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Shepherd Moons 05


出会いが運命だというなら――
これは神の悪戯なのだろうか――







ヴェサリウスがプラントへ到着してから早10日。
初任務を大成功で収めたクルーゼ隊の報酬は次の辞令が下るまでの休暇、というものだった。
通常ならば手放しで喜んだだろう。いくら軍人とは言えまだまだ新米、ましてや法律で成人と認められていてもやはりまだ10代の若者で、何も好き好んで戦場に身を置きたがっていたわけでもないのだから、突然下された休暇は有難いものに違いなかった。

「だけど、なぁ…」

ディアッカはエレカの中で1人ごちた。
自動運転に切り替えたエレカは、ぼんやりと考え事をしていても勝手に目的地に到着してくれるから楽だ。

突然下された休暇を手放しで喜べないのには理由があった。
初任務の際保護した少年。
初めて見たときは、人間はこれほどの暴力が行えるものかと憤りを通り越して恐怖を抱いたほどひどい怪我を負っていた。
殴打され腫れ上がった顔は原形を留めておらず、枯れ枝のような手足には薬物実験の跡が多数見られ、逃亡を阻止するためか両足の腱は切断されており、細い喉元には声帯を切断するためか真一文字に切り裂かれた痕。
更には幾度にも亘る性的虐待の痛ましい痕。
まだ12〜13歳の少年に与えられるには重過ぎるその暴力に、詳細を聞けば聞くほど嫌悪と吐き気が止まらなかった。
かろうじて繋ぎとめた生命は今、プラントでも有数の病院で屈指の名医による懸命の救助活動の甲斐あって、つい先日小康状態にと落ち着いた。
幾度となく止まった鼓動、低い回復力。
実際もう駄目だと何度覚悟を決めたか知れない。
だがそれでも周囲の、そして何よりも少年自身の力で何度も峠を乗り越えてきた。
小さな身体で必死に生きようとしている少年に、自分が守ろうとしているものの本質を見た気がした。
大切な人を守りたい。
本当にただそれだけなのに、世の中はこんなに難しい。

「本当に、戦争ってイヤだねぇ」

感情のこもっていない声でそう呟いたとき、エレカはようやく目的地に到着した。
プラントの首都アプリリウスにある国立病院。
プラントでも屈指の名医が集まるこの病院に、件の少年が入院しているのだ――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





最上階にある特別室。
贅を尽くした造りになっているそこは、他のどの部屋に比べてセキュリティが充実しているために、現在少年はこの広い部屋に1人眠っている。
どれほど豪華な家具を配置していようと、その窓からどれだけ見事な景色が見えようと、部屋の主が眠ったままならばいくら贅を尽くしていようともそれは無用の長物に他ならない。
利点と言えば、広い応接室のお陰でどれだけ見舞い客が入り浸ろうと、窮屈さも感じないと言ったところだろうか、とディアッカは思う。

「やっぱり来てんな」

先客の姿を認めてディアッカは苦笑する。
予想していたけれど、やはりここにいた。
3人の同僚の姿は、ある意味見慣れた光景でもあるから、特に驚くことはない。
相変わらずイザークは不機嫌そうな表情をしているし、ニコルも冷静さを装っているが顔色が優れないことを見れば少年が起きていないことも変わらないのだろう。
そして――あと1人。
この世の終わりのような表情のまま眠る少年の傍から離れようとしない、年下の同僚の姿。
これもまた見慣れた光景ではあるけれど、多少落ち着いてきただろうか。
小康状態になる前、少年の鼓動が何度も止まりかけるたびに恐慌状態に陥っていたころに比べたら格段の進歩だ。
相変わらず眠っていないのか、顔色は悪く今にも倒れそうなところは変わらないが。
揶揄するでもなく勝手知ったる態度で冷蔵庫から飲み物を取り出すと、ディアッカは空いているソファに腰を下ろした。

「何か変化は」
「ありません。相変わらず眠ったままです」
「――そっか」

眠る少年の顔色は相変わらず蒼白で、一見すると息すらしていないのではと思わせるほど血の気がない。
だがベッドサイドの心電図は低いながらも正常に鼓動を伝えてきており、それが少年の様子を如実に語っている。
そして傍らのアスランの行動もまた、少年の変化を伝えるには十分であった。
少年の身元が判明した時のアスランの驚愕は忘れられない。
『キラ・ヤマト』と告げられた少年の名に、アスランだけが反応した。
驚愕、困惑、絶望、憎悪。
それらの感情が入り混じったような彼の恐慌ぶりは、自分が知る『アスラン・ザラ』からは想像もつかなかった。
取り澄ました優等生――ディアッカが知るアスランはまさにそんな人物で、何かに執着するとか誰かに反発するとかそういう感情は持っていないように思えるほど鉄面皮のいけ好かない同僚だった。
そんな彼が暴れ取り乱し、集中治療室の扉に縋って泣き喚くなどと、一体誰が想像できただろうか。
ディアッカ自身信じられなかった。

『ずっと一緒に育った、家族のような人だったそうです。大切な親友だと、以前僕に話してくれました』

そうニコルから告げられたとき、ようやく合点がいった。
多くは語ろうとしなかったが、イザークとアスランは虐待されている少年を直接目撃しているのだ。
家族同然に育った大切な親友のそんな姿を見て、冷静でいられる人間なんていない。

本来ならば16歳になっているはずの『キラ・ヤマト』。
アスランが見せてくれた3年前の写真では子供らしく明るく無邪気に笑っている姿。
目の前の少年と外的成長がまったく見られないのが不憫だった。
亜麻色の髪は色素がすべて抜け落ち、子供らしい丸みを帯びた身体はあばらが浮き出るほど痩せこけて。
日に焼けた健康な肌色は、長年の監禁生活のせいか青白い。
何も知らない自分たちですらこの惨状には目を覆うほどなのだ。
アスランの恐慌も無理はない。



少年は依然眠り続けたまま。



目覚める気配は、まだない――。


  • 07.03.10