「お前が夢魔か」
両手を拘束し至近距離から見据える翡翠に宿る色は神父の持つそれではない。
少なくともキラが知る神父とはまるで違っていた。
悪魔は忌むべきモノ、存在してはいけないもの。
神に仕える者にとってそれは不変の事実。
悪魔は人間を惑わし堕落させる存在で、故に神父は悪魔と対話をすることはない。
人間は弱い。だからこそ悪魔の誘惑に負けないように会話をしてはいけないという掟があるのだ。
それはエクソシストであっても同等で、キラは何度か神父に遭遇したことはあったが誰もがキラの顔を直視しようとしなかった。
だが、アスランは違う。
吐息の触れる距離、両手を拘束する力、強い光を宿す翡翠。
かすかに笑みを刻んだ形のいい唇。
そこに悪魔と遭遇した恐怖や覚悟などは欠片も見えない。
こんな――まるで面白い玩具を見つけた子供のような顔をした神父など初めてだ。
「ふうん」
翡翠を眇めて凝視するその視線がぞくぞくする。
触れられた箇所が、熱い。
その感情が理解できず、キラは呆然とアスランを見つめた。
「何人も餌食になっているというからどれだけ魅惑的なサキュバスかと思えばインキュバスとはね。性別を間違えたんじゃないのか」
目の前の薄い胸をさらりと撫で、アスランは小さく笑う。
まるで挑発的なそれ。
アスランが指摘した通り、キラはインキュバス――男性体だ。
夢魔は性別がないため女性体を取ることも可能だし、今まで男を狙う時は女性体を取ることもあったが、キラには特にこだわりがなかった。
男性体であろうとキラの美貌に変わりはなく、むしろ一見しただけでは男とも女とも判別つかない美貌のキラは、男の姿をしていても容易に獲物を狩ることができるのだから。
確かにキラは女顔だ。
別にこの外見に不満があるわけではないが、キラを侮蔑するような発言を甘受できるほどキラは優しくない。
主にからかわれるのですら気に入らないのだから、それを人間の――しかも敵である神父に言われて面白いはずがない。
「悪い?」
「いや、意外性があって面白いじゃないか」
「そう? じゃあそろそろ手を離してくれないかな。僕、神父に襲われる趣味はないんだ」
「男を襲う趣味はあるくせに?」
「悪魔だもん。当然でしょ。それに、嫌がられたことなんて一度もないよ。皆喜んで僕のものになってくれるの。ねえ、離してくれないの? 君、神父なのに悪魔を押し倒す趣味でもあるの?」
一見細身に見えるくせに、目の前の男の力はキラの予想以上に強い。
全力で抗えば外せるだろう。
キラは悪魔だ。人間とは体力が違う。
軽く揶揄するように嫣然と笑えば、アスランは手の力を緩めた。
それでも振りほどくまでには至らない。
どうやら目の前の神父はキラを逃がすつもりはないらしい。
神父に拘束されてしまうとは我ながらドジだと思うが、どうやら彼はエクソシストではないらしい。
エクソシストの禁忌をこうも容易く破る男が教会に認められるはずがない。
それでも高位にいることは間違いないのだろう。
こうしてキラに捕われないだけでもそれはわかる。
どんな男でもキラが微笑めば一瞬で虜になったのに、神父というのはそんなに精神力が強いのだろうか。
自分に捕われない男なんて邪魔だなと思う。
そういえば本来の目的はこの男を殺すことだった。
今殺すことも、多分簡単。
殺してしまおうかと考え、目の前の翡翠を見つめる。
綺麗な輝き。
こんなに綺麗な碧を初めて見た。
殺すのは、本当に簡単。
でも、それでは面白くない。
興味がわいた、この男に。
くすりと笑えば、翡翠が眇められる。
そんな表情の変化すらぞくぞくする。
欲しいと思った。
「ねえ、君、神父なんてやめて僕のものにならない? うんと可愛がってあげるよ」
「…神父を誘惑するのか?」
「職業は関係なし。僕は僕が気に入ったものにしか興味ないから。神父だって人間でしょ。どう? 僕上手いよ?」
ゆっくりと唇を舐める。
主が褒めるこの容姿、人間が抗えるはずないのだ。
紫瞳を細めて微笑めば、ほとんどの男は堕ちる。
人間なんてそんなものだ。
どんなに綺麗事を言おうが、所詮人間は欲望に弱い生き物だ。
それは神父とて同じこと。
腕から力が抜ける。
ほら、こんなに簡単。
ゆっくりと起き上がり、白い首に己の腕を絡め、キラは微笑う。
「人間では決して味わえない悦楽を教えてあげるよ」
- 08.12.18