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緑夢 第二部 03


夢物語。

放課後の学校をそう呼んだ彼。

そのとき、初めて彼を可哀相だと思った。

この当たり前の日常を夢物語だと言う彼の日常に――





   ◇◆◇   ◇◆◇





学校に戻ってきたアスランはそれからほとんど欠席がなく、体調が良いと言うアスランの言葉を信じて、級友たちは彼を遊びに誘おうと盛り上がっていた。
普段からアスランと近づこうと思っていた女子にとってそのイベントは願ってもないことで、時間があればアスランに声をかける女子生徒の姿は珍しいものではなくなっていた。
大勢での外出には参加するアスランだったが、だが女子と2人きりの約束は頑として受けないと噂のアスランだったから、こういうときでもなければデートができないのだと彼女達は息巻いている。
何しろアスランに金髪美女の彼女がいるという噂がまことしやかに囁かれているのだ。
目撃者は複数。仲良さそうに喫茶店にいるのを見たという声がいくつかある。
勝気な美女と聞いてすぐにカガリだということはわかった。
以前彼女に会ったときに噂のことを告げたことがあったが、何とも複雑な表情をされてしまった挙句、「あいつは弟にしか見えない。同じベッドで寝ても何も起こらない自信があるぞ」という、男としてある意味不名誉な台詞を吐かれていたので間違いなく2人の間に色っぽい関係はないのだと分かっているが、キラがそれを周囲に告げたことはないから、噂は膨らんでいく一方だ。
彼女になりたいという希望は抱いていないが、デートする機会があるのならば逃したくないというのが女心なのだろう。
ここ数日の彼女達の猛攻撃ぶりは中々にすさまじいものがある。
さすがのアスランもそんな女子達に囲まれ困惑気味の様子だ。
だがそれでも誰も助けの手を差し伸べないのは、普段からどこか距離を置こうとするアスランへの皆なりの気遣いなのだろう。
穏やかな笑顔を浮かべてばかりのアスランの困った様子が面白いという意見も否定できないのだが。
今日も今日とてアスランの周囲には女性の姿がある。
さすがに辟易しているかなと思いきや何故だかアスランは嬉しそうで、誘いをすんなり受けることはないけれどこうして声をかけられることは嫌ではなさそうだ。

「アスラン君も慣れてきたかな」
「ミリアリア」
「キラも、そんなお母さんみたいな目をしてアスラン君を見ないの。彼だって立派な高校生なんだから断るのも誘いを受けるのも自分で何とかできるわよ」
「お母さんって…」

キラの視線の先を追ってミリアリアが笑う。
ミリアリアはアスランの本当の顔を知らない。
そしてアスランとキラが巻き込まれた事件のことも何一つ知らない。
だからキラがアスランと打ち解けたことが単純に嬉しいだけなのだが、キラにしてみればそういうつもりで見ていたわけではないからミリアリアの言葉に何と答えていいか迷ってしまう。

「キラの気持ちもわからなくないけどね。アスラン君って何だか人付き合い苦手そうだし」

鋭い、とキラは内心で感心する。
ミリアリアは普通の少女だ。
キラのように動植物の気持ちがわかるわけでもなければ、アスランのように危険と背中合わせの現実を生きているわけでもない。
普通の家庭に育って普通の学校生活を送っている、ごく一般的な高校生。
そんな彼女だから分かるアスランの異質。
本質までは気づいていないだろうが、アスランがこういう普通の生活に馴染んでいないことを直感で察しているのだろう。
だから何かと彼に話しかけているし、キラとアスランが仲良くすることを喜んでいる。
少しでもアスランの疎外感を消そうと無意識に行動しているのだろう。
それはミリアリアが優しいからだ。

「さて、今回はどうするのかな」

そう言いながら視線が合ったアスランに軽く手を振っている。
少し驚いた顔をしつつも苦笑を浮かべる姿は何だか昔の自分を彷彿とさせた。
ミリアリアと初めて会った時、彼女は自分にもさりげなく世話を焼いてくれていた。
クラスでどことなく浮いていた自分。
女子生徒から敵意が篭った眼差しで見られ、男子生徒からは「姫」と呼ばれ、どことなく居心地の悪かった自分に何気なく声をかけてくれたミリアリア。
そんな彼女の優しさがキラにとってどれほど嬉しかったか。
多分、アスランも同じなのだろうと思う。
だからアスランもミリアリアには他の女子とは違う親しさを見せている――ほんの少しだけれど。
少し離れた距離から観察するキラとミリアリアの前で、アスランの周囲に人が集まっていく。
困惑しつつもどこか嬉しそうなのは見間違いではないだろう。
ありふれた日常を夢物語だと語ったアスラン。
こんな――普通の日々が彼にとって安らぎとなるのならそれもいいかもしれない。
彼はまだ16歳なのだ。
銃を手に人外の魔物と戦うだけが彼の人生だなんて哀しすぎる。

「キラ、随分と切ない顔をして見てるね。アスラン君のこと」
「え?」
「まるで恋する乙女みたい」
「やめてよ。僕、男だよ」

何をどうすれば恋する乙女になるというのか。
キラは男だ。
百歩間違って切ない顔をしているとしても、それは彼のことが気になるからであって、断じて恋ではない。

「キラが男の子なのは知ってるわよ。でも、気になるんでしょう。それは悪いことじゃないと思うわ。もしかして占いの相手ってアスラン君かな?」
「そんなわけないよ」
「ふぅん。ならいいけど。キラは鈍いから」

何やら意味深な台詞を残して立ち去ったミリアリアの背中にキラは恨みがましい視線を送る。
ミリアリアはキラをからかうのが好きだ。
勿論それが愛情表現からだということがわかっているからキラも甘受しているが、それでも時として度が過ぎている場合も少なくない。
今回も同じなのだろう。
反論しようにも口でミリアリアに勝てたためしはない。
仕方ないとため息をついたその時。

「じゃあ、クラス親睦会にしちゃいましょう」

ミリアリアの明るい声と大きな拍手が響いた。
慌てて顔を上げればアスランを取り囲む集団の中にいつの間にかミリアリアがいて、ほとんどの級友がその輪の中に加わっていた。
見渡せばその輪の中に加わっていないのは数人の女子生徒とキラだけだ。
ほんの僅かな時間に一体何があったのか。
大きな目を瞬かせれば、ミリアリアの楽しげな視線と目が合う。

「というわけで、キラ。今度の日曜、駅前に集合ね」

にんまりと笑うミリアリアに嫌な予感が脳裏をよぎる。
やっぱり遊ばれてると思ったが、もはや逆らう気力もなくキラは頷いた。


  • 09.11.07