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緑夢 14


訃報は突然もたらされた。

まさか、というのが正直な感想だった。
あいつは殺されても死ぬようなタマじゃないとか、悪運だけは強すぎるくらい強い奴だったからどこかで生きているとか、そんな根拠のないことを唱えながらイザークに連れてこられた一軒の家。
ここが実家なのだと言われ、誰の実家だと呆然と考えてしまったのは、やはり現実感が伴っていないからで。
この期に及んで往生際悪く現実を受け入れようとしない自分が何故か滑稽だった。

ひっそりと行われるはずの葬儀。
それでも訪れる人は少なくなくて。
見るともなく眺めてみれば、見知った顔も少なくなかった。
交友関係が広かったラスティ。
学生時代から、神出鬼没と揶揄されるほどにあちこちに顔を出していたため、多くの友人達が最期の別れにとやってきていた。
だが、そんな知人達の中に異様な人物の姿を認めて、ディアッカはわずかにその人物へと視線を移す。
気取られないように、そっと。
いかにもエリート然とした男性。
仕事上の付き合いでもあったのだろうかと思ったのは一瞬。
彼の眼差しが弔問客のそれではないことにすぐ気付いた。
遺影を見つめる視線は不慮の死を悼むものでは到底なく。
何かを探るように見据えられた視線。
隙のない身のこなし。
友人のわけがないし、仕事上の付き合いでも親しい関係ではなさそうだ。
むしろ油断がならない男、という印象をディアッカは感じた。

こんな――未だに受け止め難い現実の中でも、こうして不審者を探してしまうとは。
骨の髄まで染み付いた刑事魂と言えば聞こえがいいが、裏を返せば大切な友人の死すら純粋に哀しめない自分がいる。
冷たいな、と心中でひとりごちた。



「ひき逃げだとさ」

隣でポツリと呟いた声に視線を移せば、そこにいるのは安らかな表情の友人。
死化粧をほどこされた顔には目立った外傷はなく、一見しただけでは眠っているように見える――本当に気のせいだけれど。

「背後から信号無視の車が突っ込んできたと――。咄嗟のことで逃げられなかったのだろうというのが検察の意見だ」

職権乱用と言われるのを承知で、事故の詳細を調べた。
どうしても認めたくなくて。
運動神経のよかったラスティが無防備な状態で事故に遭ったとはどうしても思えなかったから。
本当に、ただの事故だったのだろうか。
だけど、そうして調べた結果、疑わしい箇所はどこにもなくて。
刑事としていくつもの殺人事件を担当してきた。
だけど、こうして友人を見送るようなことは経験したことがなかったから、その衝撃は大きかった。

「イザーク…」

端整な横顔は銀髪に隠れていて、表情を伺うことはできない。
冷静な声。否、敢えて冷静でいようとしているのだと分かる。
伊達に長い付き合いではない。
他人と馴れ合うことが苦手なイザークは、だからこそ友人と呼べる人物はそれほど多くない。
正義感が強く、一切の妥協を許さない完璧主義者。
そんな――一部で付き合いづらいと言われているイザークが心を許した数少ない友人の1人。
1年年下だったけれど、その視野の広さはイザークもディアッカも舌を巻くほどで。
広い世界を見てきたいと単身海を渡った友人を誇りに思っていた。

それなのに――。

何かから逃げるように戻ってきた母国。
自分の元へやってきたけれど、運悪く会うことはできなくて。
キラの話で随分とやつれていたと聞かされていたけれど、こうして見れば昔と全然変わっていなくて。

「ラスティ…」

まだ、信じられない。
この友人がもう二度と目覚めることがないのだと――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





追悼なんて洒落た真似、柄でもない。
だけどどうしても素面でいることなんてできなくて。
まっすぐ家に帰る気分にもならなくて、ディアッカは遅くなると家に連絡を入れると、一軒のバーへと足を運んだ。

「なんだ、お前も来てたのか」

昔からよく通った小さなバーラウンジ。
10人も入れば満席になってしまうほどの小さな店。
だが気心の知れたマスターと、値段の割りに美味しい料理が気に入って、学生の頃から頻繁に足を運んでいた。
選んだわけではない。
ただ、行く先がここしか思いつかなかっただけだ。
そこに先に帰ったはずの友人を見つけて、ディアッカは小さく笑う。
嫌な相手に見つかったとでも言うように顔を背けたイザークの隣に腰を下ろして注文すれば、ディアッカが来ることを予想していたのか、時間も経たずに目の前にグラスが置かれた。
ふと見ればイザークの手にも同じグラス。
アルコールに強くないイザークが飲むには少々強すぎるそれ。
あの友人が好んで飲んでいたものだった。

『戻ってきたら一緒に酒でも飲もうぜ』

そう言い置いて海を渡ったラスティ。
結局その約束は叶うことはなかった。

だから、というわけではないが、つい注文してしまった。
そして、おそらくイザークも同様なのだろう。

本当に自分とイザークはどこまでもよく似ている。



「…あいつさ、先週ウチに来たんだよ」
「……」
「俺とイザークに話したいことがあるって言ってたんだと」

そう言うなり一気にグラスを煽ったディアッカに、イザークからの返答はない。
最もディアッカも返事を期待して話しているわけではないが。

「何でだろうって思ったよ。あいつは自由で勝手に国を飛び出して言って何年も音沙汰なかったくせに、今になって急にやってきて用事ってなんだろうって。でも、どうせすぐ会えるからって連絡しなかった。疲れてるからって、キラの話すら碌に聞いてやれないでさ。馬鹿だよな、俺…」

様子が変だったと確かにキラは言っていた。
だが、自分は今抱えている事件で手一杯だったからと、ラスティへの連絡を後回しにしたのだ。
昔から、突然家にやってきては、まるで自分の家のようにくつろいで帰っていったラスティ。
それなのにその日はディアッカの部屋から出ることなく、食事もせずにさっさと帰っていってしまったのだという。
まるで何かから逃げるように。

彼は、予感していたのだろうか。
己がこういう運命を辿ることになると――。



カラン、とグラスの中の氷が音を立てた。
小さな音。だがそれは店内に流れる音楽にかき消されることなくディアッカの耳に響いて。
その小さな音が何故か哀しかった。

学生の頃、頻繁にやってきては3人で遅くまで騒いだ。
最も騒ぐのはラスティと自分だけで、イザークはそんな2人に呆れ果てていたのだけれど。
会話の邪魔にならないボリュームの音楽。
だが彼らがそれに耳を傾けていたことなど一度としてなく。
いつだってラスティの笑い声とイザークの怒鳴り声と、ディアッカとマスターの軽口が店に響いていて。

こんな静かな店内なんて、知らない。

「……っ…」

空になったグラスがカウンターに叩きつけられるように置かれた。
その手は小刻みに震えていて。
押さえようのない慟哭を必死で押し殺しているイザークに思わず目を細めた。

「…何故…あいつが…っ…、」

震える声。握り締めた拳にポツリと落ちた雫。

「どうして……!」
「…あぁ、そうだな…」

震える肩を慰めてやることしか、今のディアッカにはできなかった。


  • 08.03.03