静寂に包まれた森に突如開いた通路。
淡い靄に包まれたそれをくぐれば、目の前に開けたのは広大な空間だった。
外界とは隔絶された場所なのだろう、上空からは既に太陽が消えているにも関わらずその場所は何故か柔らかい光に包まれていた。
それが陽光ではなく、周囲に飛来する小さな球体が原因なのだと気付くのにそう時間はかからなかった。
ふわりふわりと漂っている、手のひらに乗るほどの小さな球体。
不規則に目の前を横切っていくそれは、どうやら小妖精なのだろう。
突然の来訪者が気にかかるらしく、興味深そうに周囲を漂っては時折イザークやラクスの髪をひっぱる。
そんな様子にいつもの笑みを浮かべて彼らのしたいようにさせているラクスと対照的に、イザークの渋面はますますひどくなってくる。
邪険に払えばその数は更に増し、周囲にくすくすと笑い声が響いてくる。
いたずら好きの小妖精にむきになって抵抗すれば余計ひどくなるだけだとわかっているのだが、本来他者との関わりを極端に嫌うイザークだから、そんな小妖精の性質をわかっていても尚無関心を装うことができないのだろう。
「邪魔だ!」
とうとう我慢できなくなったイザークがそう告げるとともにゆらりと力の波動を見せれば、それなりに気がすんだ小妖精達は嬌声を上げながら現れた時と同様にふわふわと飛んで行ってしまう。
「あらあら、可愛らしかったのに」
おっとりとそう告げるラクスは、どうやら小妖精達を気に入ったらしい。
眼前にふわふわと漂う発光体を手のひらに受け止めて楽しそうだ。
そんな無数に飛来する発光体が映し出すのが、湖の中心にある宮殿で、一切の不浄を嫌う精霊王の住処に相応しく、それは一点の染みすらない純白の建物だ。
自分達が幼い頃住んでいた宮殿も、そして新たに建立した住処ですら足元に及ばない。
水面に浮かぶ橋を渡り大きな扉をくぐれば、目の前に広がるのはやはり先ほどと同様の静謐な空間で、その――どこか他者を拒むほどの潔癖さに居心地の悪さを感じてしまうのは、自分達が精霊族ではないからだろうか。
それとも、これまで多くの生命を奪った罪悪感のせいか。
「こっちよ」
ミリアリアが案内するまま通されたのは、おそらくは謁見の間なのだろう。
室内には数人の男女の姿、そして彼らを見定めるように上座に座しているのは、この状況を考えれば精霊王その人。
その顔ぶれの中に、アスランはかつて見た栗色の髪の女性の姿を見つけた。
そして女性の隣に立つ男性もまた、かつて見たことのある金髪の男性がいた。
純白のドレスに身を包んでいてもなお十分に窺えるほどの見事な肢体、そして以前見た時と同様の柔らかい笑顔を浮かべた女性は、アスランの姿を認めてふわりと微笑んだ。
やはり自分の勘は正しかったのだ、とアスランは内心で確信をする。
あの事件の際、キラを連れ去ったこの2人。
アスランと種を異なる、アスランよりも自然の力を宿していたと感じた2人。
精霊族だと問うた時に向けられた微笑はやはり肯定を示していたわけで、今この状況に控えているという以上、それなりの力を持つ精霊であることは間違いない。
「よく来た、闇の子よ」
低く、だがよく通る声が決して狭くない謁見の間に響いた。
重厚で強い意思のこもった声に顔を上げれば、思わず驚愕に目を瞠る。
「な……っ」
「う、そ…だろ…」
「そんな…」
礼を取ることも忘れ思わずそう口から漏れてしまったのは、精霊王の顔を見れば無理もないことで。
艶やかな長い髪は、闇よりもなお暗い漆黒。
アスラン達を見据える瞳は、まるで夜の闇の中で輝くように綺麗な紫水晶。
彼らが愛した少女と同じ色彩を瞳に宿す精霊王の顔立ちは、男女の差こそあれどまるでキラに瓜二つで、それが偶然とは思えないものの彼が故意にキラの姿を模したとも考えられず、アスラン達は信じられないというようにまじまじとその顔を仰ぎ見る。
キラが生まれたその日、精霊王は自らキラのもとへ訪れた。
当時列席していた者ならば当然知っているべきことではあったが、生憎アスランはキラよりも数ヶ月年下であり、年上のディアッカもイザークも当時は幼すぎてその場に立ち会ってはいなかった。
だから彼らは知らなかった。
精霊王――カナード・パルスの姿を。
そして、何故彼がキラを選んだかという理由を。
そんな彼らの驚愕を面白そうに眺めているカナードは、その視線をアスランへと定める。
「お前がザラ家の後継者か」
品定めをするような視線に気付いて気を取り直すものの、自身が愛した少女と同じ顔立ちの男性を見るのは何とも奇妙な感じがして、思わず返事を見失ってしまう。
カナードに気を悪くした様子は見られないものの、自然界の頂点に座する精霊王に対してたかがヴァンパイアが叩頭もせずに立ち尽くしているのは、本来のアスランならば考えられないほどの無礼だ。
それほどキラと酷似している彼の姿に驚いていたということでもあり、また突然の事態に自分の中で様々なことへの対処ができていなかったことでもある。
慌てて膝を折ろうとすれば彼から制止の声がかかり、結果としてアスランはどこか居心地が悪そうに佇んだままだ。
「3年とは…随分と時間がかかったものだ」
キラを失ってから3年。
本来ならもっと早くに探せたはずだと言外に言われて、アスランの顔に苦渋の色が浮かぶ。
喪失の痛手から立ち直れなかった1年。
その後方々を探したものの思わしい成果を得ることができず、その空虚を埋めるかのように報復を決意したのは、それから1年と半年が経過してから。
恋しいと、彼女がいなければ生きている意味などないと言っておきながら、結局アスランが辿った道はハンターへの報復のみ。
ラクスに指摘されようやく気付くことができたほどに、我を忘れていた3年間だった。
後悔しても遅いとは重々分っているものの、それでも当時の自身に対する憤りは消えない。
何度となく説得してくれたラクスの言葉すら耳に入らず、一体何人の生命をこの手で散らしたことだろう。
哀しみを怒りにすり替え、唯一の存在を求めるために多くの生命を奪った。
今思えばどれほど愚かな行為かわかっている。
だが、身の内から湧き上がってくる怒りを抑える術がなかったのだ。
そんな愚かな自分にぎりりと唇をかみ締めれば何か感じ取るものがあったのだろう、精霊王の瞳がわずかに和らいだ。
「まあ今更言っても詮無きこと。そのことについて咎めるつもりはない」
起こってしまったことは消し去ることのできない事実だと、そう告げる瞳は先ほどよりは柔らかくなったものの、何かを含んでいるように感じられて。
続くカナードの言葉で、それが錯覚ではないことが証明された。
「だが――、少し遅かったようだ。アスラン・ザラ。キラの伴侶となるべき少年よ」
ざわり、と嫌なものが足元を這い登ってくるような――予感。
目の前にある懐かしい紫水晶が、どこか痛ましさを持っているように思えるからこそ、次の言葉を聞きたくなかった。
だが、耳を塞ぐことはできなくて。
心の準備が整わないまま、アスランはカナードの言葉を聞く。
「其方が知る『キラ・ヤマト』は、もう存在しない」
精霊王の言葉が、まるで死刑宣告のようにアスランには聞こえた。
- 06.05.21