ヘリオポリス崩壊から数ヶ月が経過しても、オーブ政府依然として混乱を極めていた。
オーブが所有するコロニーが1つ、崩壊したのだ。
そこで生活していた国民の数は計り知れなく、オーブ史上でも前代未聞の大事件であることは間違いない。
唯一の救いは、そこで生活していたほとんどの国民が無事避難していたということだ。
1年前の『血のバレンタイン』を彷彿とさせる大惨事。
中立のヘリオポリスを襲った地球軍・ザフト両軍の襲撃に、オーブの怒りは大きい。
ましてや崩れ行くコロニーから射出されたポッドの多くが未だにその所在を明らかにしておらず、彼らの身を案じる声は世界の各国で聞こえてくる。
そのような状況下のせいか、プラントからは程なくして親書が届いた。
ヘリオポリス崩壊はザフトの本意ではあらず、今回避難している国民は責任をもって救助にあたるという内容そのまま、ザフトは率先してヘリオポリスの避難民を保護し、オーブへと護送してくれた。
そうやって1人また1人と避難民がオーブへ戻ってくる中、 依然として自分を助けたキラの安否はわからず、カガリは日々不安と怒りと後悔にさいなまれていた。
救助された民間人の中に『キラ・ヤマト』の名は見当たらず、カガリは気が気ではなかった。
大切な双子の妹。
一緒に暮らしていたのは4歳までの短い期間であったが、それでも年に数回は直接会うことはできたし、頻繁にメールのやりとりも行っていた。
おっとりしていてどこか危なっかしく、それでいて頑固なキラ。
ヘリオポリス崩壊のあの日、あの場所にいたカガリを強引に避難させ、自分は銃弾の飛び交う中に走り去っていってしまった妹の安否を気遣わないわけがなかった。
キラの捜索に行きたいと父親に取り合っても、身分を明らかにしていないキラはあくまでも1民間人でしかない。
多くの行方不明者がいる中、たった1人のためにオーブの王女が自ら捜索に乗り出すことなど認められるはずがなく、カガリの必死の願いは聞き入れてもらえなかった。
それならばと自力でキラを探すためにオーブを飛び出し、そこで何のはずみかレジスタンスに参加し、それまで映像や資料でしか知らなかった『戦争』というものがどういうものか、当事者の立場で考えさせられた。
少しずつ見知った人物の姿がいなくなり、お互いの価値観から分かり合おうともせず、ただ武器を手に敵を倒す。
だが、その敵にも家族がいて友人がいて、そして恋人がいるのだということを、カガリは今更ながらに思い知らされたのだ。
殺したから殺して、殺されたから殺して、それで果たして本当に最後には平和なんて訪れるのだろうか。
哀しみは連鎖を呼び、そして憎しみは更なる憎しみしか生み出さないのではないか。
こうやって銃を手に戦っている今も、倒れた兵士を思って泣く人はいるのだろう。
戦争を推奨する人物はいつだって安全圏にいて、被害を受けるのはいつだって平和を願って暮らしている人達だ。
そんな――犠牲ばかりを増やしていく戦争に憤りを覚えても、それでもカガリは何ひとつできなかった。
どれほど正義感に溢れようと、所詮カガリは戦争とは無縁の平和な世界で暮らしていたお姫様だ。
戦争をなくしたいと思いながら、それでも何もできずに自身の無力さを痛感した頃、護衛のキサカに諭されてオーブに戻った。
オーブの王女である自分でしかできないことをするために。
そこで、プラントからの通信を受けた。
地球軍によって拘束されていたオーブの民間人を救助したという内容に、カガリは首をひねるものの、単なる民間人を救助したという報告が、今のこの情勢下でプラント――それも最高評議会経由の通信がオーブへ入ることなどないと気付いた。
それでも間違いなくプラントからの通信であることを考えれば、彼らが救助した民間人が単なる民間人であるはずがなかった。
キラだ、という確証があった。
そうして通信を繋げれば、如何にも胡散臭そうな仮面で顔を隠した青年の姿。
どこか飄々としたその様子はひどく癇に障って、冷静に話すつもりが気がつけば相手のペースに乗せられていて、明らかに子ども扱いするような態度に血が上った頭は一向に冷える気配はなかった。
面白そうに笑みを浮かべるクルーゼと呼ばれた人物と、その横で何故か胃を押さえている艦長らしき人物。
キサカから冷静さを取り戻すようにと諭されて、そしてようやく落ち着いてから説明を聞いてみれば、それはカガリの想像以上の内容だった。
救助された人物の名は『キラ・ヤマト』。
今は男と偽っているが、彼女はれっきとした少女で自分の――オーブ次期代表の妹だ。
そんな彼女が地球軍に拘束されていたと聞かされ――ましてやパイロットとして無理やり戦場に駆り出されていたと言われてショックを受けないはずがない。
現在は幼馴染によってザフトに救出され、疲れ切った心身を癒していると言われたものの、言葉だけでは到底安心などできるはずがなかった。
どれだけ不安な思いをしているだろうか。
怪我はしていないだろうか。不当な目に合わされていないだろうか。
不安は胸を押しつぶさんばかりにふくらみ、本人の無事な姿を見なければ安心できなかった。
半ば強引に対面を希望し、長い時間待たされた後、ようやく目の前に待ち望んだ姿が映し出された。
そこにいたのは記憶のものより痩せてはいるが、それでも元気そうな妹の姿。
笑顔を浮かべる様子や背後に控える少年達の嬉しそうな様子を見れば、キラがザフト内で辛い目にあっていないことは明白で――。
だが、心配が強かったからこそ湧き出た怒りは深く大きい。
「この…ばっかやろおおぉぉ!!」
思わず怒鳴りつけてしまったのは、カガリにしてみれば無理のないことだった。
予想外の大音量に、ブリッジ内にスピーカーがハウリングを起こす。
キーン、という耳に痛い音が鼓膜をつんざき、多くのクルーが耳を押さえてうずくまる中、そんな姉の行動を把握していたキラは押さえていた手をゆっくりと外した。
「えっと…ごめんね?」
とりあえず謝っておくに限るとばかりに小首を傾げて謝罪の言葉を口にするキラの、その普段と変わらないその悪びれない態度が腹立たしいやら嬉しいやら。
「ばか、やろう…。私が一体…どれだけ心配したと……」
「うん、ごめん…」
申し訳なさそうに、それでもどこか嬉しそうなキラの様子に、安心したのか涙腺が緩んだ。
ぽろりと零れた涙に気付いたキラが一瞬気遣わしげな表情をしたのに気付いて、カガリは乱暴に袖で涙を拭った。
大切な妹は、カガリが涙を見せるとひどく哀しそうな顔をする。
優しくて純粋で、だからこそ他人の痛みを自分のもののように感じるキラだから、カガリは敢えて涙を隠した。
「怪我はないんだな?」
「うん…今は平気だよ。その前はちょっと…ね。でも、ザフトで手厚い看護を受けたから、もう大丈夫」
「本当だな?」
「うん」
頷くキラの表情は柔らかく、その言葉に嘘はないのだろう。
背後にいる蒼い髪の少年の表情がわずかに曇ったのが気になったけど、キラが大丈夫だという以上何を聞いても答えないことくらい理解していた。
どうしても気になれば、蒼い髪の少年に聞けばよいだろう、とカガリは思う。
気遣わしそうな視線をキラに向ける少年は――おそらくキラの幼馴染だというアスラン・ザラだろう。
軍人になっているとは聞いていなかったが、幼い頃から何度か写真を見せてもらったからその顔はよく覚えている。
大切な幼馴染だと言われ、それがまるで姉である自分よりも大切な存在だと言われたようで面白くなかった。
幼いながらにあの頃のカガリは、アスランは自分の中でキラを奪う人物だと思っていたのだ。
そんなライバルのような相手の顔を見忘れるはずはない。
ついきつい視線を向けてしまえば、そんなカガリの視線に気付いたのか、アスランがわずかに頭を下げてキラをスクリーンへと押し出した。
「ほら、キラ」
「え?」
「お姉さんにちゃんと説明しないと駄目だろう。心配かけてたんだから」
「う…ん」
敵意に満ちた視線に気付いていただろうに、敢えてカガリと言葉を交わそうとしなかったのは、もしかしたらカガリの心境を慮ってくれたのかもしれない。
キラの言う通り理知的で、真面目な優等生のようなアスラン・ザラ。
気に入らない奴だと思うが、それでもキラに向ける視線や肩に添えられた手などからキラを大切に思っている様子は一目瞭然だ。
キラが女性だということは今の服装を見れば明白だが、それでも彼の友情は変わらなかったらしい。
むしろそれは別の感情に変わっているような気がするものの、それが今のキラに悪い方向へ進むことだけはないのだと思えば、そんな――アスランの蕩けきった表情も容認するしかない。
ましてや、彼がキラを地球軍から保護してくれたのだと聞かされてしまえば、怒ることなどできるはずもない。
アスランに促されるまま、キラはカガリに視線を向けた。
「実はね…」
どこか言いにくそうに告げられた内容は、カガリを更なる怒りと混乱に陥れた。
「アークエンジェルの捕獲って…お前、一体何を考えてるんだ!?」
「あの艦にはヘリオポリスの民間人が乗ってるんだ。このままだと彼らも無事ではすまないんだよ」
「だからってそんな…」
「民間人を守るのは、王族の役目でしょ」
「いや、だからって何でお前が…」
「僕が、彼らをあの艦に連れてきたからだよ」
「いやでもっ…それならオーブ本国から地球軍に打診すれば…」
民間人を守るためにMSで戦闘を強要させられていたと知らされたカガリは、妹の境遇を知らされショックを隠せなかった。
そんなカガリに追い討ちをかけるように告げられた、アークエンジェル捕獲作戦。
それにキラが関与していると聞かされては、カガリが反対するのも無理はない。
不当な扱いに傷ついていたであろうキラに、これ以上戦争に関わってほしくなかった。
キラの言う通り民間人を守るのは王族の義務だが、だからといってキラが再び戦闘に関与するなど、容認できるはずもない。
「そうだ…いくら地球軍だって現状でオーブの発言を無視できるはずないんだし、私がお父様を説得して地球軍に民間人の解放を要求するから…だから…」
「駄目だよ、カガリ」
どうにかしてキラを止めようと思考を紡ぐカガリに、だがキラは小さく頭を振った。
「アークエンジェルは遅くても3日後には月基地へ到着してしまう。そうなってからでは遅いんだ。今からオーブが打診をしても、それじゃあ間に合わない」
「でも…っ」
「君が心配してくれる気持ちは嬉しいよ、ありがとう。でも、これだけは譲れない」
「キラ…」
「アークエンジェルが月基地へ到着したら、もう彼らを助けることはできない。僕は皆を助けたいんだ。彼らを戦争に巻き込んだのは僕だから」
「…………わかった」
譲れないと訴える眼差しに、カガリは長い沈黙の後頷いた。
性格は正反対と言われる双子だが芯の強さはそっくりで、だからこそカガリはキラを止めることなどできないのだとわかってしまった。
むしろ、普段はおっとりしているくせに、一度決めたら誰が何と言っても聞かない強情さではカガリよりもキラのほうが遥かに強い。
「だが、お前だけに無茶をさせるわけにはいかない。私もすぐに宇宙に上がる」
「カガリ?」
「無事に民間人を救助できたとしても、残念ながらザフトの艦ではオーブへの入港は認められない。だから、私がクサナギで迎えに行く」
「でも…」
「キラ、私はお前の要求を呑んだんだ。だったら私の要求も認めろ」
「カガリ…」
「お前はいつも無茶をするからな。私が行くとわかれば、そう無茶もできないだろう」
困ったように細められた視線の先、カガリは琥珀色の瞳をきつく瞬かせてそう言った。
妹思いで正義感の強いカガリ。
幼い頃からキラは自分が守るのだと公言していた、大好きな姉。
その優しい気持ちを痛いほど感じて、キラは瞳を伏せる。
「…ありがとう……」
「すぐに迎えに行くからな。危険なことはするんじゃないぞ」
「うん」
じわりと紫の瞳が潤むのは、そんな姉の気遣いが嬉しかったから。
「キラに、ハウメアの加護がありますように」
「うん…、カガリにも…」
キラはそっと胸元を握り締める。
生まれた時に父から渡されたハウメアの守り石。
祈りの込められたその石はあらゆる災厄を回避するとともに、オーブの王族が必ずその身につけている守護石だ。
キラとカガリは離れて暮らすことになった日に、お互いの守り石を交換していた。
だから、今キラの胸にあるのは、本来ならカガリが持つべきものだ。
紅水晶に似た輝きを持つそれを握り締めて、キラは笑う。
「じゃあ、カガリ。またね」
「あぁ」
ふわりと微笑んだキラに、カガリが嬉しそうに微笑む。
また、と告げられたキラの言葉に嘘はなかった。
だが――。
これが2人が交わした最期の会話になるとは、その時誰も想像していなかった。
- 05.07.10