「とりあえず、その格好を何とかしないと」
そう言われて連れてこられたのは、アスランの私室。
キラを部屋に入れるとアスランはそのまま部屋から出ていってしまい、キラはベッドに腰を下ろしたまま所在なさそうにぼんやりと室内を眺めていた。
いっそ潔いくらいに何もない室内だった。
アスランの私室なのだからマイクロユニットの1つや2つや3つや4つあってもおかしくないと思っていたのだが、やはり戦艦に私物を持ち込むのは禁止されているのだろうか。
そう考えてみればアークエンジェルで自分達に割り振られた部屋も殺風景な部屋だったと、今更ながらに思い出す。
艦内の作りは地球軍だろうとザフトだろうと、構造上の差はあまりないのだろう。
備え付けのベッドと簡素な棚。
そして小さなクローゼットらしき扉。
ふと室内に視線を巡らして、キラはベッドサイドの下に何かが落ちているのを発見した。
「何…フォトフレーム?」
どうやら何かの拍子に床に落下してしまったのだろう。
興味深げに持ち上げると、よく見知った笑顔がそこにあった。
それは月にいた頃のアスランと自分の写真だった。
「懐かしい…幼年学校の頃だ」
アスランの腕にしがみついて笑う自分と、そんな自分に優しい笑顔を向けているアスラン。
背後にはお互いの母の姿があって、子犬のようにじゃれ合う2人を微笑ましそうに見つめている。
戦争なんて知らなかった、無邪気な幼い親友同士。
まさかこの数年後に敵として剣を向け合うことになるなんて、微塵も考えずにいた頃。
撮影をしたのはキラの父だ。
随分前に渡したものだが、大切に取っておいてくれたことが嬉しかった。
「はは、アスラン可愛い」
くっついている2人の身長差は、わずかだがキラの方が大きかった。
キラはいつも「僕のが少し上」とアスランに対して年上ぶっていた。
中身は全然アスランの方がしっかりしていて、キラの世話をやいていたりしたのだが。
ほんの少しだけ年上だと威張れたのは、この身長差のお陰だった。
最もそんな些細な差もすぐに覆されてしまい、誕生日くらいしかアスランの上に立てるものはなくなってしまったのだけれど。
母親に似て繊細な、でも聡明そうな顔をしている男の子。
よく女の子に間違われていたこの写真の子供が、3年ぶりに再会したら立派な男の顔になっていて驚いた。
自分よりも背が高く、腕も胸もずっと広かった。
「こんなにちっちゃかったのにね」
くすくす、とフレームを突っついてそう呟く。
すると―――。
「キラは俺より小さいじゃないか」
「!?」
振り返ると、そこには軍服に着替えたアスランが立っていた。
初めて見る親友の軍服姿に、キラはぽやーんと見上げる。
先ほどすれ違った一般兵とは違う、裾の長い赤い軍服がよく似合っている。
そういえば再会してからはパイロットスーツ姿しか見ていなかった。
軍人らしいと言うのだろうか、目の前の彼は優しさの中にも芯の強さを感じさせる。
まじまじと見ていたからだろうか、アスランが怪訝そうな視線をキラに向けた。
「どうした?」
「いや…アスランは軍人なんだなって思ってさ…」
キラの言葉にアスランの表情がわずかに曇る。
何気なく発した言葉だが、アスランにはどう聞こえたのか。
その様子に気付いたキラが慌てて弁明する。
「あの…悪いとかそういうんじゃなくて…えっと…その服装似合うなって思ったから…」
「あ…あぁ…、ありがとうって言えばいいのかな…?」
「いや、そういう意味でもないんだけど…」
何だか妙に慌ててるキラが可笑しくて、アスランは思わず小さく笑った。
それにほっとしたのか、キラもふわりと笑う。
「よかった」
「何が?」
「アスランが変わってなくて…昔のままで嬉しい」
「俺だって嬉しいよ。キラに会えて」
「うん…」
ふわりと感じる優しいぬくもりに、キラはアスランの腕の中でそっと目を閉じた。
このぬくもりを失わなくてよかった。
そう感じながら。
◇◆◇ ◇◆◇
エースパイロットとなるとそうゆっくりしていられるわけでもないらしく、アスランはすぐに呼び出されて部屋を出ていった。
その際に持ってきた服に着替えるように言い置いておくことだけは忘れなかった。
「着替えろって言われても…」
キラはアスランの置いていった着替えを眺めた。
手渡されたのは先ほどアスランが身に着けていたのと同じ、赤い軍服。
果たして自分が着ていいものか一瞬悩んだが、彼が着替えろというのだから着替えておかないとまずいのだろうと思いなおしてパイロットスーツを脱ぎ始めた。
無意識なのかそうでないのか、アスランが部屋を出て行く際にロックをかけておいてくれたので、着替え中に誰かが乱入などということにはならないだろう。
本来なら身体にぴったりと張り付くようにフィットするパイロットスーツは、キラの体格に合ったものではないので脱ぐのは簡単だった。
「痛っ…!」
腕を抜こうとした拍子に走った鈍い痛みに、キラの手が止まる。
左肩を押さえ、しばらくじっとして痛みが引くのを待つ。
押さえた肩には、大きな痣があった。
肩だけでなくアンダーから覗く腕や首筋にも、一見して見えない箇所は痛ましいくらいに傷だらけであった。
切り傷さえないものの、明らかに殴打されてできたとわかる痣が広がっている。
動かすたびに鈍い痛みが走るのは、この怪我が原因だった。
アークエンジェルで孤立したキラは、艦長や友人たちの目の届かない場所で日常的に暴力を振るわれていた。
民間人とは言えコーディネイターであるキラは、地球軍兵士にとってみれば敵でしかなかったのだ。
勿論半ば強制的にMSのパイロットになったキラに同情的なクルーがいたことも事実だが、それ以上にコーディネイターを嫌う者が多かったことは否定できない。
士官の目の届かない場所で罵倒されることも、憎しみをこめた拳で殴られることも珍しくなかった。
キラが反撃しないのをいいことに、彼らの暴行はますますエスカレートしていった。
抵抗しないことが面白くないと、向ける視線が生意気だと、些細なことも彼らの凶暴性に火をつけてしまうらしく、キラの身体には生傷が絶えることがなかった。
それまで他人に嫌われる経験の少なかったキラが、精神的肉体的に疲弊していったのは無理のないことだ。
周囲の視線が気になり、人のいる場所では落ち着けなくなった。
眠っていても悪夢にうなされることが多くなった。
次第に食事を摂ることができなくなり、身体が眠ることを拒むようになった。
「……」
確かに、あの艦は自分にとって居心地のいい場所ではなかった。
でも、それでもキラは守りたかったのだ。
自分が連れてきてしまったヘリオポリスの民間人のために。
コーディネイターである自分を友と呼んでくれた友人達のために。
たとえその友人達が、キラの置かれていた状況に何一つ気付いてくれなくても…。
再びズキンと痛みが走り、キラは眉を潜めた。
「っ…! さっきまでは我慢できたのに…」
アスランに気付かれないように、痛みを感じないようにするのは簡単だったのに。
1人になると、それがこんなに難しいとは…。
「…くっ!」
小さく毒づいて、キラはアンダーシャツを脱ぎ捨てた。
細い身体とそれを覆うプロテクター。
一瞬躊躇うものの、誰の姿もないことを再確認しプロテクターを脱ぎ捨てる。
すると、少年のものではない身体が露わになった。
それはキラが必死で隠している秘密だった。
豊かなふくらみと細い腰、そしてすらりと伸びた細い足。
親友であるアスランでさえ知らない、『キラ・ヤマト』の本当の姿。
ID上ではキラの性別は「男」であるが、実際のキラは女…それも超がつくほどの美少女だ。
成長期を迎えた身体はプロテクターで押さえているとは言ってもしっかりと成長しているらしく、2つのふくらみは以前よりも大きくなっているようだ。
女性としては喜ばしいことだが、今のキラにとっては厄介なものでしかない。
キラは鏡に映った自分の姿を眺める。
自らに課せられた運命のせいで幼いころから性別を偽って生きてきたため、キラの本当の姿を知っているのは家族だけだ。
アスランが知ったらどう思うだろうか。
親友だと思っていた『少年』が、実は『少女』なのだと知ったら。
騙していたと怒るだろうか、それとも急に他人行儀な態度になってしまうのだろうか。
嫌われることはないだろうが、女性に関してはひどく奥手なアスランのことだ。
きっと今まで通りに接してくれることはなくなるだろう。
「そんなの…いやだ」
アスランと一緒にいたくて、こちらに来たのだ。
友達も、守るべき人もすべて捨てて。
「嫌だ…」
3年前のように、ずっと一緒にいたい。
彼の隣にいたい。
もう離れ離れにはなりたくない。
そのためなら…。
「隠し通してみせる」
低くつぶやいて手早くプロテクターを身に着けると、キラはアスランの用意した軍服に手を伸ばした。
- 05.01.07