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藍よりも深く 14


小さく震えた瞼がゆっくりと開く。
その下から現れたのは、深く澄んだ紫紺の瞳。

「おはよう、キラ」
「アスラン…?」

長い間眠っていたせいか、状況判断ができていないのだろう。
ぼんやりと開いた視線が目の前の幼馴染を捉えると、キラは不思議そうに目を瞬かせた。

「夢…」
「夢じゃないよ、キラ。俺はここにいる」

握り締めた手に力を込めて、アスランは嬉しそうに微笑みかける。
その手の温かさに目の前にいるのが幻ではないとわかったのだろう。
大きな瞳を宙に彷徨わせ、キラは何かを考えているようだった。

「僕…倒れちゃったんだね…」

しばらくして、キラはぽつりと呟いた。
倒れた原因が何にあるか、身に覚えがありすぎてわからない。
あるいはそのすべてだろう。
自分がどれくらいの間意識がなかったのかわからないが、以前よりもはるかに治まった痛みと憔悴しきったアスランの様子を見ると、数時間という単位ではないことは確かだ。
起き上がろうとすると肺のあたりが痛む。
随分と体力を消耗していたらしく1人で起きるのは困難だったが、キラの行動に気付いたアスランが素早く身体を支え、キラの負担にならないようゆっくりと身を起こされた。
予想通り、キラの衣服は治療用の介護服に着替えさせられていた。
痛みの激しかった二の腕には白い包帯が何箇所も巻かれており、服の下から触ってみると腹部にも包帯が巻かれているらしかった。
おそらくは両足の怪我も手当てされているのだろう。
キラが身に着けていたそれは当然のことながら薄地のもので、胸のふくらみを隠すほどのものではなかった。
第一診察されたのなら、キラが女性だということはすでに知らされているはずだ。
この艦の責任者にも、そして目の前の幼馴染にも。

「この程度の怪我、我慢できると思ったんだけどな」

自嘲するように笑うキラを見て、アスランの柳眉が顰められる。

「この程度って…お前は重傷だったんだぞ!」
「でも放っておいても自然に治ったよ。こんなことで君の手を煩わせたくなかったんだ」
「キ〜ラ。お前はまたそんな自虐的なこと言って」
「だって…」
「だってじゃないだろ。俺が苦しんでる君を放っておくような男だと思ってるのか?」
「思わないけど…」

反論しようとして、それでも幼いころから口でアスランに勝てたためしのないキラは、結局言い返すこともできずに俯いた。
3年の空白も銃を向け合ったこともまるで嘘のように、以前と変わらない幼馴染の姿。
変わったのは少女のようだった面差しがすっかりと少年らしいものに変わったことと、優しい彼が軍服に身を包んでいることくらいか。
それにひきかえ自分は…。

「……ね」
「何? キラ?」
「ごめんねアスラン。ずっと黙ってて…。男だって嘘ついてて…」
「そんなことはどうでもいいよ」
「…え?」

非難の言葉を浴びるのを覚悟していたのに、返ってきたのは至極あっさりとした声で。
キラは反射的に顔を上げ、そこに優しい笑顔を見つけた。
昔から見ていた、大好きな大好きな笑顔。
理知的でクールな優等生と言われていたアスランは、ほとんどの人の前ではその表情を崩すことはなかったが、キラにだけは怒ったり笑ったりと喜怒哀楽はかなり激しかった。
そんなアスランの表情を見れることがキラにとっては密かな優越感で、とりわけアスランが嬉しそうに笑う顔が好きだった。
綺麗な碧の瞳が優しく細められ、形のいい唇がやんわりと弧を描くその笑顔は、見ている方も嬉しくなるような温かいものだ。

「そんなことって…怒らないの?」
「この程度で怒ってたらキラの親友なんてやっていられないよ」
「…何だよそれ…」
「つまり3階の窓から飛び降りようとしたり、桜の木から落ちてきたりっていう生命の危険もなければ、プラントのマザーコンピューターにハッキングして見つかりそうになったっていうほど重大なことでもないってことだよ。あぁ、ついでに提出日前日に俺の課題をハッキングして課題を作り直すほどの手間もかからないな」

過去の悪戯の突きつけられて、キラは不服そうにアスランを睨みつける。
確かに随分とアスランには面倒をかけた自覚はあるが、自分にとっての一大発表をそれらと比較されて微々たることと言われてしまうと、キラとしては面白くない。
だが、アスランに他人行儀な態度を取られたり延々と説教をされることに比べたら、あっさりと笑い飛ばされるほうが数倍マシかもしれない。
キラは小さく息をついて、隣にいるアスランに凭れかかった。

「キラ?」
「ちょっと肩かして。ぐるぐる考えたら疲れちゃった…」
「キラは余計なこと考えすぎなんだよ」
「アスランがあっさりしすぎなんだよ」

甘えたように擦り寄ると、アスランは苦笑しながらも手を伸ばしてゆっくりとキラの髪を撫でた。
落ち着かせるように労るように触れてくるアスランの温もりに、キラはうっとりと目を細める。

意識のない間、それでも時々感じていた優しいぬくもり。
それは多分アスランのものだったのだろう。
こんなに優しく触れてくる手は、家族とアスラン以外にいなかった。

「ありがとう…」
「何が?」
「色々」
「じゃあ、どういたしまして」

アスランの肩に凭れたまま、キラがアスランを見上げる。
嬉しそうに微笑み返したアスランに、キラがふんわりと笑みを返した時――。



「よかったですわね、キラ様」



「ラクスさん!?」
「ラクス…」

アスランの横からひょっこりと顔を覗かせたピンクの髪の歌姫に、キラは驚いたように目を瞠った。

「え? あのっ…いつから…?」
「キラ様がお目覚めになられたときからずっとおりましたわ。私も、そして皆様も」

促された先にキラが視線を向けると、そこには居心地が悪そうに佇む3人の姿。
アスランと同じ赤い軍服に身を包んでいるということは、彼らもザフトの軍人なのだろう。
銀髪の少年は白皙の美貌を真っ赤にして、金髪の少年は面白そうに笑みを浮かべながら、そして緑の髪の少年はキラの視線に気付くと困ったように笑った。

キラはアスランの肩から身を起こし、彼らとまじまじと見つめ、そして傍らにいる幼馴染と歌姫に視線を向け、

「…………誰?」

と首を傾げた。

そんなキラの態度に脱力した3人は、どうやらこの眠り姫はラクス・クラインに負けないほどおっとりした性格の持ち主だ、と認識を新たにしたのだ。


  • 05.03.13