その数はあまりに膨大で――
正気の沙汰ではありえない――
「何だ…これは…」
まるでコレクションのように陳列された――かつては人であったものに、吐き気を通り越して眩暈さえする。
何よりも信じられないのは、ここが無人の部屋ではないということだ。
遺体を前にして平然と業務をこなす科学者達の姿が、このうえもなくおぞましい怪物に見えてならない。
――とても人間のできる所業ではない。
多くの命を奪うことを生業とする軍人である自分達が言えることではないかもしれないが――それでも命は尊いものであり、まだコーディネイターでも成人と呼ぶには若すぎる子供たちをこんな風に無慈悲に残酷に晒していることが、アスランには信じられなかった。
怒りのためか恐怖のためか、意志とは無関係に暗くなる視界をどうにか元に保つことができたのは、目の前で激情に駆られたイザークが扉へと走り出したからだ。
「――っ! 待て、イザーク! せめてニコル達をこちらに呼んでからだ!」
「そんなこと言ってる暇があるかっ、この腰抜け!! あれを見てみろ!!」
何とか止めようと揺れる視界を抑えながら声を上げれば、返ってきたのは嫌悪に顔を歪めたイザークの鋭い叱咤だった。
勢い良く示された指の先、小さなモニター画面の一つに視線をやって――思考が止まる。
一つの映像にばかり気を取られていて、それ以外の情報を把握していなかった。
だから気付かなかった。
わずか30センチばかりのモニターの中には複数の男性の姿。
床の上で動いているその行為が何なのか、瞬時に理解するには常識が邪魔をしていた。
モニターの中央には3人の男性。
衣服は乱れており、1人の男性が何かにのしかかって一心に腰を動かしている。
その前には同じく男性の姿。
そして彼らの後ろに下卑た笑みを浮かべているもう1人の姿。
「――な…っ…」
男たちの下で律動のまま揺さぶられているのは、まだ幼い少女に見えた。
細い枯れ枝のような腕はだらりと投げ出され、前後にいる男の動きに耐える術もなく翻弄されている。
生きているのかいないのかそれすらも判別できないその状況に、今度こそアスランの目の前が暗くなった。
少女の姿は男の影になっていてよくわからないが、男との体格差やあまりにも小さな手のひらから考えても自分達より幼いことは確実だ。
そんな――幼い少女を欲望のまま陵辱している光景が、目の前にあった。
「こん、な…」
「お前はニコルに連絡を入れろ! 俺は先に行く!!」
出生率の低いプラントでは女性は保護するべき対象であり、子供は未来を担っていく大切な宝だ。
このような暴挙はありえない。
選民意識の強いイザークであっても――いや、だからこそ――年端もいかない子供に与えられている残虐な行為が許せないのだろう。
それまで使われることのなかった自動小銃を手にイザークは扉を蹴破りその中に消えた。
次いで聞こえてくる銃声にようやく我に返ったアスランは、無線でニコルを呼びイザークの後を追った。
ほんの少しの時差――だが状況を変えるにはそれで十分だったらしく、アスランが現場にかけつけた時には3人の男はすでに射殺されていた。
射撃の実力はアスランよりも上だと言うことを実証するかのように、3人とも眉間を打ち抜かれて即死していたが、その下にいる少女には傷一つ負わせていないらしい――薄暗い灯りの中では判別しかねるが、イザークがそんな失敗をするとは思えない。
触るのも穢らわしいと言わんばかりに、イザークが倒れ伏した身体を無造作に蹴り倒して躯の下から少女を救出する。
ぐったりと動かない少女は見事な銀髪をしていた。
そのときになってようやくアスランは、男たちの下にいたのが少女ではなくて少年だという事実に気付いた。
あまりにも細く幼かったために、一見しただけでは少年だということに気付かなかったのだ。
そこかしこに鬱血した痕は、どうやら情欲の証だけではないらしく、その細い身体のあちこちには明らかに暴力によって負わされたとわかる殴打の跡や裂傷痕が数多くあった。
ひどく殴られていたらしく、顔も赤黒く腫れ上がっていて原形も留めていない。
切れた唇の端に付着している男の残滓が、ひどく哀れだ。
あまりにも無残な姿に正視ができず、アスランは視線を逸らす。
少年の意識がないことが、今はむしろありがたかった。
「生きて、いるのか…?」
「わからん、だが少なくともまだ死体ではない」
わずかだが体温が感じられると告げられて安堵の息を漏らしたものの、イザークの言葉から事態が相当緊迫している状況であることが伝わってきた。
手近にあった白衣で少年を包み、イザークは軽々と抱き上げる。
ありえないほど軽い重量感に、柳眉が顰められる。
外見年齢は12〜13歳。だが、腕にかかる重みはそれより遥かに軽い。
「この少年、艦に連れて戻る。お前は早く全部のデータを回収しろ。一刻も早く戻らないことには、助かるものも助からん」
「――わかった」
コロニー内で発見した人物の処遇はアスラン達の判断に任されている。
それならばこの少年を保護したとしても何ら咎められることはないだろう。
むしろ生き証人がいたほうが都合がいいこともある。
だが――。
「――ここにいる奴らの処遇はどうする?」
非人道的な行為を平然と行っていた男たちはイザークの手によって射殺された。
だがこのコロニーにはまだ多くの科学者の姿がある。
彼らとて保護する必要があるのだろうか。
だがイザークから帰ってきたのは冷ややかな視線だった。
「任務はコロニーの破壊だ。そして時間はそう残されておらん」
そう吐き捨てた声には隠しようのない嫌悪と侮蔑が潜んでいた。
『万が一コロニー内に何者かを発見した時は、君達の判断で決めてよい。殺すも――生かすも』
今回の任務を命じられた時のクルーゼの言葉が脳裏をよぎる。
彼はこれを知っていたのだろうか。
知っていて――その判断を若年の自分達に任せたのだろうか――?
ここにいるのは武装した軍人ではない。ただの研究者だ。
だが、彼らの行為が人道的に許されることもなく、また彼らをこのままにしておくことは後々の禍根になる気がする。
自分達は虐殺をするために軍人になったのではない。
これ以上同胞が死ぬことのないように、1日でも早く平和になるように。そう願って自ら軍服に身を包んだのだ。
だが目の前の少年の姿やモニター画面に映っていた哀れな少年少女のことを思えば、自身の躊躇いは少なかった。
私情かと問われれば否定できないだろう。だが――。
起爆装置をセットして、アスランは部屋を後にした。
- 07.02.18