格納庫へと集められたクルーは、目の前に銃を構える敵軍の兵士を前に動揺と緊張を隠せなかった。
武装解除をしたアークエンジェルにやってきたザフトの兵士達。
一糸乱れぬ統率のとれた兵士達を指示しているのは、まだ少年とも呼べるほどの若い兵士だった。
おそらくは彼らがMSのパイロットなのだろう。
ほとんどの兵士が緑色の軍服を着用している中、赤いパイロットスーツ姿がひどく目立つ。
それがザフトの中でもエリートのみが着用を許されるものだとは知らないまでも、彼らの明確な指示能力や隙のない身のこなし、更には命じることに慣れた態度を見れば、彼らがこの作戦の責任者だということは明確だった。
並んだ兵士達の中から一歩前に出たのは、赤いパイロットスーツを身に纏った藍色の髪の少年。
驚くほど端整な顔立ちは、だが翡翠色の瞳に厳しい光を浮かべていた。
「艦長は?」
「私です」
問いかけに答えれば、怜悧な印象を与える瞳がマリューに向けられる。
「アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです」
「ザフト軍クルーゼ隊所属、アスラン・ザラだ」
端的に問いかける声は少年特有の張りを持っており、彼が見た目と変わらない年齢であることを証明していた。
どこかで聞いたことのある声だと思い、マリューはすぐにその理由に気付いた。
彼が、投降を呼びかけたパイロットなのだろう。
声の調子から若いだろうとは思っていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
「クルーはこれで全員か?」
「えぇ」
これだけの戦艦に属するにはあまりに少ない人数に、アスランと名乗った少年はその怜悧な眉をわずかにゆがめる。
突然の攻撃によってほとんどの正規クルーを失ってしまい、運良く生き残った者だけが乗艦していたのだ。
民間人であるトール達の善意の協力がなければ、まともに機能していくことも難しかったほどに。
「だから、なのか…」
小さく呟いた声は、おそらくマリューにしか聞こえなかっただろう。
どこか苦さを含んだ声は一体誰に向けられたものか。
一瞬だけ見えた年相応の表情に戸惑ったマリューに気付いたのか、アスランはすぐに軍人らしい表情へ戻ってしまった。
硬質な表情は彼の怜悧な雰囲気にひどく似合っていたが、どこか他者を拒絶する冷ややかさを感じさせる。
「他に、この艦に乗員は?」
「奥の居住区にヘリオポリスの避難民がいるわ。軍人でも何でもない、ただの民間人です」
「そこに軍属の者が隠れている可能性は?」
「ありません」
「ならばいい。彼らにはしばらくそのまま待機していてもらおう。間もなく迎えが到着するはずだ」
「
迎え?」
アスランの言葉に、マリューは首をひねる。
だがアスランはそれには答えず、背後にいた同じ赤いパイロットスーツに身を包んだ緑の髪の少年へと視線を流した。
「ニコル、あちらの船はいつ頃到着予定だ?」
「予定では、あと1時間程ですね。先程連絡がありました」
「そうか…」
言葉の意味が理解できない。
彼らの話から推測すると、彼らはアークエンジェルが投降するよりも先にヘリオポリスの民間人を救助するつもりでいたようである。
だが、何故彼らがこの艦に民間人がいることを知っているのだろうか。
彼らの存在を知っているのはこの場所にいるアークエンジェルのクルー達と、今はいないキラ・ヤマトだけだ。
まさか――。
「我々はオーブの要請を受けて、この艦にいるヘリオポリスの民間人を救助しに来たのだよ」
突然響いた低い声に視線を動かすと、兵士の中から背の高い白い軍服の青年が姿を現すところだった。
「ラウ・ル・クルーゼ…」
背後のフラガが苦々しく呟く声が聞こえた。
彼が、地球軍でも高名な若き知将かと見やれば、青年の口元がわずかに弧を描いた。
「直接対面するのは初めてだな、ムウ・ラ・フラガ」
「できることなら会いたくなかったがな」
「それはこちらとて同じことだよ」
「第一、オーブの要請って何のことだよ。オーブは中立だろ」
苦々しい表情のまま鋭い視線を向けるフラガに、クルーゼは余裕の姿勢を崩さず首肯する。
「そう、中立だ。ザフトには属していない。勿論、地球軍にもな」
「じゃあ、何で」
「我々が救助した民間人の中に、オーブの有力者がいたのだよ。我々は彼女の要請を受けてこの艦にいる民間人を救助にあたったまでのこと。貴様らの助命はほんのついでだ。彼女の前で無駄に血を流したくなかったのでな」
『彼女』がいなければ自分達の命を奪うことには躊躇しないとも取れる言動に、クルーに再び動揺が走る。
戦争に出ていながら、だがクルーのほとんどが他者の命を奪ったことなどない者がほとんどだ。
自らの手を血で汚したことのない彼らは、大勢の兵士に銃を突きつけられているという現在の状況に、異常なまでの怯えを見せている。
それは場合によっては民間人である少年らよりもひどく、マリューは同じ軍人として恥ずかしくなる。
他人の銃を向けられる経験などなかったであろう少年達でさえ、恐怖心はあるはずなのにそれを見せないように振舞っている。
なのに民間人を守るべき軍人が、向けられる銃口から必死で逃げようともがいている。
動くなと1人の兵士が制すれば、悲鳴を上げて座り込んでしまう始末。
その様子は軍人の取るものとは到底思えず、ザフトの兵士達からも失笑が零れる。
「随分と豪胆なことだ」
明らかな揶揄に、マリューの頬がさっと染まる。
――だって、あいつはコーディネイターじゃないですか!
キラ・ヤマトへの暴行を糾弾した時、そう言い切ったのはあの中の1人だ。
民間人であってもコーディネイターであれば敵だと、たとえ彼が命がけで自分達を守ってくれていたのだとしても、そんなことは関係ないのだと言いたげに自分の行いを反省する素振りも見せなかった彼ら。
だが、今コーディネイターを前に、彼らはただ震えているだけ。
ひどく情けなかった。
彼らが軍人だということよりも、そんな彼らをまとめることのできなかった己の未熟さを。
そして、たった一人で耐えてきた少年を守れなかった己の不甲斐なさに。
「それで、ここにいるのは全員軍人、ということでよいのだな」
クルーゼがクルーを一瞥しながらそう訊ねた。
軍人らしくないのも若干いるが、という皮肉にはあえて耳を塞ぎ、マリューは静かに首を振った。
「いいえ。こちらの4名は正式な軍人ではありません。善意で協力してくれていただけ。彼らもまた民間人です」
「ほう…。軍に属するということがどういう意味を持つか知らない、愚かな子供達ということか」
「それは…っ…」
「軍服を着ている以上、彼らは民間人とは呼べまいよ。理由があるなら軍法会議で聞こう」
「………っ」
軍法会議、という言葉に身体を強張らせる少年達を視界に捉え、マリューはぎり、と唇を噛む。
半ば強引に彼らを拘束した自分達に対して、善意の協力を申し出てくれた彼らに、私服でブリッジに入ることは許可できないと、形ばかりではあるが軍服を着用させたのは自分達だ。
軍本部へ報告をする時間はなかったから、彼らの身分は学生のまま。
生命の保証はされるだろうが、だからといってザフトへ連行されることへの恐怖感は大きいはずだ。
「でも…」
どうにかして彼らを助けたいと思い、何とか相手を納得させようと言葉を紡ごうとしたが、マリューの声は人込みの中から聞こえてきた悲鳴のような声にかき消された。
「し…っ、仕方なかったんだ…っ!」
恐慌に陥ったように慌てふためいた声は、少年達の中から聞こえた。
マリューが振りかえると、カズイがサイの背に隠れながらクルーゼに縋るような視線を向けていた。
「お、俺達だって戦いたくなんてなかったんだ…。でも…キラが…っ」
震えながら、それでも必死で自己を弁護しようとするカズイに、ザフトの兵士達の視線も険しいものになる。
それは彼の発した「キラ」という名前に反応したものだが、カズイはそれに気付いた様子はない。
むしろ友人達の非難めいた視線にすら気付く様子もなく、縋りついていた服をきつく掴みながら言葉を続ける。
「そ…っ、そうだ! キラが戦場になんか出たから…キラのために俺達は手伝ってたのに…」
「静かにしろ!」
「カズイ!!」
「だって…キラのせいじゃないかっ!」
パニックになりかけたカズイがザフト兵の制止の声はおろか、トールやミリアリアの非難の声すら耳に届かずそう吐き出した途端。
「!!」
鋭い銃声と共に、カズイのこめかみを1発の銃弾が掠めた。
「ヒッ……ッ!」
皮一枚を切っただけだが、威力よりも撃たれたという事実にカズイはその場に崩れ落ちる。
「…その口、閉じなければ、無理やり閉じさせるまでだ」
がたがたと震える姿を冷ややかな視線で見下ろすのは、銃を構えたままのアスラン・ザラ。
その瞳に宿る光は、鋭く昏い。
「アスラン、やめないか。捕虜への暴行は禁止されている」
「ですが…隊長」
「やめたまえ。命令だ」
「………っ」
クルーゼの強い声に、アスランは不承不承銃を下ろす。
高ぶった感情を必死で押し殺すように大きく肩で息をし、やがて落ち着いたのか冷ややかな視線を怯える少年へと向けた。
「自己弁護と言い訳か…。卑怯者の考えそうなことだ」
キラが友人だと言った少年達。
守りたいと言っていた。
何も告げずに逃げ出してしまうことに、夢の中でも苛まれるほどに心を痛めていた。
それなのに…。
当の友人達は自分が助かるために、すべての責任をいなくなったキラへ押し付けようというのか。
言葉を発したのは1人だけ。
だが、そんな連中を守るためにキラが傷ついていたのかと思うと、目の前の相手を引き裂きたい衝動を抑えることができない。
たった一人で戦場に出ていたキラ。
誰一人守られることなく、大勢の人間から暴力を受けていた、あの稚い少女。
何よりも大切な存在を侮蔑されて、それでも黙っていられるほど寛容なアスランではなかった。
そしてそれは他のパイロットや兵士にも同様だった。
ここにいる全員が、キラ・ヤマトが連れてこられた時の状況を知っている。
戦場にはそぐわないほど優しい心根を知っている。
あの崇高な魂の持ち主に、知らず知らずのうちに惹かれていった者も少なくない。
だからこそ、カズイの言葉はまさに彼らの逆鱗に触れたと言ってもいいだろう。
一斉に鋭い視線を向けられ、カズイは自分の失言を察したが、一度発した言葉は戻ることはない。
向けられる敵意に怯え視線を彷徨わせ、射抜くような翡翠色の瞳にぶつかった。
「俺は貴様達を許さない。たとえキラが何と言っても、許すことなどできない」
低く言い放つ声音以上に、向けられる視線が彼の憎悪を物語っていた。
視線だけで相手を射殺せそうなほどの殺意を込めた視線を受けて、アークエンジェルのクルー達は背筋に冷や汗が伝うのを感じた。
幾度もの戦線をくぐりぬけてきたマリューですら竦むほどの殺気だ。
直接向けられたカズイが腰を抜かしてしまうのも無理はないことだろう。
カズイの言葉が失言だったことは、マリューも認めざるを得ない。
このままでは、彼らも自分達と同様に処断されてしまうと、きつく拳を握りしめたその時――。
「アスラン!」
聞きなれた、だが二度と聞くことはないと思っていた声が広い艦内に響いた。
- 05.08.24