非現実的な襲撃をされたにも関わらずアスランは冷静だった。
動かなくなった躯を眺め、獰猛さの失せた動物が方々に去っていくのを確認すると、そのまま踵を返してマンションへと戻る。
「――おい、ちょっと待てよ」
背後で正気に返ったらしいディアッカのそんな声が聞こえるが、正直相手にしている時間はない。
おそらくそう間もないうちに周辺の住人が不審に思って騒ぎ出すだろう。
面倒に巻き込まれる前にやらなければならないことがあった。
手負いの獣は厄介だ。
誰彼構わず傷つけようとするのならまだしも、あの手のタイプは下手に頭が切れるから性質が悪い。
1体なら対等。複数ならばこちらが圧倒的に不利。
何しろ相手は人外の能力を持つ化け物だ。
手にしている銃1丁では身を守る術にもならない。
「おい。こらっ、アスラン!」
ついてくる声を綺麗に無視して部屋へ戻る。
慣れた手つきで奥の部屋に繋がるロックを外した。
室内に陳列している銃を見てディアッカが硬直した。
モデルガンでなければ明らかな銃刀法違反。
ずらりと並んだそれらは、刑事である自分ですら所持することは許されていない――立派な兵器。
戦争でも始める気なのかと呆れつつ問いかければ、返ってきたのは冷ややかな眼差し。
「巻き込まれたくなければ帰ったほうがいい」
「納得のいく説明を聞いたらな」
「納得?」
ディアッカの言葉にアスランは軽く笑う。
「平和な世界しか知らないあんたたちが、どうやって納得できるっていうんだ」
皮肉とは思えない響きがそこにあった。
ディアッカにとっては非現実的でしかない今の現状だが、アスランにとっては日常的なものなのかもしれないと落ち着き払った態度から察する。
自分よりも遥かに年下の少年。
従弟のキラと同年代の彼は、本当ならば親の庇護下で暮らしているはずの年頃のはずだ。
少なくともこのように無機質な部屋に1人で暮らし、人の命を奪う武器を手軽に扱ったりなどすることなどない。
雷鳴が近づいてくる。
雨が降るのは時間の問題だ。
それと同時に未知の何かが近づいてくるのをディアッカは確かに感じていた。
◇◆◇ ◇◆◇
不意に響いたインターフォンに身構えたのはディアッカだけだった。
落ち着いた足取りで応対に応じたアスランの手によって、1人の男性がディアッカの前に姿を現し、そしてその姿を見て絶句した。
「あんた…」
「よ、また会ったな」
彼に会うのは三度目だ。
一度目は友人の葬儀で。
二度目は銀行の貸し金庫部屋。
ラスティの死に関わっている人物。――否、もしかしたら彼がラスティを殺した当事者か。
自然と険しくなる眼差しに気付いていながら、青年は相変わらずの飄々とした態度で。
それが妙に腹立たしかった。
「ムウ・ラ・フラガだ。よろしくな」
この男が目の前に現れたことも驚いたが、何よりもアスランと知己の間柄だったことに更に驚きを隠せない。
他者を完全に拒絶しているアスランと、腹に一物抱えていそうなこの男――ムウ・ラ・フラガ。
年齢を考えても個人の雰囲気を考えてもおおよそ接点というものが見当たらない。
勿論人を外見で判断するようなことは最初からするつもりはないが、それでも何故としか思えない。
更に内閣調査室室長というフラガの肩書きを知らされれば、更に胡散臭さは増していく。
「友人、というわけじゃなさそうだけど」
「まさか」
フラガがのんびりとソファーで寛ぎながら肩をすくめる。
「個人的には嫌いじゃないけどね。俺と坊主とじゃ身分が天と地ほども違うさ」
言い様からするとアスランの方が身分が上、ということになる。
個人的な知り合いでない以上、フラガがアスランの許を訪ねるのは仕事ということになる。
内閣調査室という肩書きが本当ならば、フラガの仕事は国家が絡んでいるはずだ。
ではそのフラガよりも身分が上だというアスランは――。
「お前達は何者なんだ?」
「答える義務はないと思うが」
「俺には知る権利があるんじゃないのか」
「……」
胡乱な眼差しがディアッカを射抜く。
高校生の眼差しとは思えないそれ。
明らかに修羅場を経験している目だ。
だがディアッカには引けない理由がある。
(ラスティ…)
真実を追い求めた友人。還らぬ人となったのは本当に事故だったのか。
アスランが知っているとは思わない。だが、フラガは…。
これは賭けだった。
フラガが話すか、それともアスランが何か口を割るか。
「そんなに早死にしたいのか。随分と物好きなことだ」
「友人を殺されて黙っていられるほど冷血漢じゃないだけさ」
「だが、友人以上に従弟は大事だろう?」
脅しとは思えないフラガの言葉にかっとなる。
ラスティのようにキラまで手にかけようというのか。
何の関係もない子供まで――。
気色ばんだディアッカに、だが反応を返したのはアスランの方だった。
「奴の狙いは、キラ――か」
沈黙は肯定。
すなわち奴らの狙いはアスランからキラへと移ったということだ。
「手負いの獣は厄介だ。わかっているだろう、あいつが執着していたのはただ1人。そしてビーストは執着心が俺達よりも強い」
「ということは…」
「判り易く言えば、あの坊やが危険だってことさ」
判り易過ぎる返答に、ディアッカは部屋を飛び出した。
- 08.04.28