艦内は異様な緊迫感に包まれていた。
理由は至極簡単だ。
ストライクの喪失。
主戦力とも言えるMSを失ったアークエンジェルが次にザフトの戦艦と対峙した時、果たしてこの艦がどれだけのことができるだろうか。
結果は火を見るよりも明らかだ。
進水式も行われず、突然の奇襲のせいで最終点検も終わらないうちに、出航することを余儀なくされたアークエンジェル。
当然のことながら人手も備品も足りているとは言えず、ブリッジで働くクルーの半数近くが救助した民間人だった。
そしてつい先日まで地球軍にある唯一のMSを駆っていたのも、同じく救助した民間人の少年。
その少年が突如姿を消した。
唯一であり最大の武器でもあるMSと共に。
人質となっていたコーディネイターの少女を連れ、ひっそりと誰にも悟られずにこの広い宇宙に消えてしまったのだ。
少年がコーディネイターだったせいか、突然の失踪の理由は様々な憶測が流れた。
同属の民間人の少女を助けようとしたのだとか、戦闘に疲れ果てた少年が逃げ出したのだとか、果てには彼は最初からザフトのスパイで、少女を伴ってザフトへ戻ったのだなどという話まで出てきてしまい、その想像力の逞しさにパイロットの友人だった少年少女は、怒りを隠すことができなかった。
彼がスパイなどでないことは、友人である自分達が一番良く知っていた。
少女のように繊細な顔立ちにふさわしい、綺麗な心の持ち主。
男としては脆弱ともとれなくはないが、だが少年の清らかさはいつでも場を和ませていた。
そして、日々激化するニュースを哀しそうに見ていた少年。
そんな彼がスパイであるはずなどなかった。
では、何故彼がこの場にいないのか。
それは分からない。
彼が何を考えていたか真相を知る者はおらず、ただ、『キラ・ヤマトがラクス・クラインと共にストライクでアークエンジェルから飛び立った』という事実だけが、唯一のものだった。
「絶対、裏切ったのよ! あの子!」
父を失った哀しみから立ち直れないフレイは、サイの腕にしがみつきながら喚くように叫んだ。
最初からコーディネイターに対して強い嫌悪を示していた彼女は、ザフトに父親を殺されてからというもの、コーディネイターへの憎悪は一層激しくなっているようだった。
口を開けばコーディネイターを罵り、父親を見捨てたクルーを罵倒し、なぐさめようと差し伸べるミリアリアの手を払いのけた。
『自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょ!!』
あの時――戦闘から戻ったキラに理不尽な怒りをぶつけたフレイと、凍りついたキラの顔が頭から離れない。
駆けつけたキラを見るなり、そう叫んだフレイ。
父の死に混乱しているからという理由では済ませられないほどひどい言葉。
軍人でもないキラが慣れないMSを駆って、正規の軍人であるザフトを相手に互角で戦えるはずがない。
それでも必死で戦っていたのは、他でもない自分達を守るためなのだ。
なのに、その中の1人であるフレイにそう言われて、キラはどれだけ傷ついただろう。
自分を守るために他人を傷つけることを躊躇しないフレイの傲慢な性格は、サイやミリアリアには悪いがトールが最も嫌うものだ。
サイの腕の中から出ようとせず半狂乱になって叫ぶ姿は、深い悲しみに包まれているものの、現状を責めるばかりで自分では何1つしようとしない彼女を見ていると、トールには彼女を慰める気にはどうしてもなれなかった。
背中に聞こえてくる声を無視して、トールは部屋を出た。
キラだって一生懸命戦っていたのだ。
戦闘訓練なんて何一つ受けておらず、MSに乗るのだって当然初めてだというのに、それでも他に動かす人がいないからと、半ば強制的に据えられたパイロットという座。
付き合ってまだ3年ほどしか経たないが、キラが無類のお人よしで他人を傷つけることのできるような人間じゃないことは、トールだってよくわかっていた。
そんなキラがどんな思いで戦っていたか、まるで考えもせずただ自分の感情のみを相手にぶつけるフレイに、憤りを感じた。
だが自分にフレイを糾弾できるはずもないことは、よくわかっていた。
何故なら、自分達だって戦闘に出ているキラに何もできなかったのだから。
◇◆◇ ◇◆◇
「やっぱり、あっちに行っちゃったのかな…キラ」
いつの間にか自分を追いかけてきたカズイが、隣に並ぶとぽつりと呟いた。
「お前までそんなこと言うのかよ?」
「だって…あっちには友達がいるって言ってたんだ」
トールが鋭い視線を向けると、カズイはそれに恐怖を感じたのか、怯えるようにそう答えた。
「友達……?」
「俺…聞いちゃったんだ。イージスのパイロット。幼馴染だって…」
「キラが、言ったのかよ…」
「うん。…キラ、いっつもペットロボ連れてただろ? あれ、別れる前にそいつにもらったやつなんだってさ…」
トールは目の前が暗くなったような気がした。
カズイはそんなトールの様子に気付かず、更に話を進めていく。
キラとストライクのパイロットが友人であることを自分に知らせなかったことへの弁護なのだろうか、カズイに視線を向けようとしないトールへ必死でカズイは言葉を紡ぐ。
だが、今のトールにその内容は何1つ耳に入ってこなかった。
『大切な人にもらったんだ』
知り合ってすぐの頃、いつも肩に乗っている緑色のペットロボが気になって訊ねたことがあった。
一目で高性能だとわかるそれ。
トールだってマイクロユニットは得意だったけど、とても作れそうにないほど精巧で緻密なそれは、親友と別れるときに貰ったのだと懐かしそうに語っていた。
大切な友達に貰った大切な宝物で、それこそ片時も離したくないほどに大事にしていたそれを、間違えて洗濯してしまったときは本当に哀しそうで。
目に涙をためながら必死で修理していた。
マイクロユニットが苦手なキラに、自分が直してやると言っても自分で直すと言ってきかなくて、結局修理が終わるまで3日間、学校にも来なかった。
『首傾げて鳴いて、肩に乗って、飛ぶんだよ』
少女のような顔に、何とも形容しがたいほど綺麗な微笑を浮かべていたキラ。
その顔を見ただけで、この鳥をプレゼントした相手はキラにとってかけがえのない存在なんだとわかった。
そんな相手と、キラは戦っていたというのか?
そして、カズイはそれを知っても何とも思わないというのか?
くらり、と傾いた身体が倒れ込まなかったのは、気付いたカズイが慌てて支えたからだということに、少しの間トールは気付くことができなかった。
心配そうに自分に注がれる視線。
それは心から友人である自分を気遣っているものだ。
だが、カズイのその視線は、知り合ってから今までキラに向けられることだけはなかったと、トールは今更ながら気付いた。
やり場のない怒りが胸中に湧いてくる。
「大丈夫、トール…?」
「……触るな」
「トール?」
「……お前は、それ聞いて何とも思わなかったのかよ…」
「え…?」
「キラが幼馴染と戦ってるって聞いて、何とも思わなかったかって言ってんだよ!」
まさか怒鳴られるとは思わなかったのだろう、カズイは大きく身体を震わせる。
おどおどと自分を見上げるのは、カズイの癖のようなものだ。
「…だって」
「だって、なんだよ?」
「キラが守ってくれないと、俺達全員死んじゃうじゃないか。キラしかできないんだから…キラはコーディネイターなんだから…」
「…っ!! お前っ!」
振り上げた拳を、だがトールは必死で抑え込んだ。
カズイに悪気はないのだ。
いつもそうだ。
気が弱く、他人の意見に流されがちなカズイは、自分が行動するよりも誰かが行動してくれるのを待っていた。
平和な時代。ヘリオポリスでの学生生活。
それはトールだったりサイだったり、そしてキラだったりした。
今回のことも、カズイにとってはいつもと同じことなのだろう。
自分が戦いたくないから、誰かに戦ってもらう。
トールたちが軍に志願したから、自分も志願した。
それを責めることはできない。
だが…。
「トール…?」
自分の手を振り払って歩き出したトールに、カズイは震える声をかけた。
「…ついてくんな…」
トールは振り返りもせずに答える。
「今は、お前の顔を見たくない…」
トールはそう呟いて、カズイに背を向けて走り出した。
傷ついた顔がわずかに見えて、トールの胸がズキリと痛んだ。
こんなのはただの八つ当たりだ。
カズイが悪いわけではないのはわかっている。
だが、顔を見たら何を口走ってしまうかわからなかった。
普段なら仕方ないですませられる、個人の短所。
戦時中というだけで、許せなくなるのは何故だろう。
自分は安全な場所にいながら誰かに守られようとするカズイと、自らの身を盾にして友人を守ろうと前線に立ったキラ。
どちらも人と争うことが嫌いなのは同じこと。
それでも選んだ手段は、天と地ほどに違う。
そして、そんな彼らに何もできない自分。
同じ人間なのに。
どうして、こうも違うなのだろう。
神様は不公平だ。
「キラ…」
トールは小さく呟く。
お前、今、どこにいる?
- 05.02.24