられもない姿のまま正座している。
そこにいるのは顔こそキラだが、身体は間違いなく女性のもので。
思わずぺたりと胸に触れれば、昨夜までとは明らかに違う感触。
偽物ではなさそうで、アスランの動きがそこで止まる。

「本物…?」
「みたい。どうしよう」

元々細身ではあったけれど、更に細くなった肩。
決して大きくはないが形のよい胸。
ゆるやかなカーブを描く細いウエストと綺麗な足。
困ったように小首を傾げて自分を見る姿はどこまでも無垢で、だがその真珠色の肌に散らばる赤い情痕がひどく扇情的だ。
とりあえず目の毒なので、アスランはアンダーをキラにかぶせて視界から裸体を遮断する。
アスランとてまだ16歳の健康な男子だ。
いくら恋人のものだとは言っても、見慣れない女性の裸体が目の前にあっては明晰と呼ばれた頭脳も上手く機能するはずがない。
服を着てしまえば顔は見慣れたキラの顔である。
胸元に多少違和感はあるが、まったくの別人になったわけではないので、何とか対処は可能だろう。

「…で、原因は?」
「さあ?」

起きたらこうなってたし。
本当に困っているのかよくわからないのほほんとした様子で小首を傾げるキラは、多分この状況を本気で困っていないのだろう。
意外に度胸が据わっているというか、状況に適応するのが早いというか、何も考えていないというか。
とにかくキラは少々のことでは動じない性格であったことを、今更ながらアスランは再認識した。

「何か変なもの食べたか?」
「う〜ん、ほとんどアスランと同じものだったと思うけど…あっ」
「何?」
「昨日パトリック小父さんから荷物が届いてて、その中にチョコレートがあったから」
「…食べたのか」
「うん…。あの…まさか…」
「そのまさかだろう」

アスランは頭を抱えた。
おそらく原因は十中八九それだろう。
ここ最近のパトリックの『キラをアスランの嫁に』熱は燃え広がっており、ラクスとの婚約を破棄したり同性婚を法律で可決させようとしたりと、常軌を逸している傾向がある。
何もそこまでと思わなくもないが、暴走したパトリックを止めることは難しく、幸いここはパトリックの暴走の届かない軍艦の中だから、当分の間は問題ないだろうと高をくくっていたのが悪かったのか。
どういう経過かわからないが、どうせまた怪しい薬でも開発したのだろう。
アスランに見つかれば即座に処分されてしまうとわかっているからか、チョコレートに混ぜるとは敵も少々知恵がついてきたようだ。
甘いものが苦手なアスランが決して手を出そうとせず、また甘党のキラがアスランに内緒で食べてしまうだろうチョコレートならば、間違ってもアスランの口に入ることはない。
アスランにしてみればキラが男でも女でも変わらないのだが、どうしても孫の顔が見たいパトリックにとっては、キラの性別は重要なのだろう。
ここで別の女性と結婚しろと言わない辺りがパトリックらしいと言えばらしいのだが。
キラを溺愛しているパトリックにとって、『キラ』が嫁になることを最重要課題に置いていることは知っていたが、手段を選ばなくなっているのは如何なものか。
救いはキラがそれほどショックを受けていないことだ。

「まあ、なってしまったものは仕方ない。とりあえず父上に連絡を取って早急に元に戻る薬を開発してもらわないと」

このままでもアスランは構わないが、さすがにパトリックに振り回されるキラが可哀想だ。

「えっとね、アスラン」
「どうした?」
「非常に言いにくいんだけどね…」

怪訝そうに見つめる視線の先で、美少女へと転身を遂げた恋人はどこか罰が悪そうに頭をかいた。

「あのチョコレート、イザークにもあげちゃったんだよねえ」

あはははと乾いた笑いを漏らすキラの前で、アスランは大きくうなだれた。
このままどこかへ逃げようかなと思わず考えてしまったのは無理もないだろう。

起床時間まであと1時間弱。





嵐は、まだ来ない。