子羊が第四の封印を解いたとき、
第四の生き物が「きたれ」という声を
わたしは聞いた。
そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。
そして、それに乗っている者の名は「死」といい、
それに黄泉が従っていた
◇◆◇ ◇◆◇
顕微鏡が映し出すのは、正常な血液。
最新鋭の機器が示すそれを、だがアスランは信じられなかった。
「馬鹿な――」
驚愕に見開かれた翡翠。
どれほど培養しようとも、様々な薬品を加えようとも、それが示す数値はいつも同じ。
異常なし
本来なら安堵するべき事実だが、アスランには納得いかなかった。
彼が「そう」でなければ。
一体誰だと言うのだ。
愕然とするアスランの元に現れたのはカガリだった。
どうやらしばらくこの国に滞在することを決めたらしいカガリは、アスランのマンションに転がり込み、空いている一室を我が物顔で占領していた。
事実を認めようとしないアスランに、カガリがため息をつく。
「何度見ても同じだぞ」
振り返った翡翠を、迷いのない琥珀が見据える。
「それは、間違いなく『人間』の遺伝子だ」
◇◆◇ ◇◆◇
怪我の程度は自分で思っていたよりもひどかった。
重要な血管こそ傷ついていなかったからいいものの、1センチほどの深さだったそれは縫わなければならず、一番大きな傷は3針縫われてしまった。
それ以外はたいした怪我ではなかったものの、怪我の場所が足の裏ということもあり足には大仰な包帯が巻かれ、数日学校を休まなければならなかった。
松葉杖をつけば歩くことはできるのだが、愛息子が大怪我を負って帰ってきたことにカリダがショックを受け、ディアッカと一緒になって一週間の自宅謹慎を申し渡されてしまったため、仕方なくリビングのソファーですることもなくぼんやりとしていた。
「あら、やあね。何か用なのかしら」
うとうとと微睡んでいたキラの耳にカリダの不安そうな聞こえてくる。
眠そうに目をこすりながらソファーから身を起こせば窓から外を窺っているカリダの姿。
厳重に包帯を巻かれているから、歩く分にはそれほど痛みもない。
カリダの制止を無視して外へ出てみれば、そこにいた男はキラも知る人物だった。
「ラスティ?」
ディアッカの大学時代の後輩。
当時からキラの家に下宿していたディアッカは友人が多かったが、キラやカリダに遠慮していたのか大学時代の友人を家に連れてくることはあまりなかった。
そんなディアッカが家に連れて来くるのはほんの数人で、今も同僚として同じ職場で一緒にいるイザークと、もう1人。
それがラスティだった。
ディアッカほどではないが派手な外見をしているラスティは、ディアッカの大学卒業後も何度か家に遊びに来ていたが、新聞記者からフリーのルポライターへ転向したのを機に多忙になってしまったのか、キラの家に遊びに来ることはなくなってしまった。
そろそろ1年だろうか。
カリダとは数えるほどしか会ったことがないから、彼女がわからなくても無理はないだろう。
よく知っているはずのキラでさえ、一瞬わからなかった。
それくらい面影が変わってしまっていたのだ。
派手な外見のディアッカと気が合うくらい、ラスティも派手好きでお調子者だった。
華やかな容姿で、身に纏うオーラも派手だった。
それが、今や消え入りそうなほど弱まっている。
ただの疲労なのか、それとも――。
「ラスティ」
一瞬感じた不安を打ち消すように名を呼ぶと、ラスティが振り返った。
「やあ、キラ。ディアッカ、いる?」
「今仕事に出ちゃってるよ。もうすぐ帰ってくると思うけど」
「そっか…。ならいいや。また来るって伝えておいてくれよ」
「え…でも何か用があるんでしょう?」
「まあ用っちゃあ用なんだけど。いないならいいんだ」
「だったら家で待ってなよ。もうすぐ戻ってくるはずだし」
明るい口調。だが、そのオーラはやはり今にも消えてしまいそうに弱々しくて。
キラは強引にラスティを家に招き入れた。
足の踏み場もないとはこのことを言うのだろう。
久々に目にした従兄の室内の惨状に呆れたようにため息をつきながら、キラは客人を室内に通した。
何もかもできるくせに、どうしてこう家事能力だけが欠如しているのだろう。
脱ぎ散らかした服、抜け出したままの布団。
テーブルの上には山になった煙草の吸殻。
ヤマト家では自分のことは自分でするという暗黙のルールがあるため、基本的に部屋の掃除は各個人で行う。
それはたとえ家族であっても個人のプライバシーを尊重しようという考えからなのだが、さすがのカリダもこの惨状を見てしまえば問答無用で掃除に取り掛かるだろう。
ディアッカは基本的に仕事を家に持ち込まない。
それはキラやカリダに気を遣ってのことかと思っていたが、この部屋に書類を持ち帰ってしまうと紛失する可能性が高いからではないかとキラは思う。
「相変わらずだねあの人は」
「まったく。ごめんね散らかってて」
「慣れてるよ」
申し訳なさそうなキラの頭を軽く撫で、ラスティは勝手知ったるという感じでソファーの上にある雑誌を簡単にまとめてその場に腰を下ろした。
飲み物を取ってくると、キラの足元をついてきたトリィがするりと室内に侵入してきた。
「やあ、トリィ」
ラスティが触れようとすると、するりと身体をかわしてしまう姿に苦笑がもれる。
トリィは愛らしい外見とは裏腹に極度の男嫌いで、男は基本的にキラ以外には懐かない。
長年一緒に暮らしているディアッカにすら触れさせようとしないのだ。
怪我をしているのを拾ったのがキラだったからなのか、それともキラの外見が少女めいているせいなのか、それは定かではない。
「相変わらずトリィはキラ一筋だね」
「はは…」
純白の猫は飼い主の贔屓目を抜きにしても可愛らしい。
そんなトリィを触ろうと試みる男友達は多いのだけれど、今のところ誰も成功していない。
触らせないけれど傍に寄ってくるラスティは、どちらかと言えばトリィに好かれているのだろうとキラは思う。
「忙しそうだね」
「うん。今事件抱えているから。例のバラバラ殺人事件」
ぴく、とラスティの肩が動いたが、キラはそれに気付かないまま言葉を続ける。
「容疑者の1人も挙げられないってイザークと2人でイライラしてるよ」
「――挙がるわけないよ」
明るいラスティが発したとは思えない暗い声。
先ほどから気になっていた違和感に顔を上げれば、それまで浮かべていた弱々しい笑顔を消していた。
「キラ」
見据えてくる瞳は真摯で。
瞬きもせずに見上げてくる菫色の瞳を見据えて、ラスティは告げる。
「ディアッカに伝えてくれ。事件の真相を知りたいなら、郊外にある国立生物学研究所を調べろ、と」
「国立生物学研究所って?」
「エイズ研究センターさ」
「エイズ研究センター?」
そこが事件の真相を知る上で必要なのだろうか。
だが、どう考えてもただのエイズ研究センターとあの猟奇殺人に、何かの繋がりがあるようには思えない。
不思議そうに首を傾げるキラに、ラスティは小さく笑った。
「表向きはね」
その言葉の意味に気付いて目を見開いたキラに、ラスティは一冊の本を差し出した。
嫌な予感がするのは何故だろう。
受け取った本のタイトルは『聖書』。
ラスティは無神論者だったはずだ。
この本を渡される意図が分からない。――いや、わかりたくない。
「俺に何かあったら、ディアッカに渡してくれ」
それは自分の身に何かが起きているということ。
命すら脅かされるほどの何かと、ラスティが直面しているということだ。
「ラス…」
「黙示録だ」
「……」
「第四の扉は開かれた」
告げる声は厳かで。
向けられる視線は今までに見たことがないほど強い輝きを宿していた。
「魔女狩りの時代が来るぞ」
それはまるで予言めいていて。
抗うことの出来ない何かに飲み込まれていくような錯覚をキラは感じていた。
- 07.11.27