授業は自習になった。
本当ならば休校にするべきという声も上がったのだが、現場が校舎から離れていることと、主な鑑識などは昨夜のうちに終わらせてあることなどから、授業を再開してもいいのではないかという意見があったため、現在職員会議中である。
幸い被害にあったのは学校の生徒ではなく、薬物中毒により学校に侵入してきた少年達ということもあり、どうも学校側の見解は楽観視しているように思える。
勿論生徒達も同様で、自分の学校で殺人事件があったことで興奮している生徒も少なくない。
「学校中殺人事件の噂でもちきりだな」
生物部の活動場所である生物準備室。
教室からここに来るまでに一体どれだけ同じような内容を聞いたことか。
カナードは呆れながら扉を閉める。
準備室にいるのはいつものメンバー。
ミーハーな理由でもなく幽霊部員でもなく、本当に動植物が好きで部員になっている人達ばかり。
この中では殺人事件を茶化したりするような人はいない。
「あれ、カナード。今日休みじゃなかったの?」
姿を見せたカナードに不思議そうな顔をしたのはキラだった。
かすかに首を傾げるカナードに、教室に行ったらまだ登校していなかったと告げると、重役出勤だよと苦笑された。
「大丈夫?」
「ただの知恵熱。気にするな。それより、兎。殺されたんだって?」
「あ…うん」
一瞬で暗くなるキラに宥めるように肩を叩けば、初耳だったのか部員の1人が驚いたように椅子から立ち上がった。
「何よ、犯人ってば兎まで殺したの?」
「違う違う。被害者が殺したの」
「連中、コカインやっててさ。兎殺して楽しんでたんだって。信じられねーよ」
ミリアリアの言葉に続くようにトールがそう言う。
常にふざけているように見えるトールだが、実はかなり正義感が強い。
キラの次に兎を可愛がっていたから、トールは被害者に同情できないのだろう。
「どうして、かなぁ」
「キラ?」
「兎は何もしてないのに。どうして殺すんだろう?」
「だから、殺された」
不意に響いた声の主に視線が集中する。
いつの間に来たのだろう。
隙のないスーツに身を包んだアスランが、扉に凭れるように立っていた。
多くの視線を受けたまま、アスランは軽く笑う。
「罪のない動物を殺す人間が許せなかったのかもね、犯人も」
突然の闖入者に驚いていた中で、一番先に我に返ったのはカナードだった。
以前に一度会っているから、彼の掴み所のなさを知っていたからかもしれない。
それを言えばアスランと同じクラスのキラやミリアリアやトールも同じなのだが、彼らは普段寡黙なアスランの爆弾発言に驚いていて言葉が出てこないらしい。
「昨日の誘いが有効なら入部したいんだけど、いいかな」
「あぁ、勿論。歓迎するよ」
意図は分からないが、入部したいというのなら反対はできない。
入部の権限は部長にあるのだし、そこにキラ個人の理由は関係ない。
ただ――。
彼は純粋の動植物に興味があって入部するのではないと、キラは感じていた。
見かけによらず動物好きなのかもしれない、という選択肢は生憎存在しなかった。
キラのこういう直感は当たるのだ。
彼は何かを探っている。
そして、それはおそらく自分。
「よろしく」
軽く微笑むその仕草。
誰もが美しいと言うだろう。
だが、それは見せかけだけで。
翡翠色の怜悧な眼差し。
その瞳の奥は笑っていない。
やはり苦手だ、とキラは思う。
美しいけれど、怖い。
まるで獲物を狙うハンターのようだ。
◇◆◇ ◇◆◇
都内にある総合病院の神経科に彼女はいた。
真っ白な部屋。
あるのはベッドとカーテンのみ。
テレビもゲームもない生活はつまらないはずなのに、どうしてだろう気にならない。
いつから自分はこんなに無気力になってしまったのだろう。
確か以前はもう少し活動的だった気がするのだが。
そう、確か夏の終わりまで。
気持ちよくなれるクスリだよ、と渡されたモノを飲めば本当にふわふわと楽しくて。
自分達が唯一の存在だから何をしてもいいのだと、嫌なことのすべてを忘れられた。
それが楽しくて、気がつけばそのクスリを手放せなくなった。
丁度夏休みだからと、家に帰らず友人達と遊んでいた。
大量の花火を買い込んで学校に忍び込んだのはいつの日だったか。
打ち上げ花火やロケット花火など沢山用意したのに、3人だけの花火は味気なくて。
何故だかむしゃくしゃした。
校舎の窓ガラスを全部叩き割ったらすっきりするだろうか。
そんなことを考えていたら、連れがどこからか兎を持ってきた。
写真でしか見たことのないそれは、小さくて無抵抗で。
この身体の下にも自分達のような赤い血が流れているかと思ったら、無性に見てみたくなって。
刃物を持っていなかったから、持っていた連れにそう言ってみたら彼は面白そうだと笑って。
持っていたナイフで刺してみたら、やはり流れてきたのは赤い色。
やっぱり生きているんだ、生意気。
そう思ってその場にいた兎を全部殺されるのを、ただ見ていた。
だっていらないのだから、殺したっていいはずだ。
何故なら自分達が一番偉いのだから。
そうだよね。
そうして振り向いた先には、友人達の姿はなくて。
緑色の目が自分を見下ろしていた――。
「いやああぁぁ!!!」
虚ろな眼差しで空を眺めていたと思えば、突然暴れ出す。
ここ数日繰り返される発作に、待機していた医師と看護士が慌てて押さえつける。
「怪物が! 緑の目の怪物が!!」
「落ち着いて。早く鎮静剤を」
「いやあぁぁ!! 助けて!」
幼い子供のように泣きじゃくりながら暴れる少女を前に、ディアッカは諦めたようにため息をついた。
そのまま部屋を後にする。
「どうだった」
「あー、全っ然ダメ」
扉の外で待っていたイザークにひらひらと手をふる。
イザークの眉がわずかに顰められるが、それ以上追求してはこなかった。
「完璧に壊れてる。あれじゃ事情を聴くなんて不可能だね」
「そうか。唯一の目撃者なんだが」
「緑の目の怪物が――ってさ」
「怪物?」
「そ。怪物。このご時世に」
少なくとも犯人の姿はそれほどに衝撃的だったのだろう。
彼女の神経を破壊してしまうほどには。
尤も目の前で友人達を惨殺されたのだから恐怖で心が壊れても無理のないことなのだが。
「怪物、ねえ…」
「何だディアッカ。心当たりでもあるのか」
「いや――。なあ、イザーク。地球上で最も貪欲で狂暴な怪物、知ってるか?」
訝しそうに見つめるアイスブルーの眼差しに、ディアッカは困ったように苦笑した。
「人間、だよ」
- 07.10.06