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GAME 05


ドタバタガタン、と荒々しい音が響く。
優雅な古城に不釣合いな騒々しい音に、城の主であるイザークはため息をつきつつ、読んでいた書物をぱたんと閉じた。
悪魔公爵の称号を持つイザークの居城でこのような行動を取るのは、イザークの記憶にある限り1人だけだ。
排他的で短気な性格のイザークが唯一自分の領地で自由にさせている人物。

「まったくあいつはいつになっても学習しない奴だ」

低級悪魔と違い時空の移動ができるくせにどうしていつもいつも律儀に扉を開けて入ってくるのだろうか。
そしてイザークがこの居城にいる時は大抵書斎に篭っているということを、いつになったら覚えるのだろうか。
バタンバタンと扉を開閉する音は少しずつ近づいてくる。
おそらくもう間もなく扉を開けて部屋へやってくるだろう。

「イザーク!!」

最高級のオーク材で作られた扉が勢いよく開かれて派手な音をたてた。
その衝撃で壁にかけられていた絵画がかくんと傾いた。
一度きつく言った方がいいだろうか、いやこいつは頭はいいけれど基本的に人の話を聞かないし覚えないし、言ったところでムダになることはほぼ間違いない。
好きにしろと言ったのは確かに自分だと無理やり納得させているところへ、飛び込んできた物体――キラは扉を開けた勢いのままイザークの膝に飛び乗った。
普段ならふわりと飛び乗るところだったが、今回は本人の動揺も勿論、走ってきた勢いも加わってどずしんと大きな衝撃がイザークの足と腹部を直撃した。

「ぐっ…!」
「イザークイザーク、イザァクー!!」
「何だ五月蝿い!」
「僕って可愛いよね! キュートだよね?! 男なら誰だってイチコロだよね?!」
「…言っている意味がわからん」

がくがくと肩を揺すられて軽く脳震盪に陥りそうになるが、とりあえず目の前で興奮しているペット(イザーク命名)を落ち着かせることを優先した。
何しろ本当にこの淫魔は頭はいいけれど基本的に人の話を聞かないし以下略。
これ以上暴れないように片手で後頭部を押さえつけて噛み付くように口付けをした。
親愛の情を与えるそれでもなく愛欲を貪るそれでもない。
とりあえず落ち着かせるためだけのそれ。――若干腹部の痛みも報復しておく。

「ぁ…ん…ふぅ…」
「落ち着いたか」

乱暴に舌を絡ませ呼吸を奪いつくすように口付けをすれば、すぐに腕の中のペットは大人しくなる。
それを見定めて口付けから解放すると、少し不服そうな光が宿った。
愛欲に忠実な淫魔だ。
特に主であるイザークに触れられればすぐに反応を見せる。
紫の瞳が官能に染まりつつあるのを見定めると、イザークは馬乗りになっていた力の抜けたキラの身体を膝の上にしっかりと抱えなおした。
細身のキラは抱き心地が丁度いい。
主と向かい合い腕の中にすっぽりと囲まれる体勢はキラのお気に入りだ。
すり、と広い胸に顔を摺り寄せる。
子猫のように甘えるそれがイザークがペットと命名した由来なのだが、キラは無自覚なのだろう。

「やっぱりイザークが一番いい、…優しいし」

ポツリと呟かれた殊勝なそれに、明日は槍が降るなと考えた。
キラが素直なのは基本的に情事の最中だけだ。
イザークと主従の契りを結んでいるとは言っても、正確に言えばキラはイザークの下僕ではない。
淫魔であるキラは他者の精気を奪って生きている。
キラはイザークの精気を喰らい、イザークはキラの極上の身体を堪能する。
本来ならばそれだけの関係だったのだ。
何故主従の契りを結んだのか今以てよくわからない。
一言で言うならその場のノリというやつだろう、多分。
キラは淫魔だ。淫魔は男や女を誘惑する。
精気を奪うだけではなく快楽を求めるために悪魔や人間も関係なく多くの男女と関係を結んできたが、イザークの精気を味わってしまった以上、どんな相手であれ満足できないようになってしまったらしい。
悪魔の中でも最高位に位置するイザークと下級悪魔を比較の対象にされては困る。
だがそんな常識はキラには勿論通用せず、責任を取れと詰め寄られてじゃあ下僕になれという流れだったような気がする。
そんな関係だからキラはイザークに忠誠を誓っているわけでもないし、貞操を守っているわけではない。
イザークもキラのことを可愛がっているけれど愛情を抱いているわけではないから誰の精気を喰らおうと気にしたこともなかったのだが、何やら今回は様子がおかしい。
理由を問おうとして、首筋に散る赤い痕を発見した。
珍しいこともあるものだ。
キラはイザーク以外に所有の印を刻まれることを嫌がる。
よくよく見れば露出の高い服の胸元にも見えた。
相手が人間であれば、キラが望まない限りここまでの痕をつけることは不可能だ。
こう見えて魔力だけはイザークに負けず劣らず高いのだ。――どうして下級淫魔などをやっているのか不思議なほどに。
イザークにしか許さなかった所有の印を刻ませるということは、それほどに心を許す相手に出会ったのだろうか。
気になるわけではないけれど面白くない。
何せキラはイザークのペットなのだから。

「――誰につけられた」
「あ…えと…」
「余程楽しかったようだな」
「うん、それはそうなんだけど…」

冷ややかな声に否定の声は返ってこない。むしろ肯定された。
キラの肌艶を見れば相手は極上の精気を持っていたことは歴然。
本来ならば上機嫌でイザークのもとへやってくるはずなのだが、どう贔屓目に見てもあれは上機嫌というよりは不機嫌極まりないという様子。
では何が気に入らなかったのかと考えれば先程のキラの不可解な言動なのは間違いない。
……だからと言って原因が解明できるわけではない。
あの言葉の何が原因なのかわかるのはキラ以外いないだろう。

「ねえ、続き。してよ」

中途半端に煽られたからだろう。
ペロリと唇を舐める仕草、潤んだ瞳。
己の媚態が相手を誘うと熟知している姿は、無垢な外見とは正反対だ。
するりと伸びてきた腕、絡めるように首に回される細い腕。
甘く揺れる紫の瞳を伏せてキスをねだる仕草。
毛並みのよい子猫のようで、可愛いと言えなくはない。

「イザーク」

いつまでたっても動く気配のない主にじれた声が響く。
まあいいか。
理由は後できっちり説明してもらうことにして、イザークは目の前の極上の身体を味わうことにした。





   ◇◆◇   ◇◆◇





小さな片田舎。
古びた教会にそれはいた。
宵闇の髪、翡翠の瞳。
誰もが見惚れる絶世の美の持ち主。
やはりあいつか、とイザークは呟いた。
キラから事情を聞いてよもやと思ったのだが、こうして見る姿はイザークが思い描いていた通りの人物で、自然と柳眉が顰められた。
漆黒の僧衣。
村人の前で神の言葉を紡ぐ姿は成る程確かに神に仕える神父そのものだが、その本性を知っているイザークにしてみれば眉を顰めるほどのものでしかない。
聖書を片手に紡がれる説法。村人はありがたくそれを聞いている。
若い女性などは頬を染めて言葉を聞いているというよりも神父の姿に見惚れていると言ったほうが正しいが、どちらにせよ彼が神父としてこの村で絶大な信頼を集めていることは間違いない。

「悪趣味だな」

ミサが終わり村人の姿がいなくなったのを見計らってイザークは教会へと足を向ける。
十字架も聖書も神父も、イザークが恐れるものではない。
古びた扉を開ければ中には静謐な空気。

「アスラン」

中にいる神父に呼びかければ翡翠が面白そうに細められた。

「イザークじゃないか。久しぶりだな。何年ぶりだろうね」
「さあな。少なくとも百年は経っていない」

爽やかな笑顔を浮かべる男にうすら寒いものを感じる。
司祭服が似合っているのが気味悪い。
悪趣味もいいところだ。

「――お前、何を考えている」
「何の事だ?」
「とぼけるな。お前が人間に化けて神父なんぞやっている理由以外に何がある」
「あぁ、そういうこと」

くすりと笑ってアスランは椅子に腰掛ける。
ゆったりとした仕草は先程までの控え目な神父のそれではない。
他者を従わせる圧倒的な雰囲気は、イザークのそれと酷似している。
アスラン・ザラ。イザークの知る限り彼は神父などではない。
かつて人間界を混沌の恐怖に陥れた、大公爵の地位を持つ上級悪魔だ。
魔王に告ぐ地位にいる彼はイザークよりも位が高い。
キラから相手の名前と容貌を聞いた時にまさかと思ったのだが、いくら何でもそこまでの悪趣味ではなかったため俄かには信じられなかった。
最近姿を見ないと思っていたら神父になっていたとは一体何の酔狂か。

「理由なんて簡単さ。退屈だった。それだけだ」
「それでこんな辺境の神父になんかなっているのか。大公爵も落ちたものだな」
「そう言うなよ、イザーク。これでも相応の地位にはついているんだ。法王に謁見できる日も近い」
「――狙いは法王か」
「言っただろう、退屈しのぎ。法王が俺の存在に気づいたら何もしないでおく。逆に気づかなければ教会は滅びる。単なるゲームさ」

特に意味はないと言外に言われてさすがにため息が出た。
法王を陥落させれば人間界は再び混乱に陥る。
退屈しのぎにまたもや戦乱を起こすつもりだろうか。
ディアッカやラスティならばともかく、アスランやニコルは自ら好んで戦乱に身を置いたりしないと思っていたが、どうやら何かの意図があってのことか。
昔から何を考えているのかわからない男だったが、やはり理解不能だ。
だからイザークはこの男が苦手なのだ。

「勝手にしろ。俺は付き合わんからな。人手が欲しければラスティにでも頼むんだな」
「俺1人で手は足りているから気にしないでくれ。――あぁ、それと」

背中に呼びかけられて足を止めた。
何となく嫌な予感がする。振り返ってそれは確信に変わった。

「君が可愛がっているペット、――キラだっけ? あれ、俺が貰うから」
「……好きにしろ」

この男に狙われたら最後、本人の意志はどうあれキラはアスランのものになるだろう。
アスランがこうして宣言するのは初めてだ。そして何かに執着することも。
余程キラを気に入ったのだろう。
逆らえばただではすまない。

『この僕が翻弄されるなんて!』

一戦交えた後にキラが悔しそうに告げたのはそんな一言だった。
キラはこう見えても相応の場数を踏んでいるし、イザーク以外では余程のことがない限り情事に溺れることがない。
それを人間――しかも自分が手玉に取ろうと思っていた神父にいいように乱されてしまったのが気に入らなかったらしい。
そんなに気に入らなかったのなら殺してしまえばよかったのにと思うのだが、キラの力が何一つ通じなかったというのだからイザークも驚いた。
何しろキラの魔力はイザークが認めるほどのものである。
いくら神に仕える神父だとて、所詮はただの人間だ。
そんなことがあるはずはないと思った矢先に告げられたアスラン・ザラの名前。
同姓同名の人間などそういるはずはない。
だから確認に来たのだが、イザークが何かを言う前に向こうから先手を打たれては何もできない。
結構気に入っていたのだが仕方ない。

「キラも厄介な男をひっかけたものだ」

無邪気なペットの行く末にイザークは小さくため息を零して姿を消した。


  • 09.02.20