Sub menu


GAME 01


そこは小さな村だった。
王都から南へ歩いて2日、馬車ならば1日かかる場所にあるその場所は、温暖な気候と豊かな水資源のお陰で大地の恵みは多く、土地柄なのか住民も温厚で誠実な人が多い。
なだらかな丘陵地帯に立ち並ぶ家屋は素朴で温かみのある建物、地元特産の石を積み上げて立てられた石壁は見事な蜂蜜色。
特有の町並みは訪れる者の心を和ませる。
この村を治める領主の地位は伯爵と決して高くはないが、その人柄故に信頼は篤い。
自身の懐を暖めるよりも領民の暮らしが豊かになるようにと常に領民のことを考えた治世は、領民すべてに最高の領主と絶賛されるほどだ。

そんな村の中央に位置する一軒の教会。
王都にあるような豪奢なものではない質素なそれは、歴史の長いこの村でも最古の建物ではないかと噂されるほど。
建設されてから一度も補修の入ったことのない古びた建物は、だが村人の篤い信仰心で建てられたということもあり、質素ながらも堅牢で築百年以上経った今でも重厚な雰囲気を纏って村の象徴となっている。
ただ、残念なことは司祭が不在だった。
信仰心篤い土地で司祭が不在ということはあってはならないことだ。
事実この村にも司祭はいた。半年前まで。
高齢だった司祭が77歳という年齢で亡くなり後任の司祭が来るはずだったのだが、どういうわけかいつまで経っても後任の司祭が来ない。
毎週末のミサも何とか領主が代理を務めていたもののやはり聖職者でない領主には荷が重すぎた。
幾度となく督促の手紙を出してはいるが、何しろこの村は王都から遠い上に山の奥に存在しているために天候が悪いと道路が閉鎖されてしまうのだ。
折りしも季節は冬へと以降する季節だったために道路は雪で封鎖。
時期も悪かったのか後任の人材もおらず、結果として半年もの間村には司祭がいなかった。
そしてようやくやってきた黒衣の聖職者。
村中が歓迎したのは、まだ若い藍色の髪の司祭だった。





   ◇◆◇   ◇◆◇





「そうですか。それは大変でしたね」
「えぇえぇそれはもう。前任のハルバートン神父はとても素晴らしい方でしたが、さすがにご高齢でしたからね。本来ならば新しい司祭様に弔っていただけるのが一番でしたが、それもこの天候では不可能かと思いましたので、我々で天へとお送りさせていただきました」
「村人に弔ってもらえるなんて、彼は果報者ですよ」

そう言って穏やかに微笑むのは、本日到着した後任の司祭だ。
名をアスランと言う。
彼が優秀な人物だということは、身に纏うローブの色を見れば明らかだ。
白銀のローブが示す位は司教。
金で地位が買える昨今ではあるが、司教職はどれほど金品を積んでも買えるものではない。
認められるのは功績と数々の偉業。
そして枢機卿以上の推挙と、12人いる賢者の半数以上の賛同が必須となる。
まだ10代という若さでありながらも白銀のローブを身に纏うアスランはそれらすべてをクリアした数少ない人物なのだ。
本来ならば王都の寺院で司教区長の片腕として取り仕切っていてもおかしくない。
決してこのような辺境の司祭など勤めるような人物ではない。
だが、彼はここにいる。
寺院の要請を受けた司祭として。

アスランは眼前に広がる緩やかな丘陵地帯を眺めた。
村の特産は果実と羊毛。
冬の寒さは厳しいが、季節を通してこの村はとても美しい。
特に領主館の窓から見えるこの眺めは格別だ。
領民が笑顔で働いている姿もよく見える。
平和でのどかで、何の憂いも含んでいないように見えるが、表面に見えない汚れや災厄などどこにでも転がっている。
見えないだけで。

「ところで――」

窓の外から視線を移す。
目の前にいるのは初老の男性。この村の領主だ。
領民に慕われる人格をそのまま形にしたような、いかにも善良そうな男性だ。
貴族でありながら領民と気さくに接する彼は常に笑顔を絶やさないと評判だが、現在の表情は困惑そのもの。
若い司祭に戸惑いが隠せないといった様子だ。
半年間なり手のいなかった後任の司祭がこのように年若い男だということではない。
彼が纏う僧服が司教のみが着用を許されるそれだからだ。
だがそれがこの目の前の男性によく似合っていた。
濃紺の闇を溶かしたような髪は見事な宵闇色。
長い睫の下の眼差しは理知的な碧。
通った鼻梁と形のいい唇。
それらが見事な配置で並んでいる顔は、誰もが目を奪われずにはいられない美貌だ。
貴族の子弟、むしろ王家と縁が深いと言っても信じてしまいそうな顔立ちは、このような田舎にいれば余計に目を引かざるをえない。
ましてや纏っているのは漆黒の僧服だ。
飾りのないシンプルな黒衣、身を飾る装飾品は胸元で揺れる小さなロザリオだけという装いは、彼のノーブルな魅力を際立たせている。

「信じられませんか?」
「…あ、いえそういうわけではないのですが…ぶしつけでした。申し訳ありません」

くすりと笑う姿に領主は慌てて頭を下げた。

「慣れてますので気になさらなくて結構です。ですが、あなた方の要請を受けて寺院が私を派遣してきたのは嘘ではありませんよ。紹介状に不審な点でも?」
「いえいえ、疑っているわけではありません。その…これほど若い司祭様だとは窺っておりませんでしたもので…」
「ご心配なく。若くても仕事はきちんとします」

言葉の通り言われ慣れているのだろう。
穏やかな笑顔を絶やさないままそう告げる彼には、領主の態度を不快に感じた様子は見られない。
ロザリオを手に微笑む姿は余裕に満ちていて、彼の実力が口だけではないことを証明しているようだった。

「そういうことで、そろそろ本題に入りたいのですが、よろしいですか?」

碧眼が領主へと向けられる。

「この村はとても穏やかで平和そのものに見えますね。それでも彼らが現れると?」
「は…はい…」

震えながら頷く領主の態度を見れば間違いないだろう。
射すくめられたように見据えるアスランの瞳を前にして嘘をつくことは誰もできない。
見た限りは平和そのもの。
だからと言って本当に平和とは限らない。
村の中央に位置する教会を視線に捉え、アスランはロザリオを握り締めた。


  • 08.11.12