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緑夢 13


待ち合わせが深夜の埠頭とは、随分と物騒なことだ、とラスティは内心で呟いた。

内心で毒づきながらもこの場所へやってきたのは、ほんの少しでも手がかりがつかめると思ったから。
情報を手にしたのはほんの偶然だった。
懇意にしていた情報屋が手に入れたというそれは、彼らにとっては大して価値もないものだったが、ラスティにとっては何よりも重要な鍵だった。

探し続けて海を渡り、そこで知った更なる世界。
正義感に突き動かされた、なんてヒーローを気取るつもりじゃないけれど。
それでも知ってしまった以上知らなかったフリはできなくて。
教えられた情報の通りにやってきた場所は深夜の港。
埠頭の奥の倉庫なんて通常でも人通りは少ないのに、新月の夜ともなれば完璧に無人だ。
確かに密会には丁度いい。
ここで決定的なものを掴めればいいのだが。



かつん、と靴音を響かせて歩くラスティの背後に一台の車があった。
まるでひっそりと存在を消すかのように倉庫の隅に停車していた車は、ラスティが近づいてきたことを確認するとライトを点灯させる。

「!?」

明るくなる視界に、一瞬視界が真っ白になる。
闇に慣れた目では咄嗟の判断ができなかった。
急発進の音と共に近づいてくるライトになす術がない。
嵌められたと気付いたのは、もはや逃げようもない場所まで車が迫ってきてから。
調べ回るラスティが目障りな存在だと認識されるのは最初から覚悟していた。
危険なのだと分かっていた。
上司からは止められ、単身渡った異国でも幾度となく命を狙われ。
そうして掴んだ大きな情報――おそらく世界を震撼させるほどの。
公表されれば間違いなく大問題になるだろうそれ。
だが、知ってしまった以上無視することなどできなくて――。



キラに頼んだあれはディアッカの手に渡ったのだろうか。



タイヤの摩擦音。焦げるゴムの臭い。

(キラ…ディアッカ…)

許して欲しい。
逃げ道のない運命に引きずり込んでしまった自分のことを――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





早朝の学校など無人に等しい。
部活動の朝練習に来る生徒がちらほらといる程度で、校舎の中には人の気配すらない。
さすがに早すぎたと思うが、自力で歩くのが難しい現状では誰かに送ってもらうしか、今のキラには通学の方法がない。
そうなると車の運転のできない母に頼むことはできず、必然的にディアッカに送ってきてもらうしかないのだが、難事件を抱えている刑事であるディアッカがのんびりと定時に出勤できるわけもない。
結局彼の通勤時間に合わせて学校まで送ってもらうために、始業まで1時間以上も早い学校に来るしかなかった。
疲れの隠せないディアッカを心配すれば、子供が気にする必要はないといつもの軽口を叩かれ車から下ろされた。
見えなくなるまで車を見送り、痛みを感じない程度の速度で教室へ向かう。
厚く包帯を巻かれているせいで自分の靴が履けないキラのためにと、ディアッカが用意してくれたスニーカーは少々大きくて歩きにくい。
それでも傷を圧迫させないために痛みはそれほど感じないのは助かる。
いつもは賑やかな学校も、始業までの時間を考えれば生徒の姿がないのも当然で、広い校内は静寂に包まれていた。

誰もいないと思っていた学校。
だが、教室には人の姿があった。
学生らしくない背広姿。
整った表情は、本来ならば同じ年であるキラよりも遥かに年上に感じさせる。
その横顔がどこか憂いに満ちているように見えたのは、気のせいだろうか。
教室に入ってきたキラへと視線を移したアスランは、不釣合いにサイズの合っていない靴へと視線を動かしほんのわずか視線を伏せた。
だがそれも一瞬のこと。
すぐに視線を上げたアスランの表情は、控えめな同級生のそれになっていた。

「おはよう」
「お…おはよう…」
「足、大丈夫?」
「あ、うん。歩く分には問題ないよ。走ったり飛んだりとかは、ちょっと無理だけど」

級友とは言え特に仲がよかったわけではない。
しかもキラは個人的な感情からアスランのことを避けていた。
それをアスランが気付かないはずはなく、又、アスラン自身もキラに対して何か思うところがあるのか、同じ部に所属しているとは思えないほどクラス内で2人の接点はない。
そんなアスランから挨拶とは言え声をかけられたことに戸惑いを隠せないものの、誰もいない教室の中で答えないのも申し訳ない。
だが、気まずく感じるのはキラだけだろうか。
当たり障りのない会話を交わして自分の席につくと、更に沈黙が痛く感じてどうにもいたたまれない。
解決するには教室を出るのが一番なのだろうが、あまり歩き回らないほうがいいのだろうか。
それでも親しくない――況してや苦手意識の強い人物と2人きりでいる状況に比べればまだマシだと、思い切って席を立ったキラの背中に静かな声が届いた。

「夏休みにゾンビを見たって聞いたけど」

言葉が少ないのは以前と同じ。
浮かぶ表情もいつも通りで。
それでも以前とはどこか違うような感じがするのは気のせいだろうか。

「どうして、その場に」
「どうしてって…」
「ゾンビを見たのは、偶然?」

彼はこんなに穏やかな口調だっただろうか。
どこか怖いと感じた眼差しは、静かに自分を見つめていて。
違和感を感じる。
あれほど感じていた恐怖を今は微塵も感じないのは、何故だろう。

「偶然と言うか…」

返答に困るように視線を彷徨わせるキラに、アスランは静かに答えを待っている。
どう答えたらいいのだろう。
あれは偶然でもない。
だが、事件を知っていたわけでもない。
あれは知らされたのだ。

「木が、悲鳴をあげたから…」
「木が?」
「と言っても、声を出したわけじゃないんだけど…」

方向性を持たない空気の振動。
森が訴えていた。
助けて、と。
彼を助けてと啼いていた。
あれは間違いなく悲鳴だった。
それ以外に何と呼べばいいか、キラにはわからない。

「…なるほどね」

木々と会話ができると噂のキラだ。
本人も否定をしないし、周囲の人間もそれを認めている。
アスラン自身には理解できないことだが、自然界に好かれている人間というのは確かに存在する。
説明に困ったように首を傾げるあどけない仕草。
困惑している菫色の瞳。
調べ上げたキラ・ヤマトという少年の素性は、家族に愛され育った普通の少年だった。
そこにビーストが関与している形跡はどこにもなく。
だからキラの言葉は嘘ではないのだろう。

『彼ら』とよく似ているが、別人だ。

その事実に安堵している自分がいることに、アスランはまだ気付かなかった。


  • 08.02.18