その邂逅が――
吉とでるか凶とでるか――
アスランとイザークがニコルたちと合流した時、やはり彼らの関心はイザークの腕の中にいる幼い少年に向けられた。
「イザーク?」
「その子供はどうしたんですか?」
声に非難めいた響きが宿るのも無理はない。
先程アスランが時限爆弾をセットするよりも遡ること数分前、ニコルはすでに用の済んだ施設の各所に時限爆弾を置いてきたところなのだ。
アスランとイザークの2人ならば合流時間が少し遅れたとしてもさして支障が出ないであろう、だがそれほど猶予があるわけでもなく。
つまり、ニコルの設定した爆発時間まではあと数分というところで。
この小さな施設だけではなく、廃コロニーとなっているこの場所すべてを吹き飛ばすであろう量の火薬を配置しているということは、当然巻き込まれたら生命の保障などあるはずもなく。
何か起きたときに対応する時間すら惜しいこの状況で、動けない子供を連れて逃げるだけの余裕などないのだ。
それがわからないイザークでもないだろうに。
「保護した。艦に戻るぞ。あと5分で爆破する」
「えっ!? ちょっと待ってくださいよ!!」
歩く速度をゆるめもせず告げるイザークに一瞬足が止まるものの、ここで立ち止まって話している時間などないのは自分が一番よく知っている。
何があったか聞きたいが、事情を求めるのはコロニーを出てからでも間に合うだろう。
勿論最大の関心はイザークの腕の中にいる子供だ。
一見しただけでも相当の傷を負っているその姿は、ニコルよりもずっと幼い。
ぴくりともしない蒼白の顔は生きているのか、それとも死んでいるのか。
白い布に隠されていても尚、目に付く情痕や青痣が、この子供の不遇を如実に物語っている。
本来ならば親の庇護の元で暮らしているべきはずの年齢なのが、余計に哀れだった。
◇◆◇
艦に戻るなり医務室に運ばれた少年は、幸いにも生命反応があった。
だがそれはごく微弱なもので、軍医の診立てではいつ状況が変化してもおかしくないという。
悔しいことに軍艦での治療には限度がある。
ナチュラルに比べれば格段の医療技術を持つ彼らではあったが、体力の低下が著しい少年の生命を繋ぎとめるのは厳しかった。
――技術ではない。設備の問題だ。
クルーゼの的確な判断でプラントへの帰艦が決定し、艦は最大速度で本国へと向かってはいるものの、少年の生死を示す小さなモニターはごく弱い反応しか見せず、いつその動きを止めてしまうか気が気ではない。
かろうじて動いている心臓、驚くほど冷え切っている身体。
だが身体中の傷は哀しいほどに熱を持っていて。
生命を救うために医師としての道を歩くことを決めた者が放っておけるはずはなく、結果としてヴェサリウスに待機している医師が総出で彼の救命を行っている。
たかが1人の少年――しかもその素性すら定かではない、捕われの子供。
生きていればもうけもの、死んでしまえばそれまでと切り捨てることができないのは、人間ならば当然のこと。
ましてや少年の身体に負わされた傷の数々を見れば、どうあってもこのままではおけないというのが正直な感想だ。
ナチュラルに対しての偏見が強いイザークですら救命を要請したほどの傷。
所見でわかる範囲でもそれはひどく、特に枯れ枝のような両足首と喉元を走る裂傷は正視に耐えなかった。
両足の腱の切断。更には声帯の断裂。
事故や単なる怪我でないことは少年がうけていた所業を見れば一目瞭然。
おそらくは逃亡を阻止するために、また抵抗を減らすために。
それが単なる生体実験でないことは容易に想像がつく。
今その少年は医務室で眠っている。正確には意識不明の重体なのだが。
細い腕には何本もの管が通っており、それらが少年の生命を維持しているのだ。
今は抗菌剤、栄養剤、増血剤、その他多くの薬の力を借りてかろうじて生きているに過ぎない。
いつ何時容態が変化してもおかしくない。
むしろ今まで生きていたことのほうが奇蹟なのだ。
「…可哀想に」
ニコルが痛々しそうに呟いた。
少年はコーディネイターだということだけ判明した。
ナチュラルならば既に生きていないと告げられたとき、彼がコーディネイターでよかったとは誰も言えなかった。
幼年期の拉致監禁、性的虐待、暴行に生体実験という過酷な体験が、今後の少年にどのような影響をもたらすか想像がつかないからだ。
家族にも――友人にも、それを伝えるのはあまりにも酷だった。
「だが…生きていればいいこともあるさ」
「アスラン…」
眠る少年の顔を見ながらアスランが呟く。
免疫力が著しく低下している現在、医務室に入るには厳重な殺菌が必要となっている。
徹底的な殺菌はほんのわずかでも医務室に雑菌を持ち込まないためであり、ほんのわずかな菌でも今の少年には致命的になるからだ。
少年は容態こそ安定していないものの、顔の腫れは徐々に引いてきているだろうか。
初めて見た時は無残としか言いようのなかった顔が、今は多少その輪郭がわかるようになっている――ほんのわずかではあったけれど。
必死で生きようとしているように思える微弱な回復を、誰もが気にしている。
それはアスランも例外ではない。
発見した時の衝撃は未だに薄れない。
だが、あのまま死んでいたほうが良かったとだけは、どうしても思いたくなかった。
「どんな形であれ、生きているだけで救われることもある…」
少年の回復を願う自分達がいるように、少年の家族もそう願っていてほしい。
「…えぇ、そうですね。僕も、そう…思いたいです」
血のバレンタインで母を亡くしたアスランの言葉に、ニコルも同意するしかない。
ニコルは従軍しているが、自分の身近な人間を失ったことがない。
家族もプラントで元気に暮らしているし、友人も誰一人として失っていない。
だからこそ、アスランの言葉はニコルには重みをもって感じられた。
少年はプラントに到着次第速やかにアプリリウスの病院に搬送されることになっている。
プラントでも最先端の医療が施されている屈指の病院だ。
まさに異例中の異例と呼べるだろう。
「そういえば、アスランがこの子に付き添っているんですね。僕はてっきりイザークかと思いました」
「イザークは隊長直々に仕事を任されたからな。俺は今は手が空いてるし。それに…」
意外にも少年の介護を名乗り出たのはイザークの方が先だった。
だがイザークはガモフに搭乗しており、少年が滞在するヴェサリウスにはそう頻繁にこられない。
更には回収してきたデータの解析を任されてしまったために、少年の介護に時間を取ることが難しくなっているのだ。
そのためアスランが少年の介護を引き受け、時間の許す限り医務室に詰めている。
「それに?」
アスランは眠る少年の顔を眺めながら言葉を続ける。
「似ているんだ、キラ…俺の幼馴染に」
「幼馴染?」
「いや、勿論本人じゃないのはわかってるんだ。あいつは俺と同じ年だし、髪の色も違う。だが、3年前別れた時のあいつによく似てるから、つい放っておけなくて」
「そうですか…」
そう言いながら終わりかけた点滴の針を抜き、次いで用意されてある点滴と交換する。
相変わらずの細い腕の脈を調べ異常がないことを確認すると、そっと布団の中に腕をしまう。
そんなアスランの様子は意外にも手慣れていて、甲斐甲斐しく少年の世話をするアスランはとても初心者のものではない。
イザークもアスランも他人の世話を焼くようなタイプに見えなかったので、ニコルにしてみればこの状況は意外だった。
「慣れてますね」
「ああ。ものすごく手のかかる幼馴染のせいかな。キラはコーディネイターのくせにしょっちゅう熱を出すし怪我も多かったから、自然と面倒見るのも慣れてきたんだ」
「コーディネイターなのにですか?」
「真冬にプールに飛び込んだり川に落ちたり、勢いあまって2階の窓から落ちたりしてたからな」
「それは…随分と元気な方ですね」
ニコルが言葉を選んで発言すると、アスランが小さく笑った。
「運動神経は決して悪くなかったんだけど、どうもあいつはぼ〜っとしてるというか考えが足りないというか。まあ、そんな奴と家が隣同士だったから、一緒にいる機会も多かったし必然的にあいつの世話は俺の仕事って感じだったんだ」
口元に笑みを浮かべてそう告げるアスランはどこか楽しそうで、ニコルはつられるように笑った。
そういえば最近アスランの笑顔を見ていなかった。
元々感情の起伏が激しいイザークと違い、アスランの喜怒哀楽は顕著ではない。
こうして親しく話をしていても、彼が嬉しそうに笑っている姿を見るのは数えるほどしかない。
そんなアスランがこうして頬をほころばせるということは、それだけ仲のよい友人だったのだろう。
「その方とは?」
「俺がプラントに移ってから会っていない。あいつは第一世代のコーディネイターだったから、両親のいるヘリオポリスに移り住んだということは母さんから聞いていたんだが…」
この状況下ではいくら中立国でもそう簡単に連絡は取れない。
「…戦争が終わればまた会えますよ。大切な方なのでしょう?」
「ああ…そうだな」
「キラさんと言うんですか。僕も会ってみたいですね。アスランにこんな顔をさせる人なんですから」
「こんな顔?」
「ふふ、自覚がないならいいです」
アスランにこんな表情をさせる人物。
会ってみたい。
ニコルはそう思った。
- 07.02.23