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藍よりも深く 29


画面に映し出されたOSに、アスランは苦笑をもらす。
キラの性格を知り尽くしているアスランだが、どうやったらこのようなOSが組めるのか、その頭脳回路はさすがに理解できない。
相変わらず独特な、それでいて誰よりも効率のよい複雑怪奇なOS。
昔からそうだった。
マイクロユニットはとんでもなく苦手なくせに、システムの構築やら分析には幼年時代から教授陣も舌を巻くほどの腕を発揮していたキラ。
プログラムの開発はキラの得意分野の1つだったが、数年を経た現在ではその実力は以前とは比べ物にならない。
MSの構築なんて初めてだろうに、それでもアスランが驚くほどにそのOSは完璧だった。
もっとキラの性格が現れているのか、戦闘能力はそれほど改良していないようだったが。
アスランはOSの画面から顔を上げ、モニターへと視線を移した。
ストライクと繋がったままのモニター画面では、真剣な顔をしたキラの姿が映っている。
その手元まではわからないが、おそらくはまた何やらデータを抽出しているのだろう。
ようやく骨折が治癒したとはいえ、あまり無理をさせたくないアスランが再三部屋に戻るように告げても頑として首を縦に振らなかったキラは、今もなおこうしてストライクのコックピットにいる。
無理をするなと言っても無駄なのは百も承知だったので、こうやって画面を繋いでキラの様子を窺っているのだが、どうやらキラにはそれが面白くないらしい。
時折画面越しに視線が合うと、眉を顰めて、

『もうっ、自分の仕事をしなよ。僕のことは気にしないで!』

そうやって頬をふくらませて怒るキラの様子が何とも言えず可愛らしくて、ついアスランはキラが怒るだろうとわかっていても様子を窺うのを止められなかった。
キラが軍事に関与することは相変わらず反対だが、それでもこうやって仕事中でもキラと接することができるのは正直アスランには嬉しかった。
作戦を始動してからというものキラとの接点は急激に減少し、下手をすると丸1日会えないことも少なくなかった。
それに比べればこうやって一緒に仕事をしていればキラの体調の変化にもすぐに気付くし、何よりも自分の目の届く範囲にキラがいるということは、アスランの心の平穏において有難い状況であることは間違いない。
見えないからこその不安というのは、自分が思っていたよりもはるかに大きかったらしく、キラが部屋で落ち込んでいないだろうかとか、もしかしたらこちらに来たことを後悔しているのではないだろうかとか、キラの姿が見えないだけでアスランは気が気ではなかった。
そんな危惧が的中してしまったようにキラの不眠が発覚して、アスランの心労は更に大きくなっていた。
安眠のためにホットミルクを用意してもあまり口をつけていないようで、仕事が終了して部屋に戻れば何とか眠りにはついているものの、苦しそうに魘されている様子を目の当たりにしてしまえば、アスランの不安も無理はないことだが。
だからこそキラが協力を申し出た時に承諾したのだが。
目の届かない場所で1人泣かれるよりも、自分の目の届く場所で多少無茶をしてくれていた方が安心する。
キラも皆の役に立てないことを負い目に思っていたようなので、こうやってOSの開発に関与していれば少しは気持ちも楽になるだろう。
それ以上の無茶は、自分達が止めれば済むことだとアスランは思う。

だって――。
キラと一緒にいられるのだ。
たとえ危険でも民間人の軍事介入は規律で禁止されていても、それでもこうしてキラの傍にいられることがアスランには嬉しいのだ。
大切な幼馴染の少年――いや、少女。
昔から弟のような存在で、幼馴染と言うよりは家族と言ったほうが近くて、いつでも何をするのも一緒だったキラ。
思い返してみれば一緒にお風呂に入ったことさえなかったものの、2人の仲はもっとずっと親密で、幼年学校にいた頃などは――それこそ引越しが決まる12の年まで一緒の布団で眠っていたほどの間柄なのだ。
同性では結婚できないと知らなかった幼い頃、大きくなったら結婚しようねと約束して互いの両親を大慌てさせたほどに大切な存在だったキラへの気持ちは、今もなお薄れることはない。
婚約者であるラクスに対しては朴念仁なほどに気の利いたことなど何一つ言えないし、儀礼的に手の甲にキスをするのがやっとという状態なのに、キラを前にすると自然と身体が動いている。
エスコートするのもふらつく身体を支えるのも、そして不安げに見上げる額に安心させるようにキスを送るのも、相手がキラであればこれほど簡単に行える。
いくらアスランが恋愛に疎いとは言え、さすがに気付かないわけはなかった。

(キラ――)

その笑顔を見ていたい。
柔らかな髪を撫で、華奢な身体を抱きしめたい。
そして、これからもずっと一緒にいたい。

この感情が友愛であるはずはなかった。

(だが……)

この想いが叶うことは、おそらくないだろう。
自分には婚約者がいるし、キラにはキラの人生がある。
オーブの王女であるキラが自分と結ばれることなど、今の状況ではありえないのだから。
何よりも、キラは自分のことを異性として見ていない。
だからこそ同室でいられるのだし、また以前と変わらないまま接していられるのだろう。
アスランがようやく自覚した恋情が成就する可能性は限りなく低い。
だが、それでもいいと今は思う。
ただ、こうやって一緒にいられる今この瞬間がたまらなく愛しく思えるから。
キラの憂いを取り除く力のある自分が嬉しい。
いずれ誰かのものになってしまうのだとしても、今はまだ誰のものでもないキラと一緒にいることがアスランの望みだ。

(俺は、それでいい――)

アスランが目を伏せてわずかに自嘲めいた笑みを浮かべた時だった。

『おいっ!何があった!?キラ!! 』

通信越しにイザークの切迫した声が響いた。
ストライクへと繋がっている回線から聞こえてきた声に、アスランの怜悧な眉がわずかに顰められる。
イザークがキラに何かするとは思っていないが、自分以外の男がキラに近づくのを容認できるほど寛大ではない。
それがほんの些細なことでも面白くない。
狭量だと言われても、自分の想いが成就しないとわかっているからこそ、キラの隣に自分以外の男が立つところなど見たくないのだ。
ましてやつい最近自分の恋情を自覚したばかりのアスランは、自身の内から溢れる感情をコントロールなどできるはずもなく、イザークの声がキラを案じてのものだとわかってはいるがモニターに注がれる視線が険しくなってしまうのは仕方のないことだった。
だが、その視線がモニターを捉えた瞬間驚愕に見開かれる。

「キラ!?」

イザークの声に促されるまま視線を上げたモニターには、コックピットにうずくまり自らの腕で自身を抱きしめているキラの姿。
何かを必死に耐えるような悲痛な表情に、アスランは咄嗟に呼びかけていた。

「キラ!? どうした!?」

アスランの呼びかけにキラの身体はぴくりと反応し、ややしてゆっくりとその顔を上げた。

『何でも…』

震える声は、それでもなんとか平静を装おうとしているのが見え見えで。
その顔はやはりつらそうで、アスランが目を離したほんのわずかな間にキラの中で何かが起きていたことは確実だった。
キラはゆっくりと頭を振った。

『何でもないよ』

健気なくらいに痛ましいその様子に、アスランもイザークもキラの言葉を信じることはできなかった。
だがキラが話そうとしない以上、どうやっても聞き出すことは不可能だということは、長年の付き合いからわかっている。

『ごめんね、心配させちゃって。ちょっと、疲れたみたい……』
『…だから無理をするなと言っていただろうが』
『うん、ごめんね。アスランも…』

モニター越しにぶつかる視線に、キラは笑顔を浮かべる。
どこかぎこちない笑顔に、アスランは小さく息をつく。

「…いいよ。その代わり、今日はこれで終了だ。もうすぐ食事の時間だし、一緒に食堂に行こう。そして食事が済んだらキラは部屋へ戻るんだ。いいな?」
『……うん…』

普段は無理難題を持ち込んできてアスランを困らせるくせに、本当に苦しい時には助けを求めないキラ。
こうなった以上、キラから話してくれるのを待つしかないのだ。
それが歯がゆくもあり、哀しくもあった。


  • 05.06.25