作業が終わると食堂へ行く。
それがここ数日、若い4人のパイロットの日常になっている。
最終システムチェックを終えて機体の動きを観察し、そうして作業が終了したアスランとニコルは、いつものように遅めの夕食を取りに食堂へとやってきた。
食堂に入ると見慣れた2人の少女の姿。
間もなく就寝時間ではあるが、彼女達は時間の許す限りこの場所にいて、作業で疲弊したクルー達を労ってくれる。
プラント一の歌姫とオーブの秘宝とも言われる王女が、クルーの一人一人に労いの言葉をかけてくれるということが、この艦にとってどれだけ士気を上げる結果になっているか、おそらく理解していないのはキラだけだろう。
「あ、アスラン。ニコル。お疲れ様」
2人に気付いたキラの顔に、それまでとは違う笑顔が浮かぶ。
心を許した相手にしか見せないキラの無邪気な笑顔に、蓄積していた疲労が一瞬で消えたように思えるのは、やはり現金なのだろうか。
ふわりと近づいてくる華奢な身体をアスランがしっかりと抱きとめれば、ここ数日ですっかり以前の明るさを取り戻したキラがふんわりと笑う。
それは花が開くように綺麗で艶やかで、それまで見せていた控えめな笑顔とはまた違う。
亜麻色の髪に縁取られた笑顔は、見る者が嬉しくなる程幸せそうな表情だ。
だが、その笑顔がアスランにしか向けられていないことを、ニコルははっきりと認識していた。
年が近いせいか、それとも元々人懐こいキラの性格故か、当初は敵同士だったニコルやイザーク、ディアッカとも今では古くからの友人のように接してはいるものの、それでもやはりこんな風にどこか甘えた表情を見せるのはアスランにだけだ。
以前ディアッカがそんなキラを揶揄してみたものの、どうやら無意識で行っているようで、キラはディアッカの言葉がわからないらしく、不思議そうに首を傾げるばかりだった。
アスランとキラは恋人ではなく依然として幼馴染という間柄のようだが、だがそれだけでは説明のつかない親密な空気が2人の間を包んでいる。
何よりもアスランがキラを見つめる眼差しは溢れるほどの愛情を湛えていて、少なくともアスランにとってキラは誰よりも大切な存在であることは確かだ。
そう、婚約者であるラクス・クラインよりも。
それを証明するよう台詞を、ニコルは他でもないアスラン自身から聞いたことである。
愛しいと思うよりももっと深い、それこそ自分の命よりも大切な存在だと告げていたアスラン。
不当に負った怪我のせいで眠り続けるキラを、それこそ寝食を忘れて看護していたアスランの姿は、初恋すら未経験のニコルにはその奥底にある深い心情こそ理解できなかったものの、それでもこれほどまでに強い想いを抱ける相手と出会えたアスランがひどく羨ましかった。
態度よりも言葉よりも、キラが大切だと雄弁に語っている翡翠色の瞳。
どうやらそう思っているのはアスランだけではないらしく、キラがアスランを見つめる眼差しにも全幅の信頼と、例えようもない柔らかさに満ちている。
キラが自分の感情に気付いているかどうかは、ニコルにはわからない。
恋愛事には疎そうなキラのことだ。
アスランに対する感情が昔とは違うということは理解していると思うのだが、おそらくそれが何かまではわかっていないのではないだろうか。
(比翼の鳥、連理の枝…)
極東の国では、かけがえのない相手のことをそう呼ぶのだと、以前に何かの文献で読んだことがある。
離れては生きていけないほど大切な存在。
そう、それはまさにこの2人のようだ。
離れていた3年間を埋めるように、片時も離れたくないと語る2対の瞳。
友情とか愛情とか、そういうレベルではない深い繋がりが、そこには確かにあった。
オーブの王女としての立場やアスランの婚約者の存在など、キラが単純にアスランへの好意を認められない要素はいくつかある。
それでもアスランと一緒にいるキラは幸せそうで、他愛のない会話をしながらテーブルへと移動していく2人の姿に、婚約者であるラクスには悪いがこの2人の未来が明るいものであればいいと願わずにはいられない。
「ニコル? どうしたの?」
一向に動く様子のないニコルに気付いたキラが、怪訝そうに首をかしげている。
すでに席についている彼らのテーブルに用意されているのは、ニコルの分なのだろう。
顔を上げたニコルに、キラが手招きする。
「ほら、早く。冷めちゃうよ」
「あ……、はい…」
くすくすと笑うキラの隣には、苦笑を浮かべたアスランの姿。
ニコルは慌ててテーブルへと移動した。
◇◆◇ ◇◆◇
程なくして食堂へやってきたイザークとディアッカを交えて、いつものメンバーでテーブルを囲む。
以前なら考えられなかった光景だが、今ではそれがこんなにもしっくりとくる。
それでもやはりイザークとアスランは根本的に合わないらしく、時々イザークが激昂しかけることはあったが、アスランの隣できょとんと見上げる無垢な視線に晒されては怒気も下がるのだろう、以前のように険悪なムードになることはなくなっていた。
「進行状況は如何ですの?」
作戦決行を翌日に控えた状況で主力のパイロットが4人揃っているということが如実に状況を物語っているのだが、ラクスは穏やかな様子でそう訊ねてきた。
それが――今回の作戦に関して誰よりも心を痛めているキラを安心させるための行動であることは、その場にいた誰もがわかっている。
本当は気になって仕方ないだろうに、それでも民間人であるキラが口を挟むことではないと遠慮しているのか、何か言いたげなキラの様子を聡いラクスが気付かないはずがない。
「9割方完成しました。後は簡単にシステムのチェックを行えば終わりです」
ラクスの問いを受けて、イザークが答える。
それに安心したように息をつくキラを横目で見つつ、ディアッカが言葉を繋ぐ。
「手間取ると言えば、ストライクのハッキングシステムだけかな。まあ、それもクルーゼ隊長が引き受けてくれたから数時間で終了するだろう」
ストライクとアークエンジェルを繋ぐ回線を利用して、キラが作り上げたハッキングシステム。
それは、半径10キロ以内であればアークエンジェルの火器はおろかメインシステムすら掌握できる代物で、それが使用すればまず間違いなく彼らの抵抗を封じることができる。。
わずか数日でそれだけのシステムを作り上げたキラの卓越したプログラミング能力には、さすがのクルーゼも舌を巻いていたほどだ。
「それにしても、キラのプログラミング能力って本当にすごいよな。普通あんなの組めないぜ。ましてやほんの数日でなんてさ」
「そうかな…。必死だったから」
「確かに、あれがあるだけで両軍とも損害は最小限に抑えられるだろう。…よくやったな」
「…ありがとう」
イザークに褒められて、キラが嬉しそうに微笑む。
矜持が高くて自分にも他人にも厳しいイザークが、他人を褒めることなど滅多にない。
珍しそうにディアッカが向ける視線を綺麗に無視して、イザークは食事を続ける。
慣れないことをしたという自覚があるせいか、その耳元はほんのりと赤い。
照れ屋で意地っ張りで、でもさりげなく自分のことを気にしてくれるイザークは、何気ない行動の1つ1つがカガリと似ていて、キラの口元にはやんわりと笑みが浮かぶ。
気性が激しいところもそっくりで、もし2人が出会っていたら気があうんじゃないだろうかと思う。
ディアッカやニコルともすぐに馴染めそうだし、ラクスとは対照的な性格で逆に合うかもしれない。
だけど、どうしてもアスランとだけは相容れないんだろうなと思う。
それはまるで目の前のアスランとイザークの関係のように。
ましてやカガリは幼い頃から話していたキラの幼馴染を敵視している感じがある。
2人が直接会ったらどんなことになるか、想像すると怖いものがある。
だが…。
何だかんだ言いながらも、カガリは最終的にはアスランと仲良くなるだろう。
カガリもアスランも、キラが哀しむことだけは決してしないのだから。
先日の通信では用件のみを話して切ってしまったから、新しく出来た友人達のことを紹介する時間がなかった。
作戦が終了する頃には、オーブからの迎えも到着するだろう。
その時にはきちんと紹介しなければと思う。
敵だと思っていたザフトで知り合った、大切な友人達を。
- 05.07.17