何が起こったのか理解できないまま呆然と呟かれた声を、あっさりと切り捨てた自分を見つめる一対の紫水晶。
傷ついた目をしていた。
アスランが告げたのは事実だ。
だが、それは決してキラが望んでいたものではなく。
あの化け物が自分の友人だと認めたくなかったキラのわずかな希望を、アスランは一蹴した。
間違ってはいないはずだ。
彼は――カナード・パルスは人間ではない。
かつては人間だった。だが、彼は今、<BEAST>だ。
人間を襲い喰らう凶悪で凶暴な化け物であり、発見次第射殺されるべき、人類の天敵――。
「変身したか」
床に散乱する衣服の切れ端を一瞥し、アスランは忌々しそうに舌打ちをする。
人間よりも遥かに秀でた身体能力と再生能力を持つ<BEAST>だが、変身するとそれは何倍にも上昇する。
多くの<BEAST>と対峙したことがあるアスランだが、変身形とは一度も遭遇したことがない。
理由は定かではない。
生け捕りにすることが不可能な<BEAST>の生態系など知りようがないのだから。
厄介なことになりそうだと内心呟いた時、ミシリと音がして校舎の壁に亀裂が走った。
警戒を強めるよりも前に頭上から降り注ぐ瓦礫の山。
避けようと意識をそらしたその一瞬、気がつけば背後に影があった。
「―――ぐっ…!!」
油断していたわけではない。
だが、目の前にいるのは自分が探していた<BEAST>で、自分が腕一本で拘束されているのだと気づくのに時間はかからなかった。
緑の光は腕の中の獲物へと定められ。
雷光を受けて光る鋭く尖った犬歯。
漆黒の髪は以前よりも遥かに長く。
長く尖った爪は、アスランの細首など軽く切り落とせそうだ。
喉から発せられる獣の咆哮に、カナードの人格が消え失せていることを感じた。
寡黙な優等生だったカナード。
<BEAST>に身も心も喰らい尽くされてしまうというのはこういうことか、と己の現状も忘れて考えてしまう。
級友としてのカナードは決して嫌いな人物ではなかったから。
だが、それでもカナードは<BEAST>で、アスランはそれを狩るハンターなのだ。
相容れることはできないし、またこのままですむはずもない。
殺すか殺されるか。
その二択しか、ここには存在していないのだから。
至近距離から発せられた弾はカナードの頭を吹き飛ばした。
それでも腕の力が緩むことはなく、粉砕したはずの頭部は急速に再生を始めている。
彼らが不死の化け物と呼ばれるのは、この驚異的な再生能力が原因だ。
空いていた左手がアスランの腕を払う。
持っていた銃が遠くへ飛んでいくのが視界の端に映った。
腕を伝う生暖かい感触。爪がひっかけたのだろうか、痛みは麻痺していて感じないのが幸いだ。
首筋を締め上げる圧迫感。
全身の血が脳に集中していくようで、意識が遠くなってくる。
諦めるなんて自分らしくない。
だが、目の前の敵は殺しても死なない不死の生物で、丸腰で戦って勝てる相手ではなかった。
アスランが殺されれば、次の標的はキラだ。
自分を守る術すら持たず、彼らのことを何も知らないキラでは、どうあっても逃げ切れることなどないだろう。
新たな死体が三体追加されることはどうしても避けなければならなかった。
だが、どうすれば……。
「こっちだ、化け物!」
霞んでいく視界に映ったのは、鮮やかな黄金。
現れたのは小柄な少女。だがその腕に持っていたのは――。
(ば…っ!)
アスランの存在を認識しているはずなのに躊躇うことなく向けているのは、対戦車砲。
それに驚いたのはアスランだけではなかったらしく、<BEAST>の意識がアスランから外された。
かすかに緩む腕の力を見逃さず、渾身の力で腕を蹴り上げて拘束から逃れた。
飛びすさぶように避けたその瞬間、鼓膜を揺るがす轟音とともに大きな衝撃がアスランを襲った。
反動で壁に激突したアスランの視界がようやく戻った時、目の前に敵の姿はなくなっていた。
大きく開いた穴。
散らばる肉片。
ここまでしなければ勝てない相手に、アスランは視線を伏せた。
「情けないな、アスラン」
「カガリ…」
窮地を救ってくれた同僚は静かにアスランを見下ろす。
細い身体。その体格に似合わない大きな銃を抱えている姿は自分などよりもよっぽど凛々しいと思うのは間違いだろうか。
見つめる琥珀の瞳に、アスランは言葉を探して惑う。
感謝の意を彼女は求めていない。
勿論、謝罪もだ。
油断していたのはアスランの勝手だ。
そのせいでどうなろうとカガリには関係ないということか。
もっとも相当怒られることに変わりはないのだろうが。
「派手だな」
何を言うべきか見つからずそんなことを言えば、カガリの瞳がかすかに笑った。
「派手なのは好きさ」
揺るぎないカガリ。
だからこそ彼女は強いのだ。
- 08.06.14