「…………」
アスランから事情を聞いた3人は、予想外の展開に驚きを通り越して呆れていた。
ラクス・クラインを人質に取ったことは周知の事実。
救助した民間人を盾にしてまで生き延びようとするその根性には、激しい憎悪と嫌悪を抱いたものだが…。
自分達を散々手こずらせたあの白いMS。
そのストライクのパイロットまでもが、救助された民間人だとは想像していなかった。
確かにヘリオポリスは中立地帯だし、数は少ないだろうが、コーディネイターの民間人がいても不思議ではない。
だからと言って、民間人を戦闘に駆り出すことなど、常識で考えてもありえないではないか。
正規のパイロットがいるはずだろうに、何故民間人をパイロットに据えたのか。
それが「コーディネイターだから」という理由でなければいいのだが、とディアッカは思う。
ナチュラルの中にはコーディネイターという存在を誤解している者が少なからずいる。
コーディネイターには不可能なことはないなどと、随分と馬鹿げた偏見だ。
少し考えればそんなことあるはずがないと分かりそうなものなのに、それでもそういった誤解が解けないのは、ナチュラルがコーディネイターというものを、そもそも理解しようとしていないからだろうか。
「あぁっ、もうっ!!」
ディアッカはがしがし、と頭をかく。
一瞬だけ見えた紫の瞳が脳裏から離れない。
自分と同じ色だが、浮かぶ光はまったくの別。
あんな綺麗で哀しみに満ちた瞳を、ディアッカは知らない。
最初にあの瞳を見た時、一体何に傷ついているのだろうかと疑問に思ったが、その境遇を考えれば当然だ。
キラ・ヤマトがアスランの話す通りの人物なのだとしたら。
傷つかないはずがない。
「…ナチュラルって、ほんっと救いようがない馬鹿だな」
「ディアッカ!」
「だって、ホントだろ。普通民間人に戦闘させるか? しかもMS戦だなんてさ」
ザフトの中でもMSに乗れるのは、軍人でもほんの一握りの人間だけだ。
訓練を受け、その中でも優秀な成績を残した者が、エリートと呼ばれMSに搭乗することができる。
戦闘経験のまったくない民間人に、MSに乗って戦えだなどとありえない。
ましてや、あんな虫も殺せないような少年を戦闘に出すなどと。
少年というよりもむしろ…。
「…あのさ、ひとつ訊きたいことあるんだけど」
ふと疑問を感じたように、ディアッカがアスランに問いかける。
碧の双眸がディアッカに向けられる。
その瞳に常の怜悧な光がないのに気付きながら、ディアッカは言葉を続ける。
「キラ・ヤマトって、もしかして…女?」
「なっ…!?」
「まさか!?」
ディアッカの言葉に、イザークとニコルが目を見開いた。
「あれ? 違う?」
アスランは探るような視線を一瞬だけディアッカに向け、小さく息を吐いた。
「いや…、よくわかったなディアッカ」
「まあね。男のカンってやつ?」
不思議そうな顔をするアスランに、ディアッカはわずかに肩をすくめながらおどけて答える。
眠る彼――もとい彼女を見たとき、こんな綺麗な男が存在するのだろうかと疑問を抱いたのは事実。
だが、あれだけの戦闘力を見せたストライクのパイロットは、当然のことながら男性だろうと思い込んでいたために、それもあることなのかもしれないと思ってしまった。
コーディネイターは総じて美形が多い。
イザークもニコルも、そして目の前のアスランでさえ綺麗な顔立ちをしており、幼年期には少女と間違われたことも少なくないだろう。
成長するにつれ性別を間違われることはなくなったが、少女めいた美しさを持ったまま成長する少年がいてもおかしくないだろうと、そう自分を納得させようとした。
疑問を抱いたのは、眠るキラの姿を思い返したとき。
あまりにも繊細で儚い姿。
アスランが触れた喉元――そこに成長した男子特有の喉仏は見られず、ふっくらとした唇から発せられる言葉は、男にしては幾分高めの声。
先入観を消せば、事実に辿り着くまではそう難しいことではなかった。
そう告げると、アスランは参ったというように苦笑した。
アスランですらつい先ほど知ったばかりの事実を簡単に言い当てられて、悔しいよりもむしろ感心してしまう。
伊達に派手な交友関係を持っているわけではないらしい。
「ストライクのパイロットが…おんな……」
「確かに、男にしてはびっくりするくらいの美人でしたけど…」
アスランが肯定したにも関わらず、イザークとニコルは俄かには信じられないというように呆然としたままだ。
無理もない、とアスランは思う。
自分がキラの性別を知った時も、同じように呆けてしまった。
3年ぶりに抱きしめた身体はひどく細くて、以前から性別不明な可愛らしさだったのに更に磨きがかかっていて驚いたものだ。
あの時自分が感じた動揺は、おそらく目の前の2人の比ではないだろう。
眠ったまま目を覚ます気配を見せず、むしろその呼吸が浅く速いものになっていくのに気付き、触れた額の熱さに愕然とした。
ようやく取り戻した大切な存在が失われてしまうような錯覚を覚え、夢中で軍医を呼んだ。
苦しげに柳眉を歪め、何かにうなされているのか、聞き取れないほど小さな声でうわ言を繰り返すキラに、うろたえるばかりだった自分。
駆けつけた軍医に言われるままキラの身体を押さえつけ、力を失って自分にもたれかかってくる身体を見下ろした。
驚くほど軽い身体を壊さないようにそっと、だがその存在を確かめるように抱きしめながら、軍医によって開かれていくキラの胸元に視線を向け――。
そこにあるふくらみに目を奪われた。
幼いころから一緒にいた親友の性別は、確かに男性だったはずだ。
ヴェサリウスに連れて来たときに受け取ったヘリオポリスのIDにも、性別は『男』と記載されていた。
それなのに、女性特有の曲線を幼馴染の身体に見つけてしまったアスランは、背後からキラを抱きしめたまま硬直した。
すぐに軍医が気付いてアスランを部屋から追い出したが、そのわずか一瞬の間に視界に入った姿はアスランの脳裏から離れなかった。
男だと信じていたものが、実は女だった。
それが親友であれ敵であれ、混乱するのは当然だ。
先程の自分も、この2人のように間の抜けた顔をしていたのかもしれないと思うと、可笑しいやら恥ずかしいやらで何とも複雑な心境だった。
だが、アスランを驚愕させたのは、それだけではなかったのだ。
「で、姫さんが寝込んでる原因ってのは、やっぱあいつらのせいなわけ?」
「……………あぁ」
注射の際に発覚した、キラの身体に残る無数の痣。
白く細い身体のあちこちに残されていたそれは、紛れもなく暴行の痕だった。
多くの怪我人を診察してきた軍医でさえ思わず眉を顰めさせるほどの外傷に、親友の隠された秘密を知ったショックなど一瞬で吹き飛んでしまった。
慣れない戦闘で負った傷かと思ったアスランに告げられた真実。
思わず怒りのあまり脳が沸騰するかと思ったほどだ。
馬鹿がつくほどお人よしのキラ。
他人と争うことを嫌い、人を傷つけるよりは自分が傷つくほうを選ぶ。
そんなキラだから、その傷が喧嘩や諍いによって生じたものだとは思えなかった。
おそらくは一方的に負わされたもの。それも、数回にわたって。
「骨折による発熱に、極度の衰弱と疲労…」
「アスラン?」
「今のキラの体調」
ニコルが怪訝そうに首を傾げると、アスランはわずかに視線を上げてニコルを見た。
「おそらくヘリオポリスを出てからずっと、睡眠も食事も摂ってないだろうってさ…。内臓機能の低下が著しくて、怪我よりもむしろそっちのほうが問題らしい」
「睡眠と食事って…パイロットですよ!?」
「ストレス、か…?」
「さあ、わからない…」
ストレスから食事を受け付けなくなることは、新米の兵士には起こりうることだ。
キラの性格から考えて、その可能性も否定できない。
だが、あれだけの怪我を見せられては、それ以外の可能性も生じてくる。
複数に亘る虐待が、単なる暴力だけだと言い切れないのだ。
食事を摂らなかったのか、それとも摂れる状況になかったのか…。
答えを聞こうにも、あれからキラは薬の力で強制的に眠らされたままだ。
細かい事情は本人に問いたださなければ断言はできない。
だが…。
「キラを苦しめ傷つけた足つきを、赦すことはできない」
「アスラン…」
その瞳の奥に、ぞっとするほど暗い光があるのに気付いたニコルは、思わず半歩後ずさった。
月での生活は、アスランにとって幸せの象徴だった。
人種の違いや身分の差なんて、何一つ知らなかった幼い頃。
ただ無邪気に、毎日を笑って過ごしていた。
当時は戦争もまだ激化しておらず、血のバレンタインで亡くなった母も存命で、忙しいながらも仕事の合間を縫って、息子との接点を持とうとしてくれた父の姿があった。
そして、親友というよりも兄弟のように、それこそ片時も離れることなく一緒にいた幼馴染の姿。
懐かしく、幸せな時間。
今は失われてしまった多くのモノ。
母は亡くなり、その哀しみを忘れるかのように仕事に没頭した父は、いつの頃からか家庭を顧みなくなり、自然と会話もなくなった。
月にいた頃住んでいた家は、地球軍の軍事基地になるとかで、すでに取り壊されてしまった。
何よりも、コーディネイターである自分が、現在の月を訪れることなんてできるはずもなかった。
3年前までは当然のように自分の手元にあった、それら。
失うのは、なんと容易いことだったか。
だからこそ、唯一残ったキラだけは、何としてでもこの手に取り戻したかった。
今のアスランにとって、キラこそが大切な存在であり、幸せだった時間の象徴でもあった。
キラが自分の隣で笑っていてくれる、それだけでよかった。
それなのに…。
「足つきは俺が堕とす」
アスランは低く呟いた。
キラを苦しめる者は、誰であろうと赦さない――。
- 05.02.13