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Cry for the moon 12


少女は唐突に眠りから醒めた。
寝つきのよい少女にしては珍しく、自身でも信じられないというように寝台の中で不思議そうに瞬きをする。
窓から差し込むのは月の光。
満月にはあと1晩ほど必要であろうそれは、だが十分の明るさで外界を照らしていた。
怖いくらいに綺麗な月の姿に、少女はカーテンを閉め忘れていたことに今更ながら気が付いた。
一瞬考えて、少女は寝台から起き上がる。
カーテンを閉めるためではなく、その外に見えるバルコニーへと移動するため。
銀色に輝く姿を見るのは好きだ。
勿論昼間の明るい世界も綺麗だと思うが、どこか幻想的な雰囲気を見せる夜の世界もまた、少女の心を躍らせるものではあった。
だが、今はその姿を見ても心は安らぐどころか、却って物悲しくなる。


(何故――)

鮮やかな紫の瞳を細めて、少女は月を仰ぐ。
届かない何かを求めるように――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





鬱蒼と生い茂る森の中は、予想外に光溢れる世界だった。
上空を覆い隠すように高く伸びた木々の枝の隙間から差し込む木漏れ日、それを受けて反射する水面の輝き。
外から窺っただけでは想像もつかないほどの様子に、ラクスは思わず感嘆のため息をもらした。
暗鬱とした、人が踏み入ることのない魔の森。
人間達がそう呼び頑なに侵入を拒んでいた森は、だが実際に足を踏み入れてしまえば魔の森どころか精霊達の住まう神秘の森だった。
幾重にも張られた結界によって人間の侵入を阻み、そして闇を恐れる人間の心理を利用して外からは一条の光すら差し込まない不気味さを漂わせているものの、何よりも清浄を好む精霊が住処と決めたこの森は、地上のどこよりも清浄で神聖な場所なのだ。
その、精霊の森に5つの人影があった。
人間の侵入できないこの場所に足を踏み入れることができる彼らは、当然のことながら人間ではない。

「本当にここで間違いないんだな」
「あぁ」

信用していないわけではないが、何度目かわからない問いかけを投げかけるイザークに、何度目になるかわからない同じ返答を返すのは、先日過去から戻ってきたアスラン・ザラだ。

「間違いない。俺がこの目で確かめたんだ」

長い間探し続けていた大切な少女。
キラ・ヤマトの行方をようやく掴んだのは、つい先日のこと。
想像以上に体力を消耗していたラクスの回復を待って捜索にやってきたものの、森に入ってから一向に変わる気配のない風景に気の短いイザークの形のいい眉は不機嫌そうに顰められたままだ。
だがアスランに確信を持って頷かれてしまえば、イザークは不服ながらも反論することなく歩みを進めていく。
どれほど気持ちが逸っても、結局イザーク一人の力ではあの少女を見つけ出すことは不可能なのだ。

アスランがようやく掴んだキラの行方。
精霊王の下で保護されているだろうという言葉に疑いを抱かなかったのは、彼女の特殊な生まれによるもので、どれほど探しても一向に足取りすら掴めなかった理由がようやく明らかになったときには安堵の声を漏らしたものだ。
闇の一族――人間の間では魔物と呼ばれることも多い彼らは、決して無能ではない。
その中でも五指に入るほどの実力者である彼らが散々手を尽くしても生死すらわからないということは、彼ら以上の存在によって隠匿されていると考えるほうが妥当だった。
特にキラは精霊王自らが忠誠を誓ったほどの稀有の存在。
すべての種族の中でも秀でた存在である精霊王がみすみす彼女を人間に殺させるはずがなかった。
失念していたといえばそれまでだが、元来精霊は他の種族への干渉を嫌うため、彼らが率先して救助に向かったとは、あの当時では考えられなかったのだ。
それは何もイザークに限ったことではなく、アスランや他の仲間も同様のことだった。
ヴァンパイアとしての能力を一切持たなかったキラ。
おっとりとした彼女は自身の身を守る術を何一つ持っておらず、そんなキラを助けるのは幼馴染であるアスランやイザークの役目だったから、他の人物が彼女を助けるという選択肢を考えなかったのだ。

幸運な誤算だった。
精霊王が動いた以上、彼らの中でキラの生存は揺るぎないものとなっている。
だから彼らは進むのだ。

目の前に見えているだろう、幸運な未来を手にするために。


  • 06.04.17