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Shepherd Moons 07


これが夢だというなら
目覚めないほうがいい――







身体が痛い。
ひきつれるような痛みがあちこちで起こっている。
その事実に首をかしげた。
動かそうにもまったく思うようにならない手足はどうしてだろう。
そしてこの痛みは――。
そこまで考えて彼はああと呟いた。
思い出す。自分の身に起こっている現実を。
そういえば、こんな風に自分の身体に起こっている事象を考えるのはいつ以来だろうか。
痛みは常につきまとう枷となっていた。
思い出すこともできないほど長い間。
そして手足を動かすだけの体力もなくなったときに考えることは放棄したはずだった。
それなのに、どうしてだろう。
時折柔らかく温かいぬくもりを感じるような気がするのは。

懐かしい、今は遠い記憶にある慈しんでくれる手のぬくもり。
大好きだった人から与えられるそれ。
この小さな掌から零れ落ちてしまった大切な思い出と記憶だ。
それが今になって蘇ってくることに、喜びは感じない。
むしろ思い出してしまえば焦がれる想いは強く、全身を戒める痛みは泣きたくなるほどにつらい。

(痛いよ…)

身体ではなく、心が。
大好きだった笑顔すら思い出せなくなった自分自身が。

痛くて切なくて、苦しい。



助けを期待したのは最初のうちだけ。
すぐに無駄だと悟った。
死を望んでもそれは与えられず。
むしろ願うほどに身体は生きようとあがく。
自分の身体なのにまったく思うようにならない。
そうなれば残された手段は一つだけ。
すべての感情を放棄することが、唯一残された逃避手段だった。
身体を引き裂くような痛みも、時間がたてば麻痺して感じなくなる。
慈しまれた記憶は残虐な行為へとすり替えられ、囁かれた睦言は罵声へと変わる。

絶望という言葉を知ったのはいつの頃か。
もうわからない。
思考は麻痺してしまった。
痛みと恐怖と苦痛に呑まれ、何もわからなくなる。

(誰か…)

助けてほしいとは言わない。
無駄だとわかっているから。



だから…。



望むのは一つだけ。



一刻も早い解放を。

『死』という安らかな眠りを。

ただそれだけを願っていた。



手を差し伸べることすらできないまま――。





   ◇◆◇   ◇◆◇




意識は回復しないものの、身体の傷は日を追うごとに少なくなってくる。
今までろくに食事を摂っていなかったせいで極度の栄養失調だった身体は、経口でこそ食事ができないが点滴や栄養剤の導入などにより、子供らしい頬の丸みも取り戻しつつあった。
まだその細さは眉を顰めてしまうものはあるものの、それでも搬送されてきた当初に比べれば雲泥の差だ。
身体に残っていた両手足と首の裂傷痕は、体力の回復が見込めてすぐに手術によって消し去った。
いたいけな少年に与えられた暴力の痕跡をすべて消そうという医師の意向に反対する者は1人もいなかった。
切り裂かれた声帯も戻り、身体に見える傷は一つも残っていない。
だから、今の少年はただ眠っているようにしか見えない。
それが、一層見る者の瞳を曇らせていく。
一刻も早い目覚めを期待しているが、今のところその兆しは見られない。
脳波に異常が見られないが、搬送されてきた当時の様子を思い返せば、彼が正常でいられる保障はないのだから、こうして穏やかに眠っているだけでも僥倖なのかもしれない。
発狂している様子も見られず、悪夢に苛まれることもほとんどない。
だからこそ願ってしまうのだろう。



キラ・ヤマトの目覚めを。


  • 07.07.19