あてもなく歩いていたが、所詮戦艦の中。
どこへ行けるというわけではなかった。
気がつけば格納庫に来てしまったトールは、高く積まれた箱に背を預けた。
箱に記載されている文字は弾薬の名前。
おそらくストライクの補充用なのだろうが、当のストライクが艦にいないのでそれらは使われることなく格納庫の端に置かれたままになっている。
格納庫は整備班の人が忙しそうに行き来しているが、ここならば人が来ることもないだろう。
箱に背を凭れたまま、トールは力を失ったようにずるずると座り込んだ。
何だかひどく疲れていた。
キラがいなくなってから、まだ3日。
一介の民間人である自分がヘリオポリス崩壊からいきなり軍人に身柄を拘束され、その後人手が足りない艦の手伝いということで働き始め、それこそここ数ヶ月というもの自分を取り巻く環境はめまぐるしく変わっていった。
慣れない戦場でいつ死ぬかわからない恐怖に怯えていた日々ではあったが、それでもどこか現状を楽観視していたのも事実。
自分が休憩中に他愛無い無駄話に花を咲かせていた時、その場にいなかったキラが一体どんな気持ちでいたかなど、まるで考えなかった。
ブリッジで働く自分達と違って戦闘中以外は部屋に籠もりがちだったキラとは、自然と話す時間も減ってしまい、最近では顔を見ることも少なくなっていた。
アークエンジェルに乗せられてから、ストライクのパイロットとして戦闘を強要されてから、見ることのできなくなってしまったキラの笑顔。
元々口数の多いほうではなかったキラは、もっぱら自分達の会話を聞いている役割が多かったが、それでも嬉しそうにふんわりと笑うその顔が大好きだった。
キラの優しい人柄がにじみ出ているような、優しい笑顔。
ヘリオポリスではいつでも見られた陽だまりのような笑顔は、ここでは見られなかった。
キラキラと輝いていた大きな瞳は寂しそうに伏せられ、軽やかな笑い声を紡いでいた口元は固く引き結ばれ。
何かに思いを馳せるように、窓の外に広がる宇宙空間ばかりを眺めていた友人。
その視線が何を求めていたかなんて、考えもしなかった。
いなくなって初めてわかった。
キラがひどく追いつめられていたのだと。
(俺達には相談できなかったのかな…)
親友とまではいかなくても、ヘリオポリスでは一番の友人だと思っていたのに。
何一つ相談してくれなかったキラが哀しかった。
(俺はお前の何だったんだよ…)
抱えた膝に顔をうずめて、トールは心の中で呟いた。
◇◆◇ ◇◆◇
いつの間に眠ってしまったのだろう。
近づいてくる足音と低い男の声に、トールは意識を覚醒した。
(ヤバッ!)
別に立ち入り禁止区域ではないし自分も彼らと軍属なのだから特に怒られるわけではないだろうが、それでも仕事柄整備班とは面識もあまりないため、できることなら自分の存在に気付いてほしくなかった。
慌てて逃げようにも、唯一の入口にはすでに数人の姿があり、誰にも見咎められずにこの場を去ることは難しい。
それならいっそ彼らをやり過ごそうと、トールは足音を立てないように彼らに見えないようにと箱の陰へ身を潜めた。
どうやら彼らはトールの存在に気付くこともなく、会話を続けている。
休憩中なのだろうか、ひどく明るい声音がやけに響く。
まるで盗み聞きをしているようで居心地が悪かったが、彼らが出口をふさいでいるのだから仕方ないと、トールはなるべく会話を聞かないように耳を塞いでいた。
だが、会話の中に『ストライク』の名称が出てきたので、トールは思わず顔を上げた。
そういえば、彼らは自分よりもよほどキラに近い場所にいた。
心配してくれるのかと思いきや、聞こえてきた内容は信じられないものだった。
「そういや、あいつどこに行ったのかな」
「あいつって?」
「コーディネイターのガキに決まってるだろ」
「そんなんどうでもいいだろ。折角コーディネイターがいなくてせいせいしてるってのによ」
「まったくだ。どうせならストライク置いてけばいいのに」
「でもよ、置いてったって俺達じゃどうにもできないぜ」
「ま、俺達はナチュラルだしな。あんなもん扱えるのはコーディネイターの化けモンくらいだろ」
「そうそう」
豪快な笑い声に、蓄積された疲労もわずかに残っていた睡魔も一瞬にして去って言った。
「でもさ、コーディネイターってのは感覚も普通じゃないんだな」
「同感。殴っても蹴っても無反応だったしな。痛覚ないのかな。可愛げないったらないぜ」
「泣いて謝りゃ許してやらないでもなかったのによ」
(……)
何を言っているのか、よくわからなかった。
殴る?
誰を? どうして?
頭の奥で何かが警鐘を鳴らしている。
ここにいてはいけない。
これは聞いてはいけないことなのだ。
このままこの艦にいたかったら、早くこの場から去らなければ…。
だが、足は凍りついたように動かない。
身動きのできないトールの耳に、更なる声が聞こえてくる。
「それにしても、戦艦には女っ気ないからつまらないな」
「民間人に手を出すわけにいかないし?」
「可愛い子何人かいたんだけどな。さすがに問題起こしたくないしな」
「いっそ、あの坊主に相手してもらえばよかったんじゃないか?」
「げー、冗談だろ。いっくら綺麗だからって男相手にその気になるかよ」
「俺はちょっと興味あるけどな。だってコーディネイターだろ。アッチも強化されてるんなら、そのへんの女よりよっぽど具合いいだろうぜ」
「違いない」
ひどく下卑た声が耳障りで、気がついたらトールは彼らの前に飛び出し殴りかかっていた。
喧嘩など幼いころにしかしたことがなかったが、不意をつくことができたせいかトールの拳は男の顔をしたたかに殴りつけることができた。
拳がひどく痛んだが、そんなことは気にならなかった。
拳よりも、もっともっと胸が痛かった。
「な、何するんだ、このガキ!!」
「うるさいっ! お前らがキラにしたことに比べたら、そんなの大したことないだろ!!」
「てめえっ、民間人の分際で、軍人にはむかうのかよ!!」
「何が軍人だ! 大勢でよってたかって1人を攻撃する卑怯者じゃないか!」
ガッ、と激しい痛みを感じたと思った瞬間、トールは殴り飛ばされていた。
倒れこむトールを囲むように、男たちが憤怒の形相で立ちふさがった。
「あんまいい気になるんじゃねえぞ!」
ぐい、と襟元を締め上げられ、振り上げられた拳が視界に入った。
そのまま振り下ろされるはずの手は、だがトールの顔ぎりぎりで何者かの手のひらに受け止められていた。
「あ…………」
男たちの顔が一瞬で強張る。
トールが振り返ると、そこには白い軍服に身を包んだフラガの姿があった。
「大の大人が、子供相手に何やってるんだ?」
「あの…フラガ少佐…」
「このガキが…」
「さっきの会話。実は俺も聞こえちゃってたんだよね」
からかうような口調だったが、その目は笑っていなかった。
底冷えのする冷たい視線が男達を睨みつける。
飄々とした態度に隠された怒りの深さを知らせるように冷ややかなそれを前にして、らは息を呑んだ。
トールを背にして、フラガは笑う。ひどく酷薄に。
「説明してもらおうか、しっかりとさ」
- 05.03.02