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禁断の果実 01


タッド・エルスマンは悩んでいた。
とんでもなくどうしようもなく果てしもなく悩んでいた。
と言ってもプラントの行く末とか日々激化していく戦争の終結方法などではない。
勿論それは常にタッドを悩ませている原因の一つであるが、それよりも重要かつ深刻な悩みと言っても問題はないだろう。
ここ数日は寝ることもできないほどに苦しんでいる悩み。
それは、愚息ディアッカ・エルスマンのことである。
輝く黄金色の髪と褐色の肌、どこか挑発的な紫紺の瞳を持つ息子は、親の欲目を抜きにしても見目は悪くないと思う。
愛する妻に似た容姿の息子は、幼い頃から女性に人気が高かった。
コーディネイターでも高い水準に位置するであろう容姿と能力。
軽く見られてしまう傾向はあるものの厳しく育てた甲斐もあってか、公の場に出れば周囲の大人からもそれなりの評価を得られるほどには資質に恵まれている。
そんな息子ではあったが、何をとち狂ったのかいきなりザフトに入隊してしまい、事後報告として赤服を獲得したと聞かされた時のタッドの驚きはそれはそれは大きかった。
ディアッカには将来自分の補佐をしてもらい、ゆくゆくは評議会議員になどと描いてきた希望の将来図とはかけ離れてしまったものだから、普段クールなタッドにしてみればとんでもないくらいに慌てたが、既に決定してしまったものを覆すことは例え最高評議会議員という立場を使っても難しいものであることを痛感させられただけだった。

確かに『血のバレンタイン』以降、本来の仕事と評議会の業務が重なり自宅に帰れるのは月に数回、日付が変わる前に帰れたことはこの1年でも数えるほどしかなかったが、だが愛する息子が軍に入隊する、しかも最前線に赴くMSのパイロットであまつさえ赤服なんかを獲得してしまえば向かう先は激戦区であることは間違いなく。
妻子をこよなく愛するタッド・エルスマンにしてみれば、それはどうあっても認めるわけにいかず、頑として反対の意を示したら、愛息ディアッカは半ば家出同然で任務に赴いてしまったのである。
持って生まれたポーカーフェイスと極度の口下手のせいでディアッカ本人にはこの溢れる親心に欠片も気付いていないという不幸も相まって、タッドの心労は上昇の一途である。
こうなったらディアッカに婚約者をあてがって早々に軍を退役させようと思ったものの、広い交友関係を持つくせに特定の女性との付き合いを拒んでいたせいか、彼の身近に理想的な女性は存在しなかった。

タッドの探している女性、それは妻に似て賢く妻に似て優しく、そして妻に似て美しい女性。
愛する妻のように家庭的な女性か、それとも同僚として敬意を抱くエザリア・ジュールのような才女か、贅沢は言わないが最低それぐらいの基準を満たした女性。
選ぶ基準が完璧に自分の好みな上に、そんな年頃の女性などいるはずがないという周囲のツッコミすら聞く耳を持たずに方々を探した結果、周囲の予想通り誰一人としてタッドの目に適った人物はいなかった。
落胆するタッドに追い討ちをかけるように知らされた息子の隠された恋愛事情。
パトリックの口からそれを聞かされた時には、評議会議場で卒倒してしまったほどである。

愛する妻と息子、そして美しい嫁と可愛い孫達に囲まれて老後を過ごすという、タッドの夢が目の前で砕かれてしまったその事実。



まさか息子の恋人がイザーク・ジュール(♂)だったとは…。



何故あれだけ女性にもてるディアッのが選んだのが同性であるイザークなのか、いやでもイザークは母であるエザリアによく似て知的な美形ではあるが、だがしかしその性別は紛れもなく男。
♂、漢、MAN。
つまり、遺伝子上どう頑張っても子供はおろか今の法律では結婚すら無理だ。
愛する息子にはコーディネイターの少子化対策に貢献するように沢山の孫を産んでもらいたいもので――いやでも産むのは嫁であって息子ではないけれど――このままでは老後になっても孫はおろか息子の花婿姿すら見ることができないではないか。

イザーク個人についてはタッドの印象は決して悪くない。
母であるエザリアから日々孝行息子の話を聞いているからかもしれないし、あの誠実な人柄を幼い頃から知っているからかもしれない。
同年代の息子を持つ親としてお互い仲良くなればと2人を引き合わせたのはタッドとエザリアである。
双方の親の目論見通り2人はすぐに打ち解けて常に行動を共にするようになったことを喜びこそすれ、悔やむことなど今まで一度もなかった。

まさか2人に恋愛感情が芽生えるなど、その当時は思うはずもない。

「何故、イザークが男なのだ…」

そう、イザークの性別が女なら、いや仮に男でもいい。

2人の間に子供が産まれるのであれば(無理)。

だがしかし、仮にイザークとの交際に反対したらどんな状態になるか怖くて想像できない。
今でさえ碌に口も聞いてくれない状況なのだ。
家を出てしまうだけならまだしも、2人手に手を取り駆け落ちなんてことになったらどうしたらいいのか。
頑固そうな外見をしているものの、家族に対しては臆病なタッドである。

「あぁ…、どうしたものか」





「いい方法があるぞ」





途方に暮れたタッドの独白に返ってきたのは聞きなれた声で、思わず振り返ればいつのまに執務室に入ってきたのか、同僚兼上司であるパトリック・ザラの姿があった。

「息子の恋人が男だったくらい、そう気にするものでもあるまい。なにしろ我々には有り余る権力がある」

最高評議会議長の台詞とは到底思えないが、そう言われてタッドは思い出した。
パトリックもまた、タッドと似た悩みを抱えていた1人であることを。
パトリックの息子アスランもまた、同性であるキラ・ヤマトと恋愛関係にあった。 最もパトリックとタッドの違いは、パトリック自身がキラに「お義父さま」と呼んでもらいたい一心で、息子であるアスランを焚き付けていたことにある。

アスランと幼馴染であるキラ・ヤマト。
幼い頃から少女のように愛らしかったキラに、一目会ったときから「息子の嫁に」と固い決意を抱いていたパトリックは、2人をくっつけるために水面下で法に触れるぎりぎりのラインで様々なことを画策していた。
2人が恋人同士になったことを一番喜んだのは他でもないパトリックで、その事実が発覚するや否やラクス・クラインとの婚約を秘密裏に解消、現在は同性婚を認める法律を可決させようと日々邁進中なのである。

「だが、いくら何でも子供は無理だぞ」
「何を言っている。そんな時のためにお前がいるのではないか、タッドよ」

そう言ってタッドに囁いたのは、まさに悪魔の囁きと呼ぶに相応しく。
その魅力的な誘惑に抗うことは、今のタッドには不可能だった。

「な?」
「なるほど」

普段の厳つい顔からは想像もできないほどに不気味な笑みを浮かべる大人2人の姿は、幸いにも誰の目にも触れることはなく、かろうじて最高評議会の威厳は保たれたのであった。