Sub menu


藍よりも深く 17


驚愕に見開かれた翡翠の瞳を見て、着実に刻が近づいてきているのをキラは感じた。
忍び寄る崩壊の刻は、すぐ傍まで迫ってきている。
12年の間隠し続けていた性別の秘密、そして親友と敵対してまであの艦を守らなければならなかったその理由。
それを告げたら、間違いなくキラの望む時間は失われてしまうだろう。
幼い頃に父と交わした唯一の約束。
秘密と引き換えに手に入れることができた今の生活。
そして、知り合った全ての人。
かけがえのない時間との別れは間もなく訪れる。

誤魔化せるものなら、迷わずそうしただろう。
だが、今の状況で何一つ言い逃れができないのは事実。
簡素な治療服―――その生地の下にある、どうやっても誤魔化しようのない女性特有のふくらみを隠すように、キラは片手で胸元を握り締めた。

「義務って…」
「言葉の、通り…だよ」

瞬く翡翠に、キラはわずかに自嘲めいた笑みを浮かべる。

「ヘリオポリスの民を守るのは、僕の…義務。君達が、プラントを守るのと同じ…。君達には君達の、そして僕には僕の…使命があるんだ…」
「お前は軍人じゃないって言ったのは、嘘…だったのか?」

どこか傷ついたようなアスランの表情。
そんな顔をさせたいわけじゃない。
大切な大切な幼馴染を、傷つけたくなんてないのに…。
キラは小さく首を振った。

「嘘はついてないよ。僕は…地球軍じゃない…」
「じゃあ…」
「僕は」



「随分と重苦しい空気だな、ここは」

キラの言葉を遮るように、静かな声が響いた。
振り返ると、開いた扉の前にいたのは白い軍服に身を包み仮面で顔を隠した青年と、白衣の女性。
女性の方はキラにも見覚えがあった。
意識が朦朧としていたためにはっきりと覚えているわけではないが、それでも傷ついた自分を親切に治療してくれた女性であることは忘れることはない。
赤銅色の髪と、琥珀を埋め込んだような綺麗な瞳がひどく印象的な女性だ。
だが、男性の方には見覚えがなかった。
ザフトの軍服に身を包んでいるのだから、軍人であることには間違いないのだろう。
立ち居姿だけでも、隙のない様子がわかる。

「クルーゼ隊長!?」

驚いたように立ち上がったのはアスランだった。
キラの身体を負担のないように動かし、姿勢を正して敬礼する。
それに倣うように他の4人もザフトの敬礼で隊長を迎える。

「せっかくの再会を邪魔して悪いとは思ったんだが、私も彼女と話をしてみたくてね。セリカも彼女の体調が気になるようだったし…邪魔をしたかな?」
「いえ…、報告が遅れまして申し訳ありませんでした」
「気にすることはない。片時も離れたくないほど心配だったのだろう」

彼が入ってきただけで、部屋の空気が一瞬に変わったのがわかる。
気遣わしそうに自分を見つめていた翡翠の瞳には理知的な光が浮かび、彼に向ける表情は真剣そのものだ。
軍人としてのアスラン・ザラなのだろう。
まるで知らない人のような幼馴染の姿に戸惑いつつ、流れるような仕草で室内に入ってきた青年の姿をぼんやりと見上げた。
顔の半分を覆っている仮面のせいで、その表情を読み取ることはできない。
アスランの上官なのだろう。
悠然と構えるその姿は、一種独特の余裕を感じさせる。
年齢を重ねたが故に身につくものとは違う、生まれ持つ人間としての度量の広さ。
どこか泰然とした態度と、そして輪郭を縁取る鈍い金色の髪が、キラのよく知る人物を思い起こさせた。

そんな視線に気付いたのか、クルーゼはキラへと視線を移した。
その途端ぴくん、と動いてしまった肩をどう捉えたのか、クルーゼはそんなキラの様子に唇の端をわずかに持ち上げた。

「何もそう緊張することはない。別に危害を加えようというわけではないのだからね」

怯える子供に諭すように、クルーゼは柔らかくそう告げる。
彼がキラに対して心情ではどう思っているか窺うことはできないが、かすかに笑みを刻んだ口元や優しい口調からは、何か含んでいる様子は見られない。

「初めまして。ラウ・ル・クルーゼだ。一応ここにいる彼らの上官にあたる」
「…キラ…ヤマト、です…」
「顔色がよくないな。具合が悪いのなら無理に起きていないほうがいい」
「大丈夫です。…あの、今回は僕のせいで皆さんに迷惑をかけてしまって…」
「気にする必要はない。戦争に巻き込まれた民間人を守るのは、軍人として当然の義務だからね。特に君は女性なのだから」
「…ありがとう、ございます」

クルーゼの言葉にキラはつらそうに眉を寄せた。
巻き込まれた民間人という言葉は間違いではない。
女性という言葉も。
だが、クルーゼの言葉が自分を思い遣っての言葉だけでないことは明白だった。
義務、とはっきり告げたクルーゼ。
先程のキラの言葉が聞こえていないはずはないのに、あえてその言葉を使ったことの意図は…。
アスラン達にも気付いたのだろう、その顔にわずかに戸惑いの色が見える。

「別に立ち聞きをするつもりはなかったのだがね。偶然聞こえてきてしまったものだから、気を悪くしないでくれるといいんだが」
「いえ…」
「君の決意は素晴らしい思うよ。その細い身体に一体何人の命を背負っているのかは知らぬが、誰かを守りたいという気持ちは立派だ。自分の手を血に染めても他人を守ろうなど、普通は思えないだろうよ」
「……」
「隊長!?」

声を荒げようとしたアスランを片手で制し、クルーゼは続ける。

「だが、君は忘れているかもしれないが、民間人が戦争に参加して敵を倒すということは、立派な犯罪だ。いくら大儀のため人のためとは言っても、軍籍にない者が銃を取って戦うといことは、戦争というよりもむしろ殺戮に近い。プラントでもオーブでも、法律で民間人の戦闘は禁止されているはずだ」
「……わかって、います…」
「では、何故? 君は先ほど義務だと言ったが、民間人である君にはそんな義務は何一つありはしないのだよ?」

責めるというよりはむしろ宥めるような声に、キラはそっと視線を伏せた。
尋問されれば黙秘することもできた。
なじられ非難されれば、依怙地に沈黙を続けられた。
だが、キラの心情を察しているように、どこか痛ましそうに訊ねられてしまえば、キラには抗うことはできなかった。

「それは…」
「それは?」

キラは小さく呟いた。
だが、その声は静まり返った室内には、やけに大きく聞こえた。

「僕が…オーブ首長国の血に連なる者だから―――」


  • 05.03.28