結局あのままイザークの家に泊まった。
ラスティの死にショックを受けているイザークを放っておくことができなかったからだが、本音を言えばディアッカ自身にも冷静になる時間が必要だったのだ。
家に帰ればカリダとキラがいる。
おそらくこの訃報は2人にも届いているだろう。
ディアッカがラスティと親しかったことは承知の2人だ。
あえて何も聞いてこないとは思うが、それでも気を遣わせてしまうのは確実で。
だからイザークの家に転がり込んだのだ。
こんな日は1人でいたくなかった。
ただ、哀しみを共有する相手が欲しくて。
我ながららしくないと思うが、自分だってまだ20数年しか生きていない若輩者で。
何もかも悟りきった大人ではないのだ。
軽い二日酔いで痛む頭を抱えて家に戻ると、玄関で出迎えてくれたのはキラだった。
目が赤い。
瞼が少し腫れているのも気のせいではないだろう。
ラスティはキラにとっても、ディアッカやイザーク同様に年の離れた兄のような存在だったのだから。
お帰り、と告げられた声に軽く返事をして玄関を上がる。
まだ起床には早い時間。
休日なのだからもう少し寝ていろと軽口を叩きたいところだが、キラが自分を気遣って起きていたのだとわかるから何も言えなかった。
すれ違い様に軽く頭を撫でると、菫色の瞳が不安げに瞬いた。
「悪いな、気を遣わせて」
そう言うと亜麻色の髪がふるふると揺れた。
瞬きの拍子に堪えきれない涙がポロリと落ちる。
こんな哀しい泣き方をする子ではなかったのに。
馬鹿やろう、と元凶に毒づいた。
「ラスティ…、本当に事故だったの?」
「え?」
振り返って、初めてキラが胸に何かを抱えているのに気がついた。
しっかりした装丁の大きな本。
随分と厚いそれは、読書をしないキラが持つには珍しくて。
不思議そうに目を瞬かせれば、それはディアッカの胸元にそっと差し出された。
「ラスティが、自分に何かあったらディアッカに渡してくれって」
装飾の一切ないそれは、キラが持つにもラスティが持つにも珍しい。
「聖書…?」
クリスチャンではないラスティ。
どちらかと言えば無神論者で。
だからこそ、かえって気になった。
自分に何かあったら、なんて冗談でもタイミングがよすぎる。
どういうことだ。
自分が死ぬことをわかっていたわけでもないだろうに。
ふと脳裏に蘇ってくる不審な人物。
金色の髪の、端整な男。
喪服に身を包んでいたけれど、その眼差しは冷たく鋭くて。
まるで何かを探っているようだと感じたのは、まさか気のせいではなかったというのか。
ページをめくっていけば、ハードカバーの装丁に細工を施した形跡があった。
躊躇わずカバーを破れば、そこに隠されていたのは1通の手紙と、小さな鍵。
慌てて書いたのだろうか、達筆なラスティらしくなく宛名が少し乱れている。
「……」
ますます嫌な予感がする。
何かから逃げるように舞い戻ってきたラスティ。
キラに託された手紙と鍵。
突然の事故死。
不審な弔問客。
頭の中でパズルのピースがはめ込まれていくように、一つの答えが導き出される。
「あいつ…」
やはりラスティは何者かに命を狙われていたのだ。
先日この家を訪れた時も、恐らくはその相談のため。
拭えない後悔が胸に溢れる。
どうして、あの時早く帰ってこれなかったのか。
どうして、あの後すぐに連絡を取らなかったのか。
彼は自分に何かを求めていたというのに。
『多分、俺はすべてを忘れるべきだったんだ。全てを封印して――』
躊躇したのだとわかる乱れた文面。
それでもこうして自分に託したのは、それだけラスティが執着していた事件だからなのだろうか。
それとも――。
許してほしい、と最後に綴られた文章が告げている真実に、ディアッカはまだ気付かなかった。
◇◆◇ ◇◆◇
何故、彼が死ななければならなかったのかと嘆いたイザーク。
自分も感じていた、それ。
答えはすべてこの鍵にあるような気がした。
手紙に書いてあった銀行で通された地下の貸し金庫は、普段のディアッカなら仕事絡み以外で足を踏み入れることのない場所だ。
案内してくれた銀行員を帰して1人になった空間。
しんと静まり返ったここに、ラスティが生命を賭けてまで捜し求めた真実があるのだと思えば、喜びとも悲しみともつかない複雑な心境になる。
逸る心を落ち着けるように鍵を開ければ、それと同じ小さな音が背後で鳴った。
「!?」
カチャリ、という音は聞きなれたもの。
ゆっくりと振り向けば視界に映る黒い銃身。
「着眼点はいいけど、残念だったな」
ギリ、と歯噛みをすれば、金髪の男が不敵に笑った。
やはり自分の目は正しかったのだと思ったところで、すべては遅すぎた。
ディアッカが手を伸ばすことの叶わなかったそれを、男はあっさりと奪う。
「あんたが、殺したのか」
このまま黙って見ていることはどうしてもできなくて問いかければ、男はわずかに肩をすくめる。
「不幸な事故だったのさ」
真相を露呈している声に気付かないわけがない。
どうして彼が死ななければならなかったのか。
(ラスティ…)
もう二度と会うことができない友人。
彼が命を賭けて託したものを、自分は守ることができなかった。
去っていく後ろ姿。
誰かを殺したいほど憎んだのは、この時が初めてだった。
- 08.03.11