Sub menu


緑夢 05


アスラン・ザラは帰国子女だ。
6歳までこの国で育って、その後両親の仕事の都合で海外に渡る。
今回帰国してきたのは両親の仕事の都合だと言うが、どうやら一緒には暮らしていないらしい。
近寄り難い外見に似合わず意外と気さくで、彼はあっという間にクラスに溶け込んでいた。
それでも自分のことを必要以上に話そうとせず、そこがミステリアスでいいというのが女子生徒たちの評価だ。

「どうだ。10年ぶりの日本は?」

隣同士の席ということもあるのだろう。
すっかり打ち解けたトールがそう訊ねると、アスランは窓の外の景色を一瞥し、どこか懐かしいものを見るように答えた。

「平和だな」

その声に潜む影に、その場にいた者は誰一人として気付かなかった。



「怖い?」

告げられた台詞に思いっきり不審な顔をしたのはミリアリアだ。
現在体育の時間だ。
普段は男女に分かれるのだが、今日は珍しく男女混合バレーボールということもあり、キラとミリアリアはボールを運んでいるところである。

「どこが怖いのよ。明るい人じゃない」
「どこかって言うか全部?」
「馬っ鹿馬鹿しい。アスラン君かわいそうじゃない。そんな夢に出てきた殺人鬼に似てるからって」
「夢じゃないよ」

不満そうな顔にため息をついて、ミリアリアは籠から転がったボールを拾う。
籠の大きさに反してボールの数が多すぎる気がする。
誰だ、こんなにボールを詰め込んだのは。

「夢なら、その夢に出てきたアスランが転入してきたことが変じゃないか」
「予知夢、とか?」
「え?」
「ゾンビの夢は、アスラン君が転校してくる予知夢だったのよ」
「じゃあ足の痣は?」
「寝ながら自分でつけたんでしょ」
「ミリアリア!」
「じゃあいいよ」

再び転がり落ちてきたボールを拾いながら、ミリアリアはキラへと視線を移す。
拾っても拾っても落ちてしまうボールに、ミリアリアは2、3個ボールを用具室に放り込みながら言葉を続ける。

「仮にキラの話が事実として、逃げようとするキラに拳銃向ける殺人鬼とゾンビに襲われて、どうしてキラが無事なのよ」

うっ、と言葉に詰まったキラにそうでしょう、と言葉を返され二の句が告げられないキラに、ミリアリアはそれでもっていうなら信じてもいいけどと呆れたように告げる。
ミリアリアだって長年キラと友人をやっているのだ。
嘘をついたりむやみやたらに人を嫌ったりするような人でないことは承知している。
それでも苦手なのだと言われれば、それを否定することも非難することもできない。

「現実だとは信じにくいけど、こういうこともあるかもだしね」

明るく笑ったミリアリアに、キラは安心したように微笑んだ。
映る視界の端には、見学者の姿。
その中にアスランの姿もある。
心臓の病気とかで日常生活は送れるけれど運動はできないのだとか。
とても心臓を患っているようには見えないが、人は見かけによらない。
もし本当だとしたらあまり疑ってばかりも失礼かもしれない。
クラスメイトと楽しそうに談笑するアスラン。

違うのだろうか。
あの時の男とアスランは別人で。
彼は10年ぶりに故郷に帰ってきた少年で。
あれは。
現実ではなかったのだろうか。

日が経つにつれ記憶はあやふやとなる。
あまりにも非現実的すぎて、今では夢か現実かよくわからなくなってしまった。
こうして忘れていくのだろう。
自分の常識からかけ離れたことは。



空が青い。
世の中は平和だと言うかのように――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





陽射しがきついからという理由で保健室へ向かうとその場を離れたアスランが向かったのは生物準備室だった。

(心臓病ねえ…)

診断書を偽装したのはカガリだ。
心臓病が一番外見に出にくい。
病弱だと言っておけばカモフラージュになる。
日常生活に支障が出ないという程度ならば、誤魔化すことも可能だ。
安全に学生生活を送れるようにとカガリが用意してくれた布石。
アスランが単独でこの国に留まることを反対していながらも、最終的にはこうしてアスランにとって最善の方法を用意してくれる。何も言わずとも。
その気持ちが有難い。
だから彼女に甘えてしまうのだけれども。
くすりと笑いながら準備室の扉を開く。
今なら使用されている時間帯ではない。
鍵が必要かと思ったけれど、どうやらそうではなくすんなりと開いた。
化学実験室ではないから危険物も置かれていないのだろう。
確かに目の前にあるのは骨格標本や動物のホルマリン漬。
およそ誰かが持ち去る可能性の低いものだ。
それにしても、とアスランは思う。
理系の学校でもないのに、どうして学校にはホルマリン漬けなどというものが存在するのだろう。
動物の生態系を知るためなのだろうか。
大きな瓶に封じ込められたそれは確かに死体で、たとえ小動物であれ見ていて気持ちのいいものではない。
そんなことを考えてしまう自分に思わず嫌悪する。



もう何人もの命をこの手で奪ってきたというのに――。



カチャリ、という小さな音とともに扉が開いた。
教師に頼まれて図鑑を取りにきたカナードは、誰もいないはずの準備室に話題の転入生の姿を認めて目を瞬かせる。

「何してるんだ」
「ちょっと学校の探検を」

悪戯が見つかった子供のように首をすくめて答える姿に若干呆れつつ、だがあまり長居をできるわけでもないのでそのまま頼まれた図鑑を探した。

「あなたは?」
「俺は担任に忘れ物を取ってくるように頼まれただけさ」
「週番ですか?」
「いや、一応生物部部長って肩書きだからね。準備室にも詳しいだろうって。それだけの理由」
「生物部…」
「興味があるなら見学にきてみるといい。放課後は毎日活動しているから」

それじゃあと軽く手をあげて扉の向こうに消えていった後ろ姿を目で追いながら、アスランの視線は険しくなる。
生物部。動物。
ヤツらは生き物の味方。

そして、キラ・ヤマト。
あの森で出会った不思議な少年。
クラスの噂では植物と話ができるとか。
今、最も疑わしき人物。
彼もまた生物部員だ。

アスランは窓の外へと視線を移す。
そこにはクラスメイトと戯れている小柄なキラの姿。
その姿を見るアスランの眼差しはひどく冷たかった。


  • 07.10.02