システム画面を前に、イザークは頭を悩ませていた。
目の前に流れる数値の羅列はおよそ一般的とは言い難く、だが結果論としてそれはどのプログラムよりも――おそらくは自分が組んだものよりも遥かに駆動力・防御力ともに優れていることは否定できない。
まがりなりにもアカデミーでトップ10に入るほどの実力を持つ自分である。
うぬぼれるわけではないが、それでも自分のプログラミング能力が他者よりも劣っているとは思わなかったし、また今までの経験からも自分が無能だとは思えなかった。
しかし、今自分の機体に新たに組み込まれたOSは自分が組んだものではなく、民間人であるキラ・ヤマトによって構築されたもので、それが今まで自分が必死に構築していたものよりも遥かに出来がいいとなれば、プライドが刺激されなくもないが、何故だか相手がキラだと思うとそれほど癇に障ることではなかった。
自身の能力をひけらかすためでもなく、ただ自らと――そして艦の民間人を守るために必死で組んだであろうOS。
そのプログラミングの一つ一つからキラの想いが伝わってくるようで、むしろイザークは切なくなる。
コックピットに座っていた小さな身体。
それは明らかに戦闘には不向きなものだ。
自分たち男と違い、女性であるキラは王女という身分も相まって、本来ならば守られるべき存在である。
男女同権となって久しい現在、女性が軍に志願することは珍しいことではないが、それでも体力的な問題からかオペレーターなどが多く、兵士として戦うのは圧倒的に男性が多い。
勿論兵士の中にも女性がいないわけではないが、それでも最前線で戦うのは本人がそれを望んだ場合に他ならない。
軍属でないにも関わらず、ましてや本人が望まないのに戦場に放り出された、キラのようなパターンは皆無に等しい。
『泣き虫で甘ったれで、それでいて正義感だけは強くて』
以前アスランがキラのことをそう語っていたが、イザークの知るキラ・ヤマトもまた同様だった。
涙を武器にする女はイザークの最も嫌うものの1つだが、キラはそういう女性とはまるで違う。
キラの流す涙のほとんどは他人へ向けるもので、自身を憐れんだり嘆いたり――ましてやそれを武器に男を利用しようと思っているわけではない。
甘えてくるのはアスランにだけで、おそらくは昔のように接しているだけなのだろうが、そんなキラに苦笑しながらも嬉しそうに対応しているアスランとのやりとりは、見ていて微笑ましい。
自分達に対しては以前ほどのぎこちなさは薄れてきたものの、それでも甘えるという態度からはほど遠いせいか、余計にアスランに対する態度が際立って見えるのかもしれない。
ラクス・クラインのようにふわふわとした砂糖菓子のような少女の扱いは苦手なイザークだが、キラのようにぽわぽわとしている相手は不思議と話しやすかった。
4歳の時から性別を偽って生きていたせいなのかもしれないが、キラは外見はともかく中身は少女というよりも少年に近く、イザークにはまるで手のかかる弟のように思えるのだ。
ゲームが好きでコンピューターが得意で、呆れるほど人参が食べられなくて。
自分よりも他人のことを尊重する性格は一見脆弱に見えるかもしれないが、それでも譲れない一面というのははっきりとしていて、おっとりとしていながらも芯の強さを感じられるキラのことは嫌いではなかった。
憂いを帯びた表情は時と共に明るくなり、細い身体を覆っていた包帯も1つ、また1つと減っていった。
食欲も――軍人である自分達に比べればそれでも少ないが、以前よりは遥かに食べられるようになってきている。
イザーク達は仕事に忙殺されているため、食堂くらいでしか会うことはないが、それでも顔を見れば明るい表情にほっとする。
殺伐とした艦内で、キラの存在が周囲にどれほどの癒しを与えてくれているか。
純粋で誰よりも優しいキラ・ヤマト。
アスランが彼女をこの艦に連れてこなければ、おそらく自分が彼女の乗るMSを撃墜していただろう。
憎むべき敵として。
何も知らないまま、この純粋な少女を殺してしまっていたかもしれない。
それを考えると、今更ながらに地球軍への怒りがこみあげてくる。
アスランほどではないにしろ、地球軍のやり方に憤りを感じているのはイザークとて同様なのだ。
ちらりと視線を上げた先にあるのは、見慣れた機体。
鮮やかな赤い機体は、今はフェイズシフトダウンをして灰色の鉄の塊となっている。
そのパイロットである同僚はやはりいけ好かないものがあるが――それでもキラをこの艦に連れてきたことに関してだけは感謝してもいいと思っている。
本当に、少しだけだけど。
「フンッ!」
藍色の髪の同僚の、いつものすました顔が脳裏に浮かんで、イザークは面白くなさそうに鼻をならした。
彼もまたキラのOSを改良しているだろうと思うと、イザークの中に敵愾心が芽生えてくる。
アカデミー時代、どうやっても彼を追い抜けなかったコンプレックスは、今も尚根深く残っている。
嫌いではないしその実力は認めているが、だからこそ負けたくないという思いは強い。
アスランが年下だということも、理由のひとつではあるのだけど。
「あいつに負けられるかっ!」
イザークはそう吐き捨てると、再び画面に意識を集中した。
どのOSよりも出来のいいそれを使うことに対して不服はなかったが、それは元々軍人でないキラが構築したもの。
駆動力には優れているものの、攻撃力は以前のものに比べてやや劣ってしまう。
元より他人を傷つけることを厭うキラが、人を殺すためのプログラミングを施しているはずもなく、そのOSを乗せ変えたデュエルの攻撃力を以前のように引き上げるには多少ではすまない変更が必要だった。
今のOSが最適だと思われる状況で、それでも攻撃力を上げようとするにはかなり弄らなければならず、それは容易なことではなかった。
キラを戦闘に関するすべてのことに関わらせたくないと思っているのはアスランだけでなく、イザークも自分1人の力で何とかしようと思っていたのだが、何しろ独特のプログラムはどこをどう弄ってよいものやらさっぱりわからず、手を加えれば加えるほどに他のデータも誤差が生じてしまうので、さすがのイザークもお手上げになってしまった。
他人の力を借りることは自尊心が許さなかったのだけれど、それでもどちらが効率がよいかと言われれば選ぶべき手段は一つしかなく。
訊ねる相手がアスランや他の同僚でないことが救いだと胸中で呟くと、イザークは通信の回線をストライクへと繋げる。
起動を済ませた機体はメンテナンスされることになっていたが、その前に調べたいことがあるとキラが言っていたので、おそらくはまだキラはストライクの中にいるだろう。
そう思いながら繋いだ画面には、予想通り亜麻色の髪が見えて。
集中しているらしく、自分との回線が繋がったことにすら気付いてないようだ。
真剣な眼差しで一点を見据える視線は鋭く、流れるようにキーボード上をすべる指は一度見てはいたもののやはり驚くべき速さだ。
「キ――」
呼びかけようとした声は、一瞬にして変わったキラの表情のせいで発せられることはなかった。
ぴたりと止まった白い指。
菫色の瞳が驚愕によって見開かれていく様が、デュエルのコックピットにある画面に映し出された。
『そんな…』
がたがたと震え始める身体に、さすがに何かが起こったのだとイザークは察した。
「おいっ! 何があった!? キラ!!」
気がついたら、そう叫んでいた。
- 05.06.20