心配じゃないと言ったら嘘になる。
だが、自分が軍に属している以上、上官への報告はしなければならない任務だ。
後ろ髪を引かれる思いで自室を後にして、やってきたのは隊長室。
「失礼します」
一声かけて扉を開くと、そこには上官だけでなく救助された歌姫の姿もあった。
ソファーに座りゆったりとお茶を飲んでいる彼女は、先ほどまでのパイロットスーツではなく、元の衣装に着替えている。
地球軍の人質になっていたとは到底思えないほど朗らかな笑顔を浮かべて自分を見る婚約者の姿に、アスランは驚きを隠せない。
てっきり部屋で大人しくしていると思ったのだが、どうやら歌姫の行動は自分では把握するのは無理なようだった。
「あらあら、アスランってば、どうなさったのですか?」
「何故貴女がここに…?」
「私、クルーゼ隊長にお願いにきてましたの」
「お願い、ですか?」
「えぇ。それよりもアスラン、いつまでも入口にいてはお話もしづらいですわ。どうぞお入りになって」
「あ…はぁ…」
すっかり部屋の主のように寛いでいるラクスにそう言われて、アスランは困ったように頷いた。
とりあえず室内に入り、改めてクルーゼに敬礼をする。
仮面で素顔は隠されているが、その突出した統率力と優れた戦闘力で若年にして一個小隊を任されているラウ・ル・クルーゼは、その素性こそ明らかでないが上官としては尊敬できる人物だ。
特に先見力はザフトの指揮官の中でもトップクラスで、今回ヘリオポリスで地球軍がMSの開発をしている事実を誰よりも早く掴んだのもクルーゼだった。
以前足付きに幼馴染がいるということを話した際、保護する許可を得ていたから今回の行動を咎められることはないと思うが、それでもキラの処遇が心配だった。
まさか捕虜扱いはされないと思うが…。
不安を胸に抱きながら報告をしようと口を開く。
「報告が遅くなりまして申し訳ありませんでした」
「いや、別に構わんよ。君の代わりに彼女が説明をしてくれたからね」
「ラクスが、ですか?」
上官に告げられた言葉に、アスランが訝しそうにラクスへ視線を移すと、ラクスはにっこりと笑った。
「えぇ。貴方が私と、それからあちらのMSを連れて帰ってくださったことについて微力ながら説明させていただきましたの。キラ様は私を助けてくださった命の恩人ですし、もし誤解をされていてあの方が拘束なんてされましたら私困りますもの」
「事情がわかれば私も民間人であるあの子を拘束なんてしませんよ、ラクス嬢」
「その言葉を聞いて安心しましたわ、ラウ・ル・クルーゼ隊長」
ふんわりとそよ風のような笑顔を浮かべるラクスと対照的に、クルーゼにどこか覇気を感じないのは気のせいだろうか。
果たしてどのような報告をしたのだろうかと一抹の不安がよぎる。
そんなアスランの背後でピンクの球体が『オマエモナー』と叫びながら飛びまわっている。
「ところでアスラン」
「はっ」
「君とストライクのパイロットは幼馴染だと聞いてはいたが、彼は本当に地球軍ではないのかね?」
立場上ラクスの言葉だけを鵜呑みにするわけにはいかないクルーゼが、アスランに問いただす。
アスランはしっかりと頷いた。
「それはありえません。本人も自分は民間人だと言ってました。それに、あいつは幼い頃から人と争うことが苦手でしたから、軍人になどなるはずがありません」
それが地球軍でもザフトでも。
誰かを傷つける行為を嫌っていたキラだから、人の命を奪う軍人になどなれるはずがない。
「ふむ…。というと、ヘリオポリスの民間人でありコーディネイターでもあるキラ・ヤマトは、ラクス嬢と同様に我々が保護するべき人物だったということになるな」
クルーゼの口元がわずかに上がったような気がして視線を向けると、クルーゼは仮面越しにアスランへ視線を向けた。
「地球軍に同胞と戦うことを強要されていた彼は、紛れもなく戦争の被害者だろう? そうは思わんか、アスラン・ザラ。ましてや中立国に住む16歳の民間人だ。幸い彼に殺された同胞もいない。ミゲルは負傷したが、それだって自分の身を守るのに必死だっただけのこと。責められるべきは地球軍の方で、キラ・ヤマトに非はないだろう」
「ありがとうございます…」
「それに、ラクス嬢を救出してくれた功績は大きい。正直、あのまま足付きに人質にされていては我らも手出しできない上に、ラクス嬢の命も危険だったのだから」
「そうですわ。ですからキラ様を拘束しないでくださいませ」
「勿論です、ラクス嬢。それにしても、人質にされた歌姫を救出したのが、地球軍に捕われていたコーディネイター。そしてその人物は歌姫の婚約者の幼馴染とは、いかにもメディアが喜びそうな話だな」
「っ隊長!」
クルーゼの発した言葉に、アスランが反応した。
その言い方では、まるでキラを戦争に利用しようとしているようではないか。
それだけは許せない。
ようやく再会できた幼馴染を、そんな目に遭わせたくはなかった。
「今の発言は…」
「あら、私は構いませんわよ」
「…ラクス!」
「クルーゼ隊の皆さんが私の救出に何のお役にも立てなかったということを自ら露呈なさりたいのでしたら、私は全っ然構いませんのよ?」
「…………」
「…………」
優雅な仕草でカップを傾け琥珀色の液体を口に含み、ラクスは微笑む。
先程の笑みと違い、確実に何かを含むその笑みに2人の軍人が固まった。
「それとも」
ちらりとクルーゼに視線を向け、
「『感動的な救出劇』などというお芝居を見せなければならないほど、ザフトの士気は落ちていらっしゃるのかしら?」
そんなことありませんわよね。
口元に笑みを浮かべたまま、だが強い眼差しを向けられては返す言葉は一つしかない。
「…無論ザフトの士気は今までと代わりはありません」
「まあ、よかったですわ。でしたらキラ様の安全は保証されたのも同じですわね」
無邪気に喜ぶ歌姫を前に、クルーゼは頷く以外方法がなかった。
- 05.01.07