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Shepherd Moons 10


何がどうなっているのか
よくわからない







白い部屋の中心で、キラは所在なさげに肩をすくませた。
何が何やらさっぱりわからない。
目が覚めたら病院で、周りには知らない人ばかりで。
大怪我をして入院していたんだよと言われても、まるで他人事のようでどこか釈然としない。
第一怪我をした覚えすらないのだ。
確かに自分は少しばかりおっちょこちょいなところがあるようで、子供のころから生傷は絶えないほうだった。
だからといって注意力散漫というわけではないし、運動神経が鈍いわけでもない。
記憶にすら残らない怪我というのはどの程度なのだろうかと不安になる。
見る限りでは大きな傷もないようだし、身体のあちこちを動かして見ても痛みは感じない。
少々――いやかなり身体を動かすのが億劫だが、違和感を感じるとしたらそのくらいか。
長い間眠っていたから傷は癒えたんだよ。
そう笑顔で言われた言葉に、キラは首を傾げる。
長い間とは一体どのくらいだろうか。
そういえば随分長く眠っていたような気がしないでもないが、それもまた定かではない。
医師にそう言われたからそう感じるのかもしれないし、気のせいだと言ってしまえばそれまでだ。
一体自分の身に何が起こっているのだろうか。
医師たちは検査と称してあちこち引っ張りまわすくせに、真相は教えてくれないのだ。
言う通りにしたら真実を教えてくれるだろうかと、面倒な検査を我慢していたのだがやはり結果は同じで。
何度目かの回答の後にキラが不機嫌になったのがわかったのだろう、医師たちが苦笑しながら事情を説明できる人を呼んだからと宥めてきた。
事情を説明できる人と言われ、一瞬脳裏に目覚めた時部屋にいた男性の姿が浮かんだ。
藍色の髪と翡翠色の瞳をした、綺麗な男性。
優しい笑顔を浮かべた姿は、どことなく親友と似ていた。

(アスランが大きくなったらあんな感じかな)

数日前別れたばかりの親友の姿を思い、キラはくすりと笑う。
元気だろうか。
またすぐに会えればいいのだけれど。
ああでも月とプラントだとそう簡単には会えないだろう。
戦争が激化してきたと言っていたし、アスランは本国に戻れば最高評議会議員の1人息子で警備だって厳重だろうし、月にいる一般人であるキラのメールはもしかしたら届かないかもしれない。
寂しいなと思う。

「戦争なんて、なくなればいいのに…」

大好きな人に会えないのはこんなにつらい。
キラは小さく呟いた。





   ◇◆◇   ◇◆◇




どれくらい待たされたのだろうか。
検査が終わった安心感と――自分の知らない間に蓄積されていた疲労が原因でうつらうつらと眠りかけていた意識を引き戻したのは、扉が開く小さな音だった。
視線を上げると、そこにいたのは先程部屋にいた4人の男性と、見たこともない3人の大人。
そして先ほどの医師の姿。
いきなり大人たちに囲まれて状況のわからず、キラは数回目を瞬かせる。
医師だけは変わらない穏やかな笑顔を浮かべているが、他の人達は真剣な表情で、事情を説明してくれる人というのはもしかしてこの人達なのだろうかと思い、その表情を見るとどうやらキラの望む答えは返ってこないだろうと推測できる。
また、うやむやにされてしまうのだろうか。それとも…。

ふと、藍色の髪の男性が泣きそうな表情をしているのに気付いて、キラが小首を傾げる。
哀しそうな顔。
どうしてかわからないが、彼にそんな顔をしてほしくないなと思った。

「キラ君」

どうしたら笑ってくれるかと考えていると、不意に自分の名を呼ばれた。
その声が医師の声ではなく、目の前の壮年の男性から発せられたことに疑問を抱きつつ、キラは男性へと視線を移した。
威厳に満ちた姿は一見怖そうだが、キラに向けられた眼差しは優しい。
誰だろうと首を傾げると、目の前の男性はかすかに笑った。

「私がわかるかな? アスランのおじさんだよ」
「おじさん?」

うーん、と首をひねり、そして目の前の男性の姿が記憶のものと重なった。

「もしかして、パトリック小父さん!?」
「そう。久しぶりだね」

キラが10歳の時に会ったことがある。
アスランの父親。
普段はプラントで仕事をしていて、多忙のためにほとんど月に来ることはなかったけれど、一度だけ会ったアスランの父親はとても優しかった。
忙しくてアスランとあまり会話をしたことがないから何を話していいかわからないと、どこか困ったように相談されたことが印象に残っている。
そういえばアスランも同じことを言っていたし、やはり親子なんだなと妙に納得してしまったものだ。
でも…。

「小父さん、ちょっと老けた?」

以前会った時から数年経過しているのだから無理もないが、それにしては頭の白髪が随分と多くなったような気がする。
キラの父親よりも年上なのだからそれも自然なのだろうかと思いつつ首を傾げると、パトリックは僅かに目を瞠り、そして小さく笑った。

「無理もないな。キラ君と最後に会ってからもう随分と時が経っているからね」
「随分…? 3年じゃないの?」
「そう。君はシャトルの事故にあって大怪我をした。それは聞いているかな」
「うん…。ずっと眠ってたって…。僕…どのくらい?」
「今はコズミック・イラ70年と言えば、すぐにわかるかな」
「コズミック・イラ70…」

困ったように微笑まれて、キラは言われた言葉を反芻する。
キラの記憶の中ではコズミック・イラ67だったはずだ。
不思議そうに瞬きするキラに、パトリックは小さく頷いた。
そんなことあるのだろうかと思うが、パトリックがこの状況でキラに嘘をつくとも思えない。
それが事実なら、キラは3年という長い年月を眠り続けたことになる。
そうなるとキラは16歳になっているはず。
だが鏡で見た自分の姿は幼年学校にいた時と同じ姿で。
眠り続けていたからといってそんなことありえるのだろうか。
そして何より…。

眠り続けている間、自分はともかく世界は確実に時間を刻んでいて。
自分以外のすべてが3年という月日を経過しているのだとすれば、目の前にいる藍色の髪の男性はもしかしなくても…。

「アスラン、なの…?」

問いかけるように確認すると、翡翠色の瞳が困ったように微笑んだ。


  • 07.08.17