イージスがストライクを伴って帰艦すると、艦内は騒然となった。
たった一機で足付きを守っていたと言っても過言ではない、白いMS。
ラクス返還を申し出られたときはその真意を計りかねていたザフトの面々だったが、イージスに導かれるままヴェサリウスに収容されたストライクを前に、困惑はさらに深まっていった。
地球軍唯一のMSのパイロット。
おそらくは歴戦の将であろう彼が、何故無抵抗でやってきたのか。
作戦なのか、それとも…。
ハッチ開閉のランプが点ると、1人の兵士がストライクのコックピットに銃を向ける。
それが合図のように、それまで呆けていたクルーたちも慌てて彼に倣った。
緊張に包まれた空気の中、ゆっくりとハッチが開かれる。
すると、中から聞こえてきたのは、おっとりとした声だった。
「あらあら、皆さん。どうなさったのですか?」
現状の緊迫した空気など意にも介さないように、柔らかく穏やかな声とともにひょっこりと顔を覗かせたのは、ラクス・クラインその人だった。
サイズの合わない宇宙服は、腹部がぽっこりとふくらんでおり一見すると妊婦のよう。
だが、ヘルメットをはずしてにっこりと微笑むその姿は、映像で見慣れた正真正銘のラクス・クラインだった。
民間人である彼女が突然地球軍の人質となってしまい、さぞ憔悴しているだろうという人々の危惧など知らぬように、健康そうな姿に誰ともなく安堵の声がもれる。
緊迫した空気が一瞬にして和らぐのを見て、ラクスは彼らに語りかける。
「お騒がせして申し訳ありませんでしたわ。この通り私は無事です。ですから、その物騒なものを収めていただけますか?」
彼女の意図するものが、自分たちの構えた銃なのだと気付いたものの、目の前にストライクのパイロットがいる以上、その言葉を聞き入れるわけにはいかなかった。
「で、ですが…」
「我々は敵を捕らえなければいけないのです」
「敵、ですか? キラ様は私を助けてくださった大切な恩人ですのよ」
敵なんて、ここにはおりませんわ。
あくまでもおっとりと、彼女は告げる。
「ですが…」
「それに」
その言葉になおも反論しようとしたクルーの言葉を、ラクスは遮った。
穏やかな瞳に、強い意思をかすかに見せて。
「貴方方は追悼慰霊団代表である私の前で、無抵抗の人間に銃を向けるのですか? それも私の生命の恩人でもある方に対して」
「……」
世俗離れしていると言ってもいいほど穏やかな彼女が見せた意外な強さに、クルー達は反論する言葉を失う。
彼女の言う通り、このパイロットに敵対する意思はないのか、それともすべては作戦なのか。
そんなラクスの背後で身動き一つしないストライクのパイロットが何を考えているか、彼らには何ひとつ推し量ることはできない。
一体どうしたらいいのか。
デッキは沈黙に包まれた。
その静寂を破ったのは、イージスのハッチから慌てて飛び出してきたアスランの声だった。
「止めろ! 銃を向ける必要はない!」
クルーを押しのけてハッチの前に来たアスランは、中にいる人物に向かいそっと手を伸ばす。
「さあ、おいで」
普段のクールな態度からは想像もできないほど蕩けるような微笑を浮かべて。
誰よりも優秀で年齢に見合わないほど落ち着いていて、感情の起伏すらないのではないかというほどクールなアスラン・ザラのこんな表情を見たのは初めてだった。
そういえば2人は婚約者だったのだと今更のように思い出し、アスランの変貌ぶりはラクス・クラインの無事な姿を喜んでのことだろうとその口元をほころばせた。
有力者の子供同士、本人が望まない婚約だったのではないかと危惧する声もあったが、どうやらそれは杞憂だったようだ、と目の前のカップルに好意的な視線を向ける。
だが、彼が笑顔を向けたのは婚約者にではなく…。
「さあ、キラ」
再度促されるように差し伸べられた手を取ったのは、ストライクのパイロットだった。
「!!!!?」
ふわりと浮かんだのは、自分達が想像していた人物とは大きく違っていた。
アスランの手に導かれるまま出てきた姿は、青いパイロットスーツに身を包んだ小柄な身体だった。
「怪我はないかい?」
「う…ん…」
気遣うように笑顔を浮かべるアスランに、ぎこちなく答える声はどことなく幼さを感じさせる。
「でも、いいのかな…僕が来ちゃって…」
「何言ってるんだ。キラなら大歓迎だよ」
「でも…」
ヘルメットの中の視線が背後にいるクルー達に注がれる。
アスランは一瞬だけ背後を振り返り、それからすぐに視線を戻す。
「あぁ、彼らには事情を説明してなかったからね。大丈夫。民間人であるキラに銃を向ける兵士なんて、この艦にはいないから」
民間人というアスランの言葉に、背後でざわめきが起きる。
ストライクのパイロットが民間人?
アスランに言葉の意味を確認しようと思っても、目の前で繰り広げられる熱い抱擁を前に、クルーの誰もが声をかけるタイミングを失っている。
「あらあら、キラ様ってば。いつまでもこんなもの被っていては、お話もしづらいでしょうに」
周囲の凍りついた状況など知らないかのように、ラクスがヘルメットに手をかける。
ひょいと取り払われたヘルメットの下から現れたのは、柔らかそうな茶色の髪。
宝石のような瞳がラクスへ向けられ、そして困ったように細められた。
白い肌、花びらのような唇。
ストライクのパイロットは体格のいい壮年の男性だと勝手に思い込んでいたクルー達は、突然現れた美少女と見紛うばかりの姿に目を奪われた。
困った様子の幼馴染の姿を見て、アスランがラクスに視線を向ける。
「ラクス」
「だって、窮屈そうだったんですもの。それに、いつまでもこんなところにいては他の方の迷惑になりますわ。ほら、皆様困っていらっしゃいますでしょう」
困っているのではなくて固まっているのだが、どうやらラクスには関係ないようだ。
「ですから場所を移動しませんこと? 私も早く着替えたいですし、キラ様ともゆっくりお話したいですわ。この格好ですと他の方々にあらぬ誤解でもさせてしまいそうですもの」
かわいらしいですけどね。
ぽっこりとふくらんだお腹に指をさして、ラクスはそう語る。
彼女の腹部に収まっているのは、ラクスが着ていた衣装だ。
置いてくるわけにもいかず、かといって服を抱えているわけにもいかないので、彼女が自分の宇宙服の中にしまいこんだのだが、何も知らない人が見たら妊婦に見えるかもしれない。
「確かに、ここだと邪魔になりそうですね。積もる話は落ち着いてからにしましょう。キラ、おいで」
「そういえば、キラ様のお着替えはどういたしましょうか?」
「そうですね。とりあえずは俺の軍服の予備でも着ていてもらうしかないかと」
「まあ、つまりませんわ。キラ様にはもっと似合う格好をしていただきたいのに」
「ここは軍艦なんですからそういうわけにもいきませんよ」
「あの…僕なら別にこのままでも…」
「駄目だよ。一応ここはザフトの軍艦なんだから。いくら何でも地球軍のパイロットスーツを着させておくわけにはいかないよ。キラは民間人なんだろう?」
「う、ん…」
「そうですわ。キラ様にはもっと似合う服を用意させますから」
「いや、ラクス…そういう意味じゃないんですが…」
「だって、キラ様はこんなに可愛らしいんですもの」
「確かにキラは可愛いんですが…」
「ね、ですから着替えてくださいませ」
「え…あの…」
ラクスはおろかアスランでさえも現状を無視した会話を始めてしまい、その間クルーは呆然としたまま。
おろおろと2人の様子を眺めているストライクのパイロットのあまりにも緊迫感から離れた様子に、クルー達は自分達の緊張が解けていくのを感じていた。
そしてそんな会話をしながら3人が待機室へと姿を消すと、残されたクルーは誰ともなくため息をついたのだった。
- 04.12.23