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緑夢 04


夏休み明けの学校は、普段とは活気が違う。
ほとんどの生徒は未だ休み気分で、HR前の清掃の時間だというのに真面目に取り組む生徒はやはり少ない。
夏に出かけた旅行の話に盛り上がる少女達や、慌てて課題を写させてもらっている級友達の姿。

キラはトールとミリアリアと一緒に兎小屋へとやってきていた。
生物部で管理している兎は現在3匹いる。
部員達で当番制にして夏休み中も世話をしていたが、キラが会うのは1週間ぶりだ。
甲斐甲斐しく世話をしているためだろうか、普段あまり人に懐かない兎ではあるけれどキラには懐いているようで、キラの姿が見えると兎は近づいてきた。
キラは動物に好かれる。
やってきた兎を抱き上げようとすると、背後から声が響いた。

「キラー、夏休み中にゾンビ見たって本当ー?」

くすくすという笑い声は、少し離れた廊下にいる少女達のものだ。
明らかに面白がっているようだが、当の本人は笑い事ではない。
キラがゾンビらしき生き物を見たことを知っているのは、あの時のキャンプに参加している中でもほんの一握りだ。
特にあの時のキラは半ばパニック状態になっていたから、親しい友人達は決してそれを他言するようなことはない。

「誰から聞いたんだろう?」
「あれでしょ。あれ」

ミリアリアが示すまま彼女達のほうへと視線を向ければ、キャンプで一緒だったメンバーの姿がそこにあった。
カナード狙いで入部した彼女は、確かあの夜カナードを探していた少女達の1人だ。
その時カナードはキラと一緒にいたので、どうやら逆恨みされてしまっているらしい。
困ったようにキラはため息をついた。

「僕のせいじゃないんだけどな」
「仕方ないわよ。女の嫉妬なんて醜いものだからね」
「だって、僕男だよ。別にあの子達が気にする必要ないのに」
「それこそ無理ね。だってキラってば可愛いんだもん」
「可愛いって…」

ミリアリアは兎を撫でていた手で、キラの頬をつつく。

「髪はさらさら肌はすべすべ。目はぱっちりでお人形さんみたい。顔もよくて頭もよくて性格もいいとなれば、少なからず恨みは買うものよ。ましてやキラは女のあたしでも羨ましくなるほど可愛いしね」
「…それ、嬉しくないんだけど」
「見たまんまを言ってるんじゃない。ねえ、トール?」
「確かにキラは可愛いよな」
「トールまで…」

男が可愛いと言われても嬉しくない。
それでも口でミリアリアに勝てるわけがないので、キラは諦めたようにため息をついた。

「でも、ゾンビねぇ。狼男ならタイムリーだったんだけど」
「何それ?」
「知らない? ここ最近の連続殺人事件のこと。獣に襲われた死体なんだって」
「それで狼男?」
「そ。まあマスコミが面白可笑しく騒ぎ立ててるだけだけどね」
「何にせよ、犯人が捕まってくれないと怖いよな。近所じゃん」
「そうだね」

気のない返事をしつつ、キラは森で遭ったあの死体を思い出していた。
人間とは思えない。ゾンビかと言われれば否定もできない。
今思い出しても恐ろしい光景だったが、それよりも印象的だったのはあの時の男性。
キラの日常とはかけ離れた危険な香りを身に纏った男。
大きな銃を構えた姿は恐ろしいけれど、不思議と目が離せなくて。

あれは一体何だったのだろう。

ふと、視線を感じた。
値踏みするような監視するような、決して友好的ではないそれ。
動植物のオーラを見ることが出来るキラは、それ故か感受性が高く他人の視線などに敏感だ。
思わず振り返れば、そこにいたのはかっちりとしたスーツに身を包んだ少年。
木に寄り添うように立っている姿は、どこか浮世離れしているようで。
年齢よりも大人びて見えるのは、恐ろしく整った顔立ちのせいだろうか。
硬質な雰囲気がそれを更に際立たせている。
学校の生徒ではない。
少なくとも彼を学校で見たことはない。
だが、キラは彼を知っている――いや、彼とよく似た男性を知っている。
全身から放たれているオーラ。
攻撃的なそれを、キラは以前見たことがあった。

(同じ…)

あの森で出会った男性と、よく似ていた。
勿論顔を見たわけではないから断定はできないが、このように激しいオーラを持つ人物が2人といるとは思えない。

美しい、けれど怖い。
まるで獰猛な獣が目の前にいるような感覚に、キラは動くことが出来ない。
どのくらいの時間だろうか、おそらくそれほど長い時間ではないだろう。
興味が失せたのか、ゆっくりとした動作で彼が姿を消すと、ようやくキラは詰めていた息を吐き出した。
何をされたわけでもない。
ただ視線を向けられただけだ。
それなのに、全身の震えが止まらない。

怖い。

そう――思った。



ざわり、とクラス中がざわめいた。
見慣れた教師の後について教室に姿を現した生徒に、男女問わずどよめきがもれる。
藍色の髪、翡翠色の瞳。
目を奪われるほどの美形。

「アスラン・ザラです。よろしく」

そうして、優等生のように笑った。





   ◇◆◇   ◇◆◇





マンションのエントランスを通る時、ふと慣れた香りが鼻をついた。

(この香りは――)

脳裏に同胞の勝ち気な眼差しが浮かび、エレベーターに残る香りにアスランがかすかに笑う。
彼女がやってくるとは珍しい。
どうせまた何か小言を言いにきたのだろう。
向こうからこちらまではどう軽く見ても、飛行機で15時間。
ちょっとそこまでという距離ではないが、おそらくそう言っても彼女には堪えないだろう。
あのフットワークの軽さは尊敬に値する。
見習おうという気はさらさらないが。

ロックを解除して部屋に入ると、視界に入るのは殺風景な室内。
引っ越してきたばかりだから寝具以外何も入っていない部屋は、1人で暮らすには少々広すぎるが、多分この先家具を増やすことはないだろう。
身軽でいることを約束されている身だ。
実際家には寝るために帰ってくるようなものだし、このマンションも所詮一時的な仮宿に過ぎない。
アスランは簡素な室内をぐるりと見回した。
勿論視界に入る場所にいるわけがない。

「カガリ?」

探すつもりもなくそう呼びかければ、扉が開いて金髪の少女が姿を現した。

「どうしてわかったんだ?」
「香水。お前の香りだ」

東洋趣味のカガリはオリエンタルの香りの香水を好む。
外見も性格も非常に男らしい彼女だが、こと香水に関してはこだわりがあるらしく、いつも同じ香りを身に纏っている。
それは不思議と彼女に似合っていて、一緒に行動することが多いアスランは自然とその香りを覚えてしまっていた。

「お前、私がどうして来たかわかってるのか」
「さあ。恋しくて追いかけてきた、とか言うつもりか」
「馬鹿者。お前のような危なっかしい奴、放っておけなかっただけだ」

憮然と言い返してくるカガリに思わず笑みが浮かぶ。
同じ年だというのに、どうしてか彼女は自分のことを弟のように思っている節がある。
彼女よりもよっぽど自分の方がしっかりしていると思うのだが。
それでも彼女に気にかけてもらうことは正直嬉しい。
恋人ではなく、友人でもない奇妙な関係。
強いて言うなら相棒、家族。そうした関係だろうか。
恋愛感情は欠片もないが、お互い一緒にいるのが楽だ。
それはお互い傷の舐めあいをしているに過ぎないのだけれど。

「私に黙って来たのは許すとしよう。だが、何で任務が終わった後もまだこの国にいるんだ。こんなマンションまで購入して」
「どうって…。俺の故国だ。里心がついても不思議じゃ…」
「嘘、だな」

琥珀色の瞳がひたりと自分を見据える。
このきつい眼差しは虚飾を許さない。

「お前、一体何を考えているんだ?」

きつい口調だが、それは心配だからだ。
アスランの持つ傷を、カガリは知っているから。

「決まっている」

アスランは低く笑う。
懐から取り出した銃を愛しそうに撫でて。

「ハンティングさ」


  • 07.09.26