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緑夢 第二部 01


ウイルスによる遺伝子組み換え。
それにより生まれた人類の亜種――<BEAST>。



平和な学園を襲った数々の事件は、始まりが唐突だったように終息も早かった。
失った友人を嘆きはするものの学園はすぐにいつもの様子を取り戻し、何もなかったかのように毎日は過ぎていく。
真新しい教室の壁と、机の上に置かれた一輪挿し。
そして、親しい友人の記憶に残る優しい面差し。
それが彼の友人が確かにここにいたという唯一の証明だった。

「アスラン・ザラはまだ欠席か」

担任の声にキラは伏せていた顔を上げた。
アスランはここ10日程学校を休んでいる。
元々病弱だという触れ込みがあったから周囲はそれを信じているのだろう。
大丈夫だろうか、見舞いに行っても迷惑じゃないかという声が女子生徒たちの間から聞こえてくる。
あの日からアスランは学校に姿を見せない。

――もう10日。

早いのか遅いのかキラにはよくわからない。
目を閉じれば昨日のことのように思い出されるあの夜。
だが、世界はあの日を過去のこととして終わらせている。

変貌してしまった友人。
悪夢のような現実。
知らされた事実。
隠された世界の脅威。
それは自分の常識を根底から覆してしまうほどのもので。
この平和がかりそめのように感じてしまうのは気のせいではないだろう。

アスランもそうなのだろうか。
自分と違い、幼い頃から<BEAST>と対峙してきたというアスラン。
キラにとって非現実的な世界こそが彼の生きる世界だった。
そんな彼は今キラがいる世界のことをどう感じているのだろう。
あの夜を最後にアスランとは会っていない。
元々<BEAST>退治のためにこの学校へ転入してきた彼だ。
元凶である<BEAST>を倒した今となっては、学校へ来る理由もないのだろう。
何も告げずに姿を消したアスランに、やはり帰ってしまったのかと一抹の寂しさを感じるが、それがどういう感情なのか、キラにはわからなかった。





   ◇◆◇   ◇◆◇





「恋人たちのカード、恋のはじまりね」

おぉ、と周囲がどよめく中、キラは不思議そうに首を傾げて目の前のカードを見つめる。


目の前の提示されたのは1枚のカード。
向かう相手はミリアリアだ。

「心当たり、ある?」
「さあ? というか恋のはじまりって誰と?」
「そこまではわからないわよ。占いだって万能じゃないんだから。むしろキラ自身の方がわかってるんじゃないの。気になる人、いるんでしょう?」

不思議そうに、だけどどこか得心がいったような顔のミリアリアに、だけどキラは困惑した表情を向けることしかできない。
きっかけは些細なことだったと思う。
ここ数日占いに凝っていたミリアリアがタロットカードを始めたのだと話していた。
単なる占いよりもよほど信憑性があるというミリアリアの言葉に対してあまり乗り気でない反応を返したトールに、それならば証明してみせると言って占いを始めたのだ。
どうしてキラが占われているかと言えば、単に中立の立場にいたからに他ならない。
たまたま心ここにあらずと言った様子だったのがいけなかったのだろうか。
あれよあれよという間に周囲に人が集まってきて、気がつけばほぼクラス全員が集まってくるほどの事態になってしまった。
キラとしては当たり障りのない結果を出してもらいたかったのだが、残念なことに提示されたのは今までのキラとはおよそ無縁と言われた恋人のカードで。
それまで男女問わず人気の高かったキラだけに、面白がる生徒は少なくない。
相手は男か女かといった野次まで飛び出してきて、キラは困惑する。

「キラが男と付き合ってるんだって?」
「あのね…」

たった1枚のカードでどうしてそこまで話が飛躍するんだと、思わず声の主を振り返ると、そこには久しぶりに見る人物の姿があった。
宵闇の髪、翡翠の瞳。怖いほどに整った顔。

「アスラン…」
「久しぶり」

人当たりのいい笑顔を浮かべているのは、アスラン・ザラ。

もう二度と会うことはないと思っていた人物だった。


  • 09.02.12