おそらく初めて会った時から惹かれていたのだろう。
思いもかけず全国区のニュースの当事者になってしまったせいで、入学式当日から多くの視線に晒されていたカナードは、入学3日目にして辟易していた。
しかもほとんどのそれは好奇に満ちたもので、元々人当たりがいいわけでもサービス精神が旺盛でもないカナードにとっては、たとえ異性の視線であろうと煩わしいことこの上ない。
面と向かって聞いてくれればまだかわしようもあるものの、彼らは皆遠巻きに自分を眺めているだけで、直接声をかけてくるだけの度胸はないらしい。
その視線が煩わしくて、気付けば人の気配を避けて裏庭へと足を向けていた。
そこは入学初日からカナードの気に入りの場所となっていて、1人になりたい時や落ち着きたい時などによく行く場所だった。
土地勘のない入学したばかりの学校。
だけど、ようやく見つけた静かな場所はとても居心地がよくて。
春の木漏れ日に誘われるように目を閉じて、鳥のさえずりに耳を傾けていれば自然と睡魔が襲ってきて。
微睡に身を委ねれば周囲を取り巻く喧騒もまるで他人事のようだ。
「?」
不意に耳に届いた小さな声。
それに呼応するように木々の葉がサワサワと揺れるのに気付いた。
声と言うよりは歌声。
小さなそれは誰かに聞かせるというよりは植物に語りかけるようにそっと、優しく。
興味を抱かないわけがなかった。
都市開発と比例して切り倒された多くの木々。
街は広がり森は消え、わずかに残った木々は心を閉ざしたようにひっそりとそこにいるだけ。
それは比較的緑の多い学校内でも大差なく。
郊外の森との違いは歴然としていた。
そんな彼らの心をいとも容易く開いた歌声の主とは、一体誰なのか。
声に導かれるように進んだその先には、1つの影。
キラキラと陽光に反射する雫。
散水をしているのだとわかった。
今日は確かに気温が高いから、木々にとっては嬉しいことだろう。
亜麻色の髪が緑の陰から見える。
「――っ!」
振り向いた瞬間目を奪われたのは、見事な紫水晶。
澄んだ輝きは今までに見たことがないほど綺麗で。
その輝きに一瞬で捕われた。
何といえばいいのだろう。
植物の祝福を受けている少年だ、とすぐに分かった。
自然から愛されているのだと。
多くは望んでいなかった。
少女よりも可愛らしい顔立ちではなく、その純粋な心根に。
出会えたことが嬉しくて。
仲のいい友人として気を許してもらっていることは知っていたから、このままでもいいと思っていた。
今更告白したところで困らせるのはわかっていたから、ひっそりと秘めておくつもりでいたのだ。
――彼が現れるまでは。
◇◆◇ ◇◆◇
「ごめんなさい」
深々と頭を下げられて、あぁやはりと納得した。
最初から上手くいくとは思っていなかった。
男同士だからというわけではなく、多分彼はそういう対象として自分を見たことがなかったのだとわかっていたから。
仲のいい友人。よくて兄貴分といったところか。
返事はわかっていたのに、それでもショックは隠せない。
「嫌われてるわけじゃないよな?」
わかっていながらそう告げれば、栗色の髪が大きく揺れた。
「カナードのことは大好きだよ。でも、付き合うというか…そういう対象として見たことがないというか…えぇとつまり何て言ったらいいか…」
キラの性格を考えても、同性だからということが断る理由になっていないということはわかる。
もとより断られるのは覚悟の上での告白だ。
キラの気持ちも考えず自分の気持ちを告げた。
優しいキラが困るとわかっていながらの、行動だ。
こうしてきちんと返事をくれるだけでも良しとしなければキラに申し訳ない。
だが、すんなりと聞き入れられない理由が一つだけあった。
「もしかして、他に好きな奴がいるのか?」
「え?」
不思議そうに瞬いた瞳。
カナードの台詞を完全に理解していないのだろう。
それに少し安堵する。
「好き、って…」
「例えば、アスランとか」
見開かれた瞳は、カナードの口から彼の名が出てくると欠片も想像していなかったからで。
一拍をおいてから慌てて否定した。
「ち…っ、違う違う! 何でそこでアスランの名前が出てくるの!?」
「最近仲がいいってトールから聞いた。最初は怖がってたみたいだから大進歩だって喜んでたぞ」
「それは…確かに前ほどは怖くないけど、でも、好きとかじゃなくてクラスメイトとして普通に話せるようになったってだけ。全然そういうのじゃないよ」
真っ赤になって否定する様子を見れば、おそらく真実なのだろうと推測できる。
純粋で素直なキラ。
およそ隠し事なんてできるようなタイプではないのは、この様子を見れば明白だ。
「だから、アスランは関係ない」
「信じるよ」
嘘は言っていない。
ただ、キラが気付いていないだけで。
「キラは鈍いしな」
去っていく後ろ姿を眺めて、カナードはひっそりと呟く。
それは自分でも驚くほど冷たかった。
- 08.04.17