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藍よりも深く 11


「…………」

艦長室には、重苦しい沈黙が流れていた。
それはキラ・ヤマト失踪というニュースのせいで暗くなった艦内よりも、もっと更に陰鬱としたものだった。
自分に向けられる2対の視線に、マリュー・ラミアスはため息をついた。

「まさか、こんなことが起こるとはね…」
「私も油断してました。このような愚か者がいるとは…。今のこのような状態で艦内での揉め事を起こすなど、軍人の風上にも置けません」

格納庫で起きた乱闘騒ぎは、フラガの介入あって早々に終結した。
騒動はそれで終わりかと思いきや、トールの口から告げられた真実に、艦内には一気に動揺が走った。
ナタルの表情が冴えないのも無理はない。

「少尉であるキラ・ヤマトに対して、暴力を振るうなど…。上官に対しての無礼は重罪です。即刻彼らの処分を…」
「ナタル、そういうことじゃないの」

ナタルの言葉に、マリューはゆっくりと頭を振った。
軍人として行動が身についているせいか、ナタルの言葉は時折ひどく事務的だ。
無論本心から言っているのではないと思うが、今のこの状況でそういう台詞は正直言って聞きたくない。
マリューの脳裏に小柄な少年の姿が浮かぶ。
澄んだ綺麗な瞳をした少年だった。
こんな戦場にいるにはひどく不釣合いな、そよ風のように柔らかく穏やかなその姿。
彼を戦場に引き込んだのは自分だった。
パイロットがいないからという理由で、救助した民間人に戦闘を強要させた。
断れるはずがないとわかっていながら。
自分の言葉に傷ついた彼に気付かないように、軍人として艦長としてあえて冷静を装って彼をストライクに乗せた。
あの時はそうするしかなかったと今でも思っている。
軍人として自分は間違っていなかったのだ。
4機も新型MSを奪取された挙句、唯一残ったストライクまで奪われるわけにはいかず、アークエンジェルを墜とされるわけにはいかなかったのだから。
だが、彼女が軍人らしく振舞った結果今回のようなことが起こったのなら、無理に艦長らしくあろうとするのはかえって逆効果なのだろう。
自分にとっても、そしてこの艦にとっても。
マリューの思い煩っていることを聞けば、ナタルはまた甘いと言うだろうか。

「軍人とかそういうことじゃないのよ」
「艦長?」
「キラ君に暴力を振るっていたのは確かに彼らだけだったけど、でもだからってキラ君が出て行った原因が彼らだけにあるとは限らないわ」
「それは……」

度重なる戦闘。ナチュラルとコーディネイターという見えない壁。
言葉には発せられなくても、彼がコーディネイターだというだけで、他の民間人の少年少女のように接することができなかったクルーたち。
そして、おそらく彼を追いつめる最大の原因となったであろう、ラクス・クライン人質事件。
あのままでは望むと望まないとに関わらず、彼女はアークエンジェルの切り札として捕われたままだっただろう。
そのことに自分の姿を重ね合わせたのかもしれない。
ラクス・クラインと共に姿を消した彼の行方は未だにつかめない。
友人達にすら何一つ告げずに姿を消した少年。
その原因が自分たちにないなど、どうして言えるだろうか。
整備班だけを咎めても、何も変わらないし何一つ解決しない。

「私達も同罪なのよ」
「艦長!」
「むしろ断罪されるべきは私達のほうかもね」
「…貴女は、甘すぎる…」
「…そうね」

予想通りの答えが返ってきて、マリューはわずかに笑った。
自分はやはり艦長の器ではないのだ。
元々成り行きでなったようなもの。
自分よりもナタルのほうが適任だと思う。
こんなにも私情に流されてしまう自分などより、ずっと。

マリューは再度ため息をついた。
そのため息をどう感じたのか、ナタルは気まずそうに俯き、そして踵を返した。
扉を開く直前、足を止めて振り返る。

「…艦長のお気持ちも分かります」
「ナタル?」
「ですが、我々は私情に流されてはいけないのです。軍人である限り」
「…えぇ、そうね」

わかってはいるけど、それが難しい。

「…今回の件は、保留にします。キラ・ヤマトが戻ってきてから話し合うべきことだと思いますので」

そう言うと、ナタルは部屋を後にした。
マリューは呆然と閉まる扉を見つめていた。

「保留…?」
「彼女も生身の人間ってことさ」

それまで沈黙を守っていたフラガが苦笑した。

「坊主を心配してるのは、艦長も彼女も一緒ってことだ。坊主の失踪に心を痛めてるのも、な…」
「あ……」

すべてのクルーと一歩距離を置いて接していたナタル。
だが彼女が彼らに気を許していないわけではない。
そう言われてみれば、食堂で会ったナタルは食の細いキラを気にかけていたようだった。
口調こそぞんざいなものの、不器用なその態度に暖かい気持ちになったのを思い出した。
どうして忘れていたのだろう。
態度に表れないからといって心配していないわけではないのに。

「本当に未熟者だわ…私ったら…」

マリューは自嘲するように笑った。



「ところで、トール君は?」
「坊主なら独房に入ってるよ」
「独房?」
「勝手に入ったんだ。鍵もかかってない。ただ、本人に出る気がないんだよ。お嬢ちゃんたちがさっきから説得してるんだが、効果なしって感じだな」

彼もまた傷ついているのだろう。
キラ・ヤマトの置かれていた状況に、何一つ気付くことができなかったことに。
無理やり部屋からひきずり出すことは簡単だ。
だが、今は彼らにも自分たちにも考える時間が必要だった。
おそらくトールもそう考えたから独房に入ったのだろう。
誰にも会わず、自分自身と向き合うために。
そして、頭を冷やすために…。

「そう…。しばらくは彼の好きにさせてあげて」
「了解」

おどけたように敬礼をして、フラガは部屋から出て行った。
マリューはきつく胸元を握り締める。
トールと違い、自分はいつまでも迷っていられない。
この部屋を出たら不安そうな顔をしていてはいけないのだから。
それでも…。

「私は、どうしたらいいの……?」

呟かれた言葉に、応える声はない。





  ◇◆◇  ◇◆◇





「トール?」

暗い室内に向かって、ミリアリアは声をかける。
返事はない。だが、彼がここにいるのはわかっている。
ミリアリアはそのまま室内に足を進めた。
照明をつけると、ベッド以外何もない室内が目に入った。
そのベッドに背を凭れるように、トールは座り込んでいた。
両膝を抱えるようにしてうずくまっているその姿は、普段の彼からは想像もできないほど頼りなげだった。
お調子者で悪ふざけがすぎて、それが原因で時々ひどく落ち込むこともあったけど、ミリアリアが知る限りこれほど落胆した姿は見たことがなかった。

「トール…?」

肩に手を置くと、トールの身体がびくりと震えた。
一瞬驚いて手を離してしまったけど、それが拒絶ではないことを知り、再度ミリアリアは彼の肩に手を置く。

「トール…」

かける言葉が見つからなくて、ミリアリアは何度も名前を呼ぶ。
ここから出ようと言うつもりだったのに、こんなトールの姿を見てはそれも言えなかった。
ひどく傷ついているのがわかる。
その原因も。
だからこそかける言葉が見つからなかった。
下手な慰めの言葉など、今は無意味なのだ。
ミリアリアはトールの茶色のくせ毛を優しく撫でた。

「大丈夫、大丈夫だから…」

何が大丈夫なのかはわからない。
だが、周囲のものすべてを拒絶しようとしている身体がひどく頼りなげに見えて。
根拠がないのはわかっていながらも、そう言うことしかできなかった。

「大丈夫だよ、トール…」

やがて聞こえてきた嗚咽が治まるまで、ミリアリアは静かにそう囁いていた。


  • 05.03.05