心を決めたのは、何が原因だったのだろうか。
多分最初に彼女の素性を知ってから、ずっと心の中にあったこと。
それを行動に移すきっかけになったのは、父親を失った少女の叫びかもしれない。
『コーディネイターだからって、本気で戦ってないんでしょ!!』
自分なりに必死で戦ってきた結果が、その一言。
親友と戦うことを強要され、身を守る術を何一つ知らないまま放り込まれた戦乱の中。
それでもできるだけのことをやろうと、みんなを守ろうと文字通り死に物狂いで戦ってきた。
『コーディネイターだから』
その言葉はこれまで何度となくキラを傷つけてきた。
ヘリオポリスにいたときには誰もが気にしなかった人種の違いも、地球軍の戦艦の中とくれば差別の対象でしかない。
偶然搭乗することになった友人たちと違い、れっきとした地球軍の軍人である多くのクルーにとって、16歳の少年である『キラ・ヤマト』は敵であるコーディネイターの1人として認識されていた。
表向きは唯一のMSパイロットとして優遇されているものの、向けられる視線は友好的なものでないことなど一目瞭然だった。
彼らにとって『民間人キラ・ヤマト』は存在しないのだ。
いるのは、ただの『コーディネイター』。
自分たちの敵と同じ生き物。
ただそれだけ。
キラに接する態度とは逆に、純粋なナチュラルである友人達は望まない戦火に巻き込まれた民間人として、クルーの誰からも温かい目を向けられた。
キラが孤立するのは簡単だった。
そんなキラに放たれたフレイの言葉は、キラの中で何か大切なものを壊した。
(アスラン、アスラン…)
呪文のように何度も呼ぶのは、今は敵同士となってしまった幼馴染の名前。
幼い頃から頼りない自分の世話を焼いてくれた。
辛いときはいつだって傍にいてくれた。
離れ離れになってしまったけど、それでも自分が弱みを見せられるのは彼だけなのだ。
(アスラン…)
今、ひどく会いたい。
そして謝りたかった。
彼の手を取らなかったこと。
彼に剣を向けたこと。
救助した民間人を人質に取ってしまったこと。
『トリィ』
無機質な空間を飛びまわるのは、緑色のロボット鳥。
別れの前に手渡された、大切な宝物だ。
『本当に戦争になるなんてことないよ』
あの時のアスランは、そう言ってくれた。
だが戦争は激化するばかりで。
あの頃のように2人一緒にいることはできないのではないか。
このまま戦い続け、そしてどちらかが討たれるしか2人の戦いは終わらないのではないだろうか。
自分がどれだけ忌避しようとも。
地球軍のMSパイロットという立場に置かれた自分には、それから逃げる術はない。
利用できるものは利用する。
彼らのそういう考えは、この数日でよく分かった。
軍人ではない、漂流していた民間人の少女ですら人質にするのだから。
(ラクスさん…)
柔らかな微笑と、天使の歌声を持つ少女。
彼女をこの艦に連れてきてしまったのは自分だった。
そのせいで彼女が危険な目に合うのなら…。
ふらり、とキラはベッドから立ち上がった。
「返さなきゃ…」
自分のせいで人質になってしまった、親友の婚約者を。
「アスランに、返さなきゃ…」
キラはもう一度小さく呟いて、部屋を後にした。
◇◆◇ ◇◆◇
誰にも告げずストライクに乗り込んだ。
傍らにピンクの髪の少女を伴い、ストライクのコックピットから操作してハッチを開くと、クルーの誰かに咎められるよりも早くキラは宇宙へと飛び立った。
通信を入れながら、キラは不安を隠せなかった。
もし、地球軍の作戦と思われたら?
もし、来るのがイージスではなかったら?
乗っているのがアスランでなかったら?
間違いなく、キラは撃たれるだろう。
急いで出てきたため、今のストライクは何の装備もしていない。
戦う術はないに等しい。
キラは自分の膝に座る少女へ視線を移した。
そうなればラクスの身の安全すら保証できなくなる。
「キラ様?」
おっとりと自分を見上げてくる綺麗な瞳。
疑うことを知らない無垢な少女を前に、キラは内心の不安を押し隠して微笑む。
「大丈夫。すぐにアスランが来てくれるから」
アスランの名を呼ぶ際、胸に小さな痛みを伴った。
一目で無理しているとわかるキラの笑顔を前に、ラクスはふんわりと笑った。
「えぇ、そうですわね」
キラの不安がわからないはずはない。
小刻みに震える腕の振動に、腕の中にいるラクスが気付かないはずないのだから。
それでもあえて気付かない振りをしてくれるラクスの優しさが、泣きたくなるほど嬉しかった。
待つこと数分。
キラの予想は外れた。
やってきたのは赤い機体。その後ろに敵機の姿は認められなかった。
キラは詰めていた息を吐き出した。
敵と交渉するなどキラにとっては初めてのことで、どうすれば彼らが自分を信用してくれるかわからなかった。
ただ、ラクスを返したい。
それだけだったのだから。
アスランが応じてくれたことが、キラの不安を消してくれた。
機体のハッチが開いたのを見て、自分たちのハッチも開く。
赤いパイロットスーツに身を包んだのは、確かに幼馴染のもの。
いくらヘルメットで顔がわからないと言っても、自分が彼の姿を見誤ることなどないのだから。
ハッチから押し出した少女の姿が彼の腕に収まるのを見つめていた。
ふわりと抱きとめられるその姿に安堵し、ハッチを閉めようとしたその時―――。
「キラ、お前も一緒に来い!」
懐かしい声が、自分を呼び止めた。
「ア、スラン…?」
「お前が地球軍にいる理由が、どこにある!?」
強い眼差し、差し伸べられた手。
それは、大好きな幼馴染のもの。
ザフトの兵士となっていても、自分と敵対する立場になっていても、婚約者がいると知っても、それでも誰よりも大切な…。
「アスラン…」
まだ遅くないのだろうか?
裏切り者のコーディネイターと呼ばれた自分でも、それでも彼にとっては幼馴染のままなのだろうか?
その手を取りたいと切に願う。
だが…。
キラは何度も頭を振る。
「あの艦には、友達が…」
自分が守れなかったせいで、父親を失った少女がいる。
戦う術すら持たない民間人がいる。
そしてコーディネイターである自分にも分け隔てなく接してくれた、大切な友人たちがいるのだ。
「行けないよ、僕は…」
「キラ、俺はお前と戦いたくないんだ!」
大切なのだ、と瞳が告げていた。
キラの眦に涙が伝う。
それに気付いたのだろうか、アスランの腕の中でラクスがふわりと笑った。
「キラ様、我侭を仰ってもよろしいのですよ?」
「ラ、クス…さん?」
「短い期間でしたけど、お話してキラ様が思慮深いお方だというのは十分にわかりましたわ。ですけど、まずご自分の気持ちに正直になってはいかがでしょう」
「正直に…」
「あなたはアスランと戦いたいのですか?」
キラは頭を振った。
アスランと殺しあう。
それだけは嫌だ。
「アスランと戦いたくなんて、ないよ…」
「でしたら、答えは1つではないのですか?」
優しい声。
ヘリオポリスが崩壊したあの日から、誰が自分にこんなに優しく話しかけてくれただろう。
誰が、自分に歩いていく道を選ばせてくれただろう。
望まないまま同胞と戦わなければならなくなった自分を、誰がこんなに気にかけてくれただろう。
「……の?」
「キラ?」
「一緒に行っても、いいの?」
「…あぁ!!」
「アスラン…!!」
優しく微笑む幼馴染の腕に、キラは飛び込んだ。
自分がいなくなればどうなるか、それは十分にわかっていた。
唯一のMSがいなくなる。
それはアークエンジェルにとっては致命的なもので…。
だが、キラは選んでしまった。
たとえ裏切り者と呼ばれても…。
この手だけは離せなかったのだ。
- 04.12.20