気づいたのは1年ほど前。
1人の若者が姿を消した。
両親を亡くし、1人で生きていた青年だった。
元々都会の暮らしに憧れていたために村を出たのだろうと最初は話されていた。
だが荷物はそのまま、金銭もほとんど残されていたため不審を感じた近所の人間が周辺を捜索した結果、3キロほど川下で発見された。
遺体となって。
少々勝気な性格ではあったが恨みを買うような人物ではないため、事故か自殺か判断できなかったが、どれほど調べても結論はでなかったため教会で弔い埋葬した。
その3日後、領主の息子が原因不明の病に倒れた。
最初は貧血かと思った。
だが本人に病気の自覚はなく、みるみるやつれていく姿に違和感を感じる間もなく、彼は3日で命を落とした。
病気ではないからと医者にかかることを拒否し、あまりにもあっけなく亡くなってしまった。
弔いをしようと司祭のもとを訪れた領主は、数日前から原因不明の病が村中に蔓延しているのだと聞かされた。
症状は貧血、無気力、食欲不振。
この病にかかった者は病気の自覚がないまま発症後3日〜1週間ほどで全員亡くなっているのだと。
息子の病気に気を取られて気づくのが遅れた領主は慌てて医者を村に呼んだが、原因をつきとめることまではできなかった。
そうこうするうちにやってきた医者までもが病にかかり亡くなった。
不審を感じたのはこのときだ。
医者は亡くなる直前まで自分が病ではないと断言した。
病気ではないから心配いらないと。
多くの病人を診てきた医者が言う言葉は、もしかしたら間違っていないのかもしれないと思ったのは、ベッドから起き上がることができないほど衰弱した医者が、何故かとても幸せそうだったからだ。
現状の把握ができていないわけではない。
そうして気づいたある事実。
病に罹る者のほとんどが若い男女。それも美しい容姿をしている者ばかりだということに。
彼らは皆体調の変異に気づかない。
病床の彼らは夢うつつの状態で、それが異常に思えてきたのはそう遅くはなかった。
病でないのなら、この原因は1つだけ。
「夢魔、ということですか」
「おそらく…。ですが確実ではありませんし、勿論証拠になるようなものもございません。ですが、我々にはそうとしか…」
「いえ、彼らは巧妙ですからね。素人目で判断できるものではありませんが、可能性としてはゼロではありません。夢魔ということでしたら今後も同じことが起こるはずです。様子を見てみましょう」
コツン、と指で机を叩いたアスランに領主は深々と頭を下げた。
◇◆◇ ◇◆◇
「嫌な気配がする…」
小さく呟かれた言葉は闇にまぎれて消えた。
村はずれの森、その木に寝転がった小さな影が1つ。
紫紺の瞳が平和な村を見据えていた。
「あれ、ロザリオかなぁ。それなりに力ありそう。嫌だなぁ、僕アレ嫌いなんだよね」
小さく首を傾げると、はらりと亜麻色の髪が揺れた。
きゅっと寄せられた眉の下の瞳は宝石のように輝く紫。
形のいい鼻梁に、花びらの形をした唇はふっくらと艶やかで、不機嫌そうに尖らせた唇は赤い。
少女のような愛らしい造作をしているが、胸は平たく全体的な丸みもない身体は少年のものだ。
太い枝に跨った姿勢のまま、少年は枝に寝転がる。
少年の名はキラという。
夢魔と呼ばれる悪魔の一人だ。
この村は偶然見つけたのだが、存外居心地のいい場所だった。
信仰心は篤いが警戒心のない村人は誰もが親切で、旅人のふりをしていれば不審がられることはない。
悪魔対策の護符やお守りを飾ってある家も少なく、何よりも善良な人間の生気はキラにとって最高の糧だ。
神父の存在は少々やっかいだったけれど、夢魔という低い地位にいるくせにキラの魔力は相当なもので、年老いた神父の通力などないも同然だったからそれほど脅威には感じていなかった。
最初は村の外におびき出して食事をしようと思っていたのだが、1人目の獲物の時に誤って川に落ちてしまったのが原因で、村人は夜間の外出を控えるようになってしまった。
仕方がないので深夜に村を訪れることにした。
美少女のような外見は獲物を捕らえるのには最適だった。
男も女も目が合うだけでキラの虜になる。
ふわり、と笑むだけ。それで獲物はキラのものだ。
この外見に生まれたのは偶然だが、労せずして食事にありつけるとなれば使わない手はない。
そうして生気を貪る。
趣味と実益を兼ねてゆっくりと楽しむこともあれば、食事だけしてさっさと打ち捨てる場合もあった。
少々やりすぎかなと思ったのはつい先日。
新しい神父がやってきたと知り、あぁこれはばれたかなと思ったのだが、やってきたのは随分と見目麗しい青年。
深い藍色の髪と翡翠色の瞳。
造作は美しい者を見慣れたキラですら感嘆するほどで。
美味しそう、と思った。
この外見で教会の神父だなんて勿体ない。
「うん、決めた」
キラはペロリと唇を舐めた。
神に仕える神父なら、その身体は清らかだろうか。
あの碧眼が快楽に染まるところを想像するだけでぞくぞくする。
教会は辛気臭くてあまり好きではないけれど。
「待っててね、アスラン」
その言葉と共にキラの姿は闇に溶ける。
くすくすという軽やかな笑い声を森に残しながら。
- 08.11.16