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藍よりも深く プロローグ


ディセンベル市の中心とも言える場所に、それはあった。
人口の海の中にある小さな浮島。
その中央、簡素な橋を渡った先に白い記念碑が立てられたのは、地球・プラント間の戦争が終結してすぐのことだった。
それは、終戦の記念碑と同時に多くの戦死者の魂を鎮める慰霊碑でもあった。
終結から半年あまり。
わずか数年の戦争で生命を落とした人物は、あまりにも多かった。
連綿と刻まれた戦死者の名前。
その一人一人の死を悼み、毎日のように遺族が、そして残された友人が花を手向けにやってくるため、決して小さくないその浮島には花が絶えることはない。



夕刻も近い時間に、一台のエレカが浮島の入口に姿を現した。
日中は人通りの絶えないこの場所も、陽が翳れば自然と人気はなくなる。
無人の駐車場にすべりこむように車を停止させ、降りてきたのはまだ少年と呼ぶ程の若い男性。
赤い軍服に身を包み、その手には一抱えほどもある花束。
藍色の髪が風になびくのを構いもせず、彼は軍人らしい隙のない身のこなしで記念碑へと歩み寄る。
溢れるほどの花束に埋もれた記念碑の前で足を止めると、彼はその上に持参した花束を捧げた。
記念碑には多くの名前が刻まれている。
だが、目的の名前を探すのは簡単だった。
記念碑の先頭、自分の目線にある名前をそっと指でなぞる。
本来ならザフトの戦死者と同列に扱われることのない人物。
それでもその名前が彼らと共に連なる理由は、戦争の終結に大きな貢献をしたということと、敵味方を問わずその死を悼む者があまりにも多かったということ。
そして今、その名はプラントで最も有名な名前となっている。
犠牲者として。
英雄として。
皮肉な現実に、藍色の髪の少年は小さく笑った。
笑った、ように見えた。





   ◇◆◇   ◇◆◇





どれだけ長い間佇んでいたのだろうか。
太陽はすっかり西に傾き、陽は海に沈もうとしていた。
縫いとめられたように動かない少年は、何に思いを馳せているのか。
ただ1つの名前を見つめたまま。
背後に現れた人の気配に気付く様子もなかった。

「何をやっている、アスラン」

声に導かれるようにふと顔を上げた少年は、自分へと歩いてくる青年の姿を認めた。
銀の髪が夕陽に照らされ、鮮やかに輝いている。
すらりとした長身のその人物は、嫌というほどよく知っている相手だった。
プライベートで親しい間柄ではなかったが、頭の上から足先まで黒という全身同じ色という装いは好まないことを知っていた。
だが、目の前の彼は黒い装いに身を包んでいて。
その色が何を表しているかは、アスランには明白だった。

「イザークか」
「ふんっ、腑抜けた顔しやがって」

憎まれ口を叩きながら無造作に持っていた花を捧げる。
一抱えほどもある花束は、すべて白。
それは誰よりも清らかで純粋で、そして儚かった友人へ手向けるに相応しい。
この場所が作られてから、イザークは時間の許す限り頻繁に訪れている。
それを知ったのは、他でもないアスランが頻繁に訪れる度に彼と遭遇していたからだ。
意外にも情の篤い人物だったということを、終戦後になって初めて知った。
戦争中は同じ隊に所属していたというのに、お互い反目してばかりだった。
そのため気付かなかった。
彼がどれほど仲間を大切に思っていたかということを。

(俺は、何を見ていたんだろう…)

記念碑の前で目を伏せるイザークの姿を見ながら、アスランはそんなことを思う。
ふと視線に気付いたのか、イザークが視線だけをアスランに向ける。

「感傷にでも浸ってるのか」
「まさか」

イザークの問いに、アスランは小さく首を振る。
その答えが最初からわかっていたのか、イザークはわずかに蒼瞳を細める。

「そうだろうな。貴様にその資格はない」
「……」
「わかっているんだろう?」

アスランに向けられた視線は明らかに彼を責めるもので。

「貴様が、『キラ』を殺したんだ」

告げられた言葉は、今もって消えない後悔と憎悪を含んでいた。
アスランはわずかに視線を落とす。
それは他の誰も告げることはない、彼だけが突きつけてくる現実。
イザーク以外の誰もが、その事実に触れようとしない。
目の前で大切な存在を失った彼を労るように、哀れむように。
その死の理由をすり替えた。

名誉ある戦死。
彼らはキラの死をそう呼んだ。
だがアスランは知っていた。
キラの死は、紛れもなく自分のせいなのだと。

「…あぁ、わかってるよ」

キラの死の真相を忘れさせないイザークの言葉が、今はありがたかった。
誰もがアスランに忘れさせようとする。
大切な親友を失ったということを。
だが、アスランは忘れるつもりはなかった。
今もなお胸を抉る痛みとともに。

「キラを殺したのは、俺だ…」

傷口を鋭利な刃物で抉られるような痛みを感じ、アスランは口元をわずかに歪めた。
風がアスランの藍色の髪を撫でる。
アスランはもう一度手を伸ばす。
記念碑に刻まれた、唯一の存在を示す名。

『KIRA YAMATO』

その名前に愛しそうに触れると、アスランは無言で踵を返した。


  • 04.12.19