ストライクを捕獲したという連絡は、ガモフにいるイザーク達の元へも届いていた。
身柄を拘束され、プラントへ護送されるであろうパイロットの姿を、一目なりとも拝んでやろうとやって来た彼らは、ヴェサリウスに着くなり召集されたブリーフィングルームで、クルーゼから信じられないことを告げられた。
曰く、
『ストライクのパイロットはプラントで保護されることが決定した』
と。
親の仇のようにストライクを敵視しているイザークにとって、その言葉は聞き捨てならないものだった。
たとえ隊長の命令でも、いや隊長の命令だからこそ、何一つ理由もないまま敵軍のパイロット――それもおそらくはエースパイロット――を保護するなどという言葉を、はいそうですかと承諾するわけにはいかなかった。
特に、ストライクには何度も煮え湯を飲まされているイザークにしてみれば、倒す敵であるナチュラルをプラントで保護するという事実は耐えられない。
それでもクルーゼの口から上官命令だと言われてしまえば、イザークには反論する術はなかった。
ストライクのパイロットは『捕虜』ではなく、保護されたラクス・クラインと同様に『客人』扱いをするように。
念を押すようにそう厳命されてしまえば、受けるしかない。
たとえ心情はどうであれ。
「くっそおぉぉ!!」
理不尽な命令を突きつけられたイザークの怒りは、ブリッジを出てすぐに爆発した。
震える拳を力任せに壁へと叩きつける。
「一体何を考えているのかね、俺達の隊長は」
「さあ…。でも何かありそうなことは確かですよね」
「そうじゃなきゃ、にっくきストライクのパイロットを保護なんてしないだろう」
「でも、何故『保護』なのでしょうか。『捕虜』の間違いじゃないんですか?」
「んなこと俺が知るかよ。聞きたきゃ隊長に直接聞けよ」
ようやく敵軍のパイロットの顔を拝めると意気込んでやってきただけに、肩透かしを食らったような感は否めない。
だが、ニコルもディアッカも、イザークほどには憤りを感じていなかった。
むしろ先ほどから感じていた奇妙な違和感の正体を知って、すっきりしたくらいだ。
ニコルはヴェサリウスに到着してから、常とは違う感じを抱いていた。
何が、というほど確固としたものではない。
ただ漠然と、何かが可笑しいと思った。
ドックに収容されているストライクを見たときから薄々感じてはいたが、その違和感にはっきりと気付いたのは、先程のブリッジでだった。
今まで敵対していたパイロットを保護すると告げたクルーゼの表情。
仮面に隠されていても声音に優しい響きが含まれていることくらいわかる。
ましてやピアニストになるべく、幼少の頃から鍛えられていたニコルの耳には、それが芝居でないことくらい一目瞭然だ。
そして、クルーゼの言葉を当然のように聞いていたブリッジのクルー。
何の動揺も見られないことから、おそらく前もって知っていたのだろう。
イザークほどストライクのパイロットに敵愾心を燃やしているわけでもないディアッカとニコルは、今回の一件には何か裏があるのだろうと、ヴェサリウスを取り巻く雰囲気から感じ取っていた。
「そういえば、ラクス嬢は無事に足付きから助け出されたんですよね。一体誰が助け出したのでしょうか」
「アスランじゃねえの? 何しろ婚約者だし」
「でも、アスラン1人でなんて不可能ですよ。足付きのデータはないに等しいし、ストライクだっていたんですから。それに、アスランはどうやってストライクを捕獲してきたんですか? ラクス嬢だっていたのに」
「あー、そりゃ確かにおかしいな」
「そうだっ! あいつは一体どこに消えたんだ!! 隊長の呼び出しにも応じないで!!」
「落ち着いてくださいイザーク。隊長が呼んだのは僕らだけなんですから、アスランがいなくても無理はありませんよ」
「うるさいっ! 貴様は黙ってろ!!」
「…まったく」
怒りの沸点に火がついてしまったイザークには何を言っても無駄とばかりに、ニコルは嘆息する。
「アスランはどこにいるのでしょうかね…」
アスランなら何か知っているだろうか。
そう考えて、ニコルは丁度通りかかった女性クルーを呼び止めた。
「アスランはどこにいますか?」
「彼なら自室でキラ・ヤマトの世話をしているはずですけど…」
「キラ・ヤマト? それがストライクのパイロットの名前?」
「えぇ」
ザフトでもエリートの証である赤服を着ている上に、少女のような容貌のニコルに訊ねられて、女性クルーは嬉しそうにそう答えた。
「ストライクのパイロットはアスランと同室なのですか?」
「まだ決定ではありませんが…多分そうなると思います。ここは空き部屋はありませんので。さすがにラクス嬢と同室にするわけにはいきませんから」
「そりゃ確かに…」
女性クルーの言葉に、ディアッカは呆れたように同意した。
確かにいくら保護対象だからといって、女性であるラクスと同室にするなんて言語道断だ。
ましてや相手は地球軍の軍人。
民間人のラクスを人質に取られでもしたら大変だ。
「それでアスランが監視してるってわけ?」
「監視? 何を言ってるのですか。彼は…」
「ストライクだとお!! そいつがアスランの部屋にいるっていうのか!!」
「イザーク、五月蝿いですよ」
「くっそおぉ! ふざけた奴め! 一目その面を拝んでやらなきゃ気がすまん!」
「あ、ちょっとまだ面会は許可されてませんよ!」
女性クルーの叫びも空しく、イザークはアスランの部屋へと駆け出した。
それを追いかけてディアッカとニコルもイザークの後を追う。
敵愾心はないと言っても、あれだけ自分達を手こずらせたパイロットの素顔に興味がないわけではない。
一体どんな相手なのか。
地球軍で名の知れた軍人といえば『エンディミオンの鷹』だが、彼はクルーゼとそう変わらない年代の男性だという話だ。
おそらくはそう年の変わらない屈強な男性であろう。
何故アスランが傍についているのか分からないが、それは本人に直接聞けばいいだろう。
そう思っていた。
扉を開けた瞬間、彼らの持つ『ストライクのパイロット』像が音を立てて崩れていくとは思わずに。
◇◆◇ ◇◆◇
怒鳴り込もうとしていたイザークは、開いた扉の前で呆然と立ち尽くしていた。
目の前にいるのは確かに自分達の知る同僚の姿。
だがその表情はまるで別人だ。
ベッドで眠る少年の栗色の髪を優しい手つきで撫で、穏やかな寝息を立てる横顔を切なそうな、そして愛しそうな様子で見守っているのは、果たして本当にアスラン・ザラなのだろうか。
ディアッカは思わず心の中で「誰だこいつは?」と真面目に考えてしまったほどである。
決して豊かとはいえない表情の中でも、アスランが微笑んでいる姿など、ここにいる誰が見たことあるだろう。
普段とのあまりのギャップの激しさに、3人は声もでない。
ベッドの中で身体を丸めて眠っている少年は、眠っているせいもあるのか一見すると少女にしか見えないほど線が細い。
どこか肌が上気して見えるのは具合が悪いせいらしく、その額には濡れタオルが置かれていた。
この少年がキラ・ヤマト。
ストライクのパイロット。
ニコルとそう身長が変わらないわりに、体格は随分と違う。
想像していたパイロット像とは対照的な少年。
ディアッカはコーディネイターならではの卓越した視力で、その瞼が腫れているのに気付いた。
よく見ると長い睫には未だに雫が残っている。
おそらくは眠りにつくまで泣いていたのだろう。
ザフトに捕われたせいか、それとも…。
布団からから少しだけ覗く指先はアスランの指をしっかりと掴んでおり、意識がない状態ですら離すことを拒んでいるその様子から、この2人が初対面であるはずがないだろう。
おそらくは友人。それもかなり親しい間柄の。
「ア、スラン…?」
最初に我に返ったのは、普段からアスランと親しいニコルだった。
眠る少年の横顔を見つめるアスランの姿がとても幸せそうで、一瞬声をかけるのを躊躇われたが、このまま入口に突っ立っているわけにいかないのも事実だ。
「アスラン、あの…」
振り返ったアスランは、ニコルが言葉を紡ぐよりも早く、自分の口元に人差し指を当ててそれを制した。
「静かに」
ひっそりと囁くような声は、眠る少年を起こさないための配慮なのは明白で。
そんな些細な仕草で、アスランが目の前の少年をどれだけ大事に思っているか、ニコルにはよく分かってしまった。
ディアッカがそんなアスランの意図を慮ってくれたのか、無言で外へ出るように促す。
アスランが小さく頷いて、自分の手を握っている少年の指を静かに外した。
すると、突然失った温もりを求めるように、白い手がアスランの軍服を掴んだ。
確かに眠っていたはずなのに、それでもアスランが離れていくのがわかるのだろうか。
長い睫がかすかに震えて、そこから見事な紫が姿を現した。
どこかぼんやりと、だが心細げに瞬く紫紺の光が、アスランに向けられる。
「どこ、行くの…?」
その眦にじんわりと涙が浮かんでいくのを、3人は見逃さなかった。
アスランは苦笑して上着を掴んでいた手に、自分の手を添えた。
「ア、ス……」
「大丈夫。何も心配いらないよ」
浮かぶ涙を吸い取るように眦にキスを落として。
瞼に、額に、髪にと優しくキスをしていくと、キラの身体からそっと力が抜けていった。
細い首筋に手を当て体温を確認すると、アスランはその柳眉を少しだけ潜める。
「まだ、熱が高いね。注射もしたし、すぐに下がるとは思うんだけど」
「僕、は…平気…」
「平気じゃないよ。キラは早く元気にならなきゃ。だから、ゆっくりお休み。目が覚めたら熱も下がってるから」
「…ん………」
汗のせいで頬にはりついた髪をそっとかきあげてあげると、キラと呼ばれた少年は嬉しそうに微笑んだ。
睡魔に負けたのか瞼がゆっくりと下りていき、すぐに穏やかな寝息が聞こえてくると、アスランはもう一度キラの頬にキスを落とすとベッドサイドから立ち上がって入口にいる3人のもとへ歩いてきた。
「待たせて悪かったな」
扉にロックがかかったのを確認してから、アスランは彼らに向き直った。
その姿は、今まで自分達が知っていた『アスラン・ザラ』そのもので。
こいつが笑顔を向けるのは、もしかしたらあの少年にだけなのではないか、なんて思考がディアッカの脳裏をちらりとかすめた。
「さて、説明してもらおうか。あのコーディネイターが一体誰なのか」
ディアッカは皮肉げな笑みを浮かべてアスランを見る。
地球軍に属して自分達と闘ったあの子が、ナチュラルであるという考えは頭になかった。
もしナチュラルだと言うのなら。
それはまさに奇蹟、としか呼びようがない。
- 05.01.26