久しぶりに姿を見せたアスランはどこか沈んでいるようだった。
元々病弱という設定のアスランだ。
普段の性格もあるのだろうが目立って騒ぐようなタイプではないので、他に気づいた生徒はいないだろう。
だから気づいたのはキラのみ。
真実の彼を知っているキラだけが、アスランの触れたら壊れてしまいそうな脆さを発見した。
級友と他愛のない会話を続けるアスランは、時折窓の外を眺めては遠い空に想いを馳せるような切ない眼差しを向けている。
懐かしむような、それでいて泣きそうな――。
その姿は冷酷なハンターなどでない。
彼はまるで家を失くした子供のようだ。
あの事件の後アスランはこの国を離れた。
同僚のカガリが言うには、他のミッションが入ったとのことだ。
どうやらアスランは彼の所属する組織の中でも髄一のハンターらしく、ハンターでさえ脅威を抱く猛獣である<BEAST>を確実に仕留めることができるハンターは数が少ない。
確実にターゲットを抹殺できる実力者はアスランがトップ、次点でカガリ。
人員構成や組織の全貌などは当然明かされなかったが、カガリはキラにかなりの情報を提供してくれた。
どうしてそこまでしてくれるのかと訊ねてみれば、お前たちはどこか放っておけないからと言われた。
お前たちというのは自分とアスランのことだろうかと考え、ほとんど会話もしたことがない自分とアスランをどうしてセットで話すのかキラにはわからなかった。
同年代ということを除けば何一つ接点のないキラとアスラン。
それはカガリもよくわかっているはずだ。
なのに何故、と問えば似ているからと言われてしまう。
自分とアスランは接点などないように思えるのだが、どうやらカガリには似て見えるらしい。
その理由は教えてもらえないのでキラにはどうしてもわからいないのだが。
キラにとっては非現実的な世界で生きているアスラン。
彼がここにいるのは任務のためだったから、新しい任務が入ればもう戻ってこないと思っていた。
だが、彼は戻ってきた。キラの知る日常へと。
嬉しくないわけではない。
だがそれ以上に戸惑いが隠せない。
アスランはキラと住む世界が違う。
それは明らかだ。
キラは今まで殺人事件に遭遇したこともなければ自ら銃を持ったこともない。
勿論人殺しなどもってのほかだ。
キラはごく普通の社会に生きてきて、ごく普通の学生生活を送っていた。
アスランとは真逆の世界を。
勿論外見も似ていないし、性格も違う。
それでもカガリは自分たちを似ていると言うのだ、確信を持って。
キラは視界の端でアスランを写す。
級友と笑いあう姿はまるで普通の少年のよう。
有名なブランド服を上品に着こなした姿はどう見ても良家の子息にしか見えず、こんな公立の学校にいるのが不釣合いに見えるだけの、普通の高校生だ。
獲物を追い詰める冷酷なアスランを知らなければ、これが本当のアスランだと思えただろう。
寂しそうに笑う、この目の前の少年を。
◇◆◇ ◇◆◇
緩やかに流れる時間。
学校という狭い世界は子供たちにとっての日常だ。
校内外から聞こえてくる笑い声。部活動の音。時折聞こえてくる校内放送の声。
平和すぎる日常。
アスランは中庭の木陰に寝転んだままそれらに耳を傾けていた。
数日前とは別世界。
静かな空気が全身にゆっくりと染み渡っていくような不思議な感覚。
心地よくて、だからこそ慣れない。
けれどずっとこのまままどろんでいたいと思う自分がいる。
この場所は優しい。
血に濡れ感情を忘れた自分でさえ温かく受け止めてくれるような気がするから不思議だ。
都心部だというのに木々に囲まれたこの立地が原因なのだろうか。
それともアスラン自身の感情に何か変化が起きているのか――そう考え、アスランは自嘲の笑みを浮かべる。
変わりようがない――何があったとしても。
自分がハンターのアスラン・ザラである限り。
命令されれば敵を倒すだけだ。誰であれ。
この手のひらは血に濡れている。
銃を握ることに疑問を抱かない手。
死にたくないと泣く声も、敵意を持って睨み付けてくる眼差しにも何も感じない。
優秀なハンター。
法に裁かれないだけの優秀な人殺しだ。
――彼が迎えにくるの――
目を閉じれば浮かぶのは一人の女性の姿。
子供の頃に知り合った、姉とも慕っていた女性だ。
――とても愛しているの――
幸せそうな笑顔を浮かべていた彼女の最愛の相手を奪ったのは、5年前の自分だった。
再会したのは贖罪のためではい。任務だ。
数年ぶりに彼女は何も変わっていなかった。
外見も中身も、その優しい心根さえ。
目の前で恋人を奪った自分になじるでもなく非難するでもなく、ただ静かに向けられた瞳。
問われた言葉。
――殺されたから殺すの?――
違う、殺されないために殺すんだ。
――彼らは身を守っているだけ――
全員がそうとは限らない。
――人間に悪意は持っていないわ――
どうやって見定めろというのだ。
彼らの真意などわかりようもないのに。
間違ってはいなかったはず。
それなのにどうしてこうも苦いのか…。
カサリ、と小さな音が鼓膜に届いた。
反射的に身を起こし懐に手を差し入れた。
鋭い視線で見上げた先にあるのは、驚愕に見開かれた紫の瞳。
「…君か」
きょとんとした表情でアスランを見る姿がアスランに現実を把握させた。
…どうやら随分と深く思考を潜らせていたらしい。
この空気がいけない。
どこまでも緩やかで泣きたくなるほど優しい空気は、柄にもなくアスランを感傷的にさせる。
後悔などしないと決めたのに、今まで葬ってきた<BEAST>の顔が脳裏をよぎる。
ただの標的のことなど忘れてしまえばいいのに、アスランにはできない。
それがカガリに甘いと言われる所以だ。
「…すまない、ねぼけたようだ」
再度寝転んだアスランは両手で瞳を覆う。
キラは動かない。
話しかけるタイミングを窺っているようでもあり、偶然居合わせてしまったアスランに戸惑っているようにも見える。
きっと彼はアスランのようには感じないのだろう。
ここはキラの日常の世界であり、これがキラの普通なのだ。
「相変わらずだな、ここは」
「え?」
まさかアスランが自分から話し掛けてくるとは思っていなかったのだろう。
戸惑う気配が伝わる。
おそらく、その大きな瞳を不思議そうに瞬かせているのだろう。
彼は似ている。
自分が葬ってしまったあの女性に。
ごろりと反転してうつぶせる。
鼻腔をくすぐる若草の香り。
優しく包み込む空気。
「無邪気で無防備で、現実離れして平和で」
あぁ、ここはこんなにも――。
「まるで、夢物語だ」
- 09.11.07