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Shepherd Moons 12


残されているのは―――
希望か終焉か―――







クルーゼ隊は長期の本国待機を任ぜられている。
表向きは初陣の報酬という名目であったが、休暇が下ってからすでに2月ほどになる。
さすがに休暇は終了しているが、その間クルーゼ隊のメンバーに特定された任務はないと言っていい。
唯1人アスランだけは保護してきた幼馴染の世話という任務を請け負っていたが、他のメンバーは大した仕事もなく、自己鍛錬のみに時間を費やしていた。
戦争は激化しており、宙域のあちこちでは地球軍との小競り合いが続いているというニュースも入ってきている。
いつ出陣命令が下っても可笑しくないこの現状で、だがクルーゼ隊が前線に出る素振りはない。
その理由がどこにあるか、イザークは見当がついていた。

「キラ・ヤマト…」

先の任務で保護したオーブ国籍の少年。
アスランの幼馴染で、プラントでも数少ない第一世代目のコーディネイター。
彼の精神が不安定でアスランの姿がないと恐慌状態に陥るのだと言われた。
その様子をイザークは一度だけ目撃したことがある。
キラが眠っている時、どうしても外せない用事でアスランがキラの傍を離れたほんのわずかな時間に目を覚ましたキラは、室内にアスランの姿が見えないことで怯え、たまたま様子を見に来た医師の姿を目撃して錯乱してしまったのだ。
子供のように泣き喚き床に小さく蹲る姿は見ていて痛ましかった。
すぐにアスランがやってきてその場は治まったものの、アスランの腕の中で落ち着きを取り戻したキラは何も覚えておらず、涙に濡れる顔で嬉しそうにアスランに甘える姿は、やはりどこか常軌を逸したもので。
ほんの一瞬姿が見えないだけであの状態なのだ。
前線に出れば数ヶ月戻ってこないことなど珍しくない。
それにキラが耐えられるとは到底思えない。
ましてやMSパイロットとして戦地に赴くアスランはいつ何時命を落とすかしれない。
そうなった時、キラは果たしてどうなってしまうのか。
なるべくなら想像したくないことだ。
自分が助けたという理由を抜きにしても、あの少年は放っておけない。
イザークは、キラを非常に不安定な人物と評している。
彼は脆く弱く、そして危険な存在だ。
アスランと一緒にいる姿だけを見れば到底抱かない印象だが、時折見せる昏い眼差しはイザークですら背筋が凍るほどに冷たい。
人格障害を起こしていることは知っていたが、おそらくまだ表面化していないだけで、彼の内面にはとても昏く深い闇が巣食っているようにイザークには思える。
どれだけ自分達と打ち解けても、どれだけ明るい笑顔を向けられても、おそらくそれはアスランの存在とは比較にならないはずだ。
それほどアスランの存在はキラの中で大きい。
最高評議会――パトリック・ザラもそれがわかっているからこそ、この不利な戦況にも関わらずアスランをキラの傍から離そうとしないのだ。
だが、それもいつまで続くだろうか。
目の前のテレビからは厳しくなる戦況を伝えるニュースが絶えず流れている。
能力的には優れているザフトではあるが、圧倒的に数が少ない。
かろうじて互角に持ち込んでいるものの、この戦況がいつ引っ繰り返るかわからず、本来ならクルーゼ隊は最前線で地球軍の戦艦を一つでも多く撃沈しておかなければならないのだ。
そのために選ばれた知将ラウ・ル・クルーゼであり、ザフトレッドなのだから。

「くそっ!」

キラの容態が気にならないわけではないが、このままこうしているわけにいかないのも事実。
ましてやイザークはこの戦争に勝利するために軍人になったのだ。
今戦わずにいつ戦えばいいのか。
忸怩たる思いを胸に抱いたままテーブルを蹴りつければ、たまたま戻ってきたエザリアに目撃され盛大に眉を顰められた。

「イザーク、行儀が悪くてよ」
「母上、お帰りでしたか」
「つい先ほどね。生憎すぐに出なくてはならないのだけど」

最高評議会議員としてのエザリアは多忙だ。
何日も家に帰らないことは珍しいことではない。
女性でありながら国の中枢を担う役職についている母を自慢に思うけれど、その美貌に疲労の色が隠せない様子を見ては、さすがに心配だ。

「あまり無理をなさらないでください」
「ありがとう。でも今無理をしなければ状況はどんどん悪化するだけですもの。我々の未来と自分の身体。どちらを優先するかはおのずと分かるでしょう」
「ですがっ」
「わかっているわ。イザーク。でも譲れない時はあるの。それはあなたもわかっているわね」
「はい…」
「大丈夫。そう続くものでもないし、明日からは少し余裕ができるはずよ」

安心させるように笑みを浮かべる姿は政治家としてのものではない。
自分に心配をかけないようにという配慮なのは十分すぎるほどにわかってしまい、もう成人しているというのに母親に気を遣わせてしまっているのが申し訳なかった。
安心して自分を頼ってほしいと言いたいけれど、自分ではまだ力不足だ。
だからこそ、せめてこの戦況を好転させるために力添えになれればいいと思っているのに、それすら叶わないのが情けない。

エザリアは息子の心境がわかるのか、笑みを深くした。
真面目で正義感が強い息子はエザリアの自慢であり誇りだ。
将来は政治家として自分の片腕になってもらえればと思っていたが、息子が自分で選んだ道なのだから文句を言うつもりはない。
大切な大切な息子。
できるならば危険な戦場になど赴いてほしくはない。
だけど彼の能力はパイロットとして申し分なく、また初陣で十分すぎるほどの成果を上げたほどの実力者でもある。
何よりも軍の下した命なのだから仕方ない。
不本意ではあるのだけれど。

「イザーク、近日中にクルーゼ隊には出陣命令が下ります」
「母上?」

母としてではなく政治家としての表情で自分を見るエザリアに一瞬怪訝そうな顔を向けるものの、その眼差しを受けてイザークは頷いた。

「極秘任務ですので、そのつもりで待機しているように」
「はい」
「それからもう一つ。クルーゼ隊に新しく隊員が加入します。あなたたちは彼の面倒を見ることになるでしょう」
「新人ですか…まさか?!」

目の前で頷くエザリアにイザークは信じられないと首を振る。
予想していないといったら嘘になる。
彼がアスランの傍を離れて正気でいられるはずがないと思っていたのは確かだったから。
だが、いくら何でも無茶だ。
あのように小さな子供。
しかも心に大きな疵を持ち、いつ感情が爆発するかわからないのに。
泣き喚くだけならまだいい。
イザークが恐れているのは、それよりも最悪の事態で。
あの昏い瞳の少年が何をするか想像できないからこそ、戦場に連れて行くことは無謀極まりない。
そんな事態はイザークよりもキラを担当していた医師達の方が十分にわかっているはずだろうに。
彼らから逐一報告を受けているエザリアがわからないはずはない。

「あなたの言いたいことはわかりますよ、イザーク」
「でしたら…」
「ですが、彼を1人にすることはできないのです」
「母上!」
「キラ・ヤマトを1人でプラントに残させるということは、プラントの崩壊を意味します」

向けられた眼差しは真剣で、イザークは一瞬言葉を詰まらせる。
自分とよく似た美貌。
だが遥かに叡智を窺わせるアイスブルーの眼差しが強く煌めいた。

「昨日、プラントのホストコンピューターが何者かにジャックされました」
「?!」

プラントのホストコンピューターと言えばプラントの中枢を占めるメインシステムで、プラントの生命維持装置はおろかすべてのシステムの中継点でもある。
軍の施設にもすべて繋がっているうえ、このホストコンピューターの誤作動でプラントの命運は一瞬にして尽きる。
文字通りプラントの心臓であり、そのため何重にも厳重なセキュリティに守られており、どれほどのハッカーであろうとも侵入できるような代物ではないはずだ。
それがジャックされたということは、見知らぬ何者かに全コーディネイターの命を握られたようなもの。
戦争どころではない。
エザリアは尚も言葉を続ける。



「犯人はキラです」


  • 07.08.31