アスランとイザークに促されるまま、キラは食堂へと連行されていた。
不機嫌を隠そうともしない2人の姿に、だが原因は自分なのだとわかっているキラは無言のままアスランに腕を引かれ艦内を移動していく。
先程のキラの態度が不自然だったことは重々承知している。
だが、何があったかなど話すことはできなかった。
ザフトである彼らには――。
そして、おそらくそれがわかっているだろう彼らは、キラに問い詰めたいと思う気持ちを抑えてくれているだろうことも、またわかっていた。
(ごめん…)
心配してくれる気持ちはありがたいが、それでもどうしても言えないことというのはあるのだ。
少なくとも、先程キラが知り得た情報は、彼らに知られてはいけないとキラは判断した。
キラ・ヤマトではなく、キラ・ヒビキ・アスハとして。
だから、たとえアスランであろうと語ることはできないのだ。
そうやって沈黙したまま連れてこられた食堂には、先に休憩に来ていたのだろうディアッカとニコル、そしてラクスの姿があった。
すでに食事はすませたらしく、テーブルの上には食後のコーヒーが置かれている。
キラの姿に気付いたラクスが嬉しそうに手を振る姿は、こんな殺風景な艦の中にそこだけ花が咲いたように華やかだ。
労るように向けられる微笑にキラもつられて笑顔になる。
「休憩ですか?」
「うん。ちょっと…その…疲れちゃって…」
「キラは頑張りやさんですから、どうせまた無茶をしたのでしょう。アスランとイザーク様が怖いお顔をなさってますわよ」
「あはは…」
ラクスの言葉に苦笑を返して、キラは勧められるままに椅子に座る。
空腹ではなかったがアスランが運んできてくれた食事に口をつけながら、皆との会話を楽しんでいた。
和やかに、時には笑いながら摂る食事は楽しく、こちらに来た当初に比べれば格段に増えた食欲に見ているアスランの目も優しくなる。
だがやはり、どうやっても人参だけは食べたくないのだろう。
サラダの中に入っているスライスされた人参をしつこいくらいに避けていく様は、アスランの眉を顰めさせ、ディアッカの笑いを誘った。
会話をしながらゆっくりと食事を進めていきながらも、アスランは時折キラの視線が宙を彷徨うことに気付いた。
思い返してみれば、艦内を自由に動き回れるようになった頃から、キラはよくこうやって視線を彷徨わせていたことがあった。
どこか諦めていながらもそれでも何かを探さずにはいられないというように切なそうな視線。
あまりに頻繁に起こるその行動は、さすがに気にかかった。
「キラ? 何をしてるんだ?」
「あ…ううん…」
「何かいるのか?」
虫とか、と言うアスランに、キラは苦笑しながら首を振った。
「トリィをね…探してたんだ」
「トリィ?」
不思議そうに聞き返すニコルに、キラは小さく笑う。
「うん。昔アスランが僕に作ってくれた鳥型のマイクロユニット。首傾げて鳴いて、肩に乗って、飛ぶの。緑色ですごく可愛くて、僕の宝物なんだ」
「それはもしかして、あちらにいる時に肩に乗せていた小鳥のことですか?」
「そう。何も考えないでこっちに来ちゃったから、一緒に連れてきてあげられなかったんだ。でも、ずっと一緒にいたから、いないと何か落ち着かなくて…。つい探しちゃって…」
自分の頭上を鳴きながら飛んでいる姿が可愛かった。
愛らしい鳴き声は本当に生きている鳥のようで、トリィだけが連絡先も知らないまま離れ離れになってしまったアスランとを繋ぐ唯一の絆のように思えて、それこそ本当に片時も手放すことはなかったペットロボ。
今こうしてアスランの隣にいる代わりに、トリィの姿はない。
白亜の艦に置き去りにしてしまった、大切な小鳥。
無事でいてくれればいいが、裏切り者と思われてしまっていれば、トリィもどうなっているかわからない。
それを思えばようやく明るさを取り戻したキラの表情が暗く沈んでしまう。
「ごめんね、アスラン。せっかく作ってくれたのに…」
「キラ…」
あの別れの日。
桜の花びらが降り注ぐ中で渡したペットロボット。
あの日からずっとキラが大切にしてくれたのだとわかって、胸にじんわりと温かいものが満たされていく。
代わりのペットロボを作ることは簡単だが、それはしたくなかった。
あれは大切な思い出なのだ。
キラにとっても自分にとっても。
代わりになれるものなんて、おそらくはないだろう。
「大丈夫ですわ。きっとあちらのお友達が大切に預かっていてくれますわよ」
「うん、そうだね…」
そうであってほしいとキラがわずかに微笑んだ時、艦内に放送が響いた。
『キラ・ヤマトは至急ブリッジへ。繰り返します。キラ・ヤマトは至急ブリッジへ』
艦内に響いた放送に、キラは大きな目を不思議そうに瞬かせた。
「僕?」
「この艦にはキラ・ヤマトは1人しかいないから、お前だろう」
「だよね…」
何だろうと小首を傾げながらも、キラはトレーを片手に立ち上がる。
それに倣うようにアスランとイザーク、ディアッカにニコルも立ち上がりそのまま一緒に食堂を後にする。
ブリッジの扉をくぐると、クルーゼを始め主だったクルーの姿があった。
食堂や格納庫とはまた違う、普段から張り詰めた空気に包まれているブリッジには、だが今回は普段とは違う雰囲気が漂っていた。
どこか和やかさすら漂うそれの発生源は、通信士の隣にいるクルーゼとアデスが原因なのだとキラにはわかった。
普段は厳つい顔をしたアデスだが、今日はその眉を情けないくらいに下げているし、クルーゼは面白そうに肩を揺らして笑いをかみ殺していた。
どちらの様子もキラには初めて見るものだったが、どうやら背後に控える4人にも同様だったらしく、彼らも皆一様に目を丸くしている。
「あぁ、キラ嬢」
そんな5人の様子に気付いたクルーゼが、まだ笑いを口元に残しながら彼らに視線を投げた。
「休憩中のところ悪かったね」
「いえ、それは大丈夫です。あの…何が…」
「あぁ、別に君に何かしてもらおうというのではないから安心してくれたまえ。こちらへ」
促されるままに連れて行かれたのは、メインモニターの前。
普段は無限の宇宙が映し出されているそれは、今はスクリーンをオフにしてあるのか単なる画面のままだ。
「君に通信が入っている」
「僕に?」
「オーブの王女がいつまでも消息不明というわけにもいかないだろう。実はプラントを通じてオーブ本国へ連絡を入れてもらっていてね。こういう状況だから電波状況のせいもあって連絡が遅くなったんだが、ようやく先程オーブと連絡が取れたようだ。あちらの代表が本当に君か疑っているようで、本人と直接連絡を取りたがっている」
キラの双眸が驚きに見開かれる。
信じられないというように見上げる瞳に、クルーゼは口元に笑みを浮かべた。
ふわりと髪を撫でる手は、ひどく優しい。
「顔を見せてあげなさい。きっと喜ぶ」
「クルーゼさん…」
クルーゼの視線を受けて通信士が頷くと、メインモニターにキラがよく知る懐かしい顔が映し出された。
双子というだけあって造作はよく似ている。
だが、受け取るイメージはあまりにも違う。
キラの菫色の瞳は穏やかな湖面のように静かなもの、だが目の前に現れた少女の琥珀色の瞳は空から降り注ぐ陽光のように激しいもの。
生命力に満ちた強い眼差し。見るからに勝ち気そうな姿は、さすがオーブの光の姫と呼ばれるだけのことはある。
随分長い間待たされたのだろう、不機嫌そうに眉を顰めた姿はあの日別れた時と同じで。
懐かしさよりも嬉しさよりも、そんな変わらない姉の様子が可笑しかった。
『キラっ!?』
「やあ、カガリ」
相当の心配をかけただろう。
自分を見つめる瞳がわずかに涙で潤んでいることがわかる。
キラが笑顔を向けると、スクリーンの向こうの姉は、泣きそうな安堵したような、それでいて怒ったような複雑な表情になった。
その変わりゆく表情を見つめ、ややして彼女の眦がきつく吊り上ったのを確認して――。
キラはす、と半歩下がった。
不思議そうにいくつかの視線が向けられる中、キラは両手で自分の耳元を押さえる。
「キ――」
アスランが問いかけようとした矢先――。
『この…ばっかやろおおぉぉ!!!』
スピーカーから大音量が響いた。
- 05.07.01