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Cry for the moon 09


時間はゆっくりと、だが確実に経過していく。
幼かったキラは次第に輝くほどの美しさを身に纏うようになり、同じようにアスランやイザーク達も少年ながらも大人をも圧倒するほどの能力を身につけていった。
イザークは氷、ディアッカは炎、アスランは風の精霊と誓約を結び、ラクスとニコルは自ら奏でる音色を持って他者を支配する能力が目覚めた。
多くの子供達がそれぞれ自身に見合う異能を操るようになり、いつの頃からか空を飛翔することも大気に同化することも呼吸と同じように自然に行えるようになり、吸血の欲求を覚えるようになったのもこの頃からだ。
無闇に人間と接触を持つことも諍いを起こすことも禁じられていたが、ヴァンパイアとしての本能を抑えることはさすがに不可能で、喉の渇きを覚えた子供達が結界の森を抜け出して狩りを行い始めた12の年。

それでもキラにだけはどんな異能も目覚める気配はなくて、自分一人が異質だと嘆いていたキラの姿がひどく哀れだった。
勿論その悩みを人前で見せるようなキラではなかったから、アスランが気付いたのは元気のないキラの様子を伺いに行った際に、一人声を殺して泣いているキラの姿を発見したからだ。
確かにキラにはヴァンパイアとしての能力はなかった。
愛らしい口元にはアスランのように尖った犬歯は見つからず、吸血の欲求もない。
だが、それでもキラが次代の長だということを誰一人として疑っていなかった。
濡れたような紫水晶の瞳は、一族でも最高峰の存在。
ましてや現当主である父親よりも見事な輝きは、彼ら一族のみならず自然界に住む多くの生物すら魅了するほどの美しさ。
生を受けたその日に精霊王の誓約を受けたキラは、自身では何一つ能力を持たないものの、実際は四精霊にその身を守られている稀有の存在なのだ。
矜持の高い精霊王が自ら膝を折った人物は、長い歴史の中でもおそらくキラだけだろう。

だから疑っていなかった。
キラの身に危険など起こるはずはないのだと。
何があってもキラだけは確実に守られているのだと。



 それが、過信に過ぎなかったことは、すぐに証明されてしまった――。





   ◇◆◇   ◇◆◇





刻一刻と時間が迫るたび、アスランに焦りと憤りが生まれていく。
ゆっくりと流れる時間の中、睦まじく語らう幼い恋人同士の姿。

アスランが迎えた13回目の誕生日。
それは間違いなく、アスランの人生において最良の1日だった。
キラの伴侶として、アスラン・ザラを認める。
祝賀の言葉と共に告げられたのは、アスランが幼いころから渇望していた一言だった。

幼い頃からいずれは結婚すると聞かされていたものの、正式に決定するまではキラに近寄るすべての男性に対して敵愾心を向けてしまうほどに、アスランの中でキラという存在は大きかった。
そんなキラから想いを返されそして長からも正式にキラの伴侶となる資格を得た今、アスランは幸せの絶頂にいた。

『何があってもキラは僕が守るよ』

幼い頃から暗黙の了解だったが、今回ようやく正式に婚約を認められ、アスランがキラの手を取り熱く告げると、返ってきたのは嬉しそうな笑顔と信頼に満ちた眼差しで。

『うん、僕もアスランを守るから』

誰よりも美しく成長していながら、だが口調だけはどうしても少年のようで。
だがそれでもキラの美しさを損なうものではなく、むしろそんな無邪気な様子が更に愛らしさを増しているように感じるのは、おそらく惚れた欲目だけではないはずだ。

さらさらと風になびく亜麻色の髪は絹糸のような手触りで、アスランはこの感触が大好きだった。
慈しむように撫でると、目の前の紫水晶の瞳が嬉しそうにふんわりと細められた。
吸い寄せられるように交わした口付けに、恥らうようにそっと視線を伏せるその仕草。
そんな――幼いころから何度も交わしているのに一向に慣れる様子のない無垢さに、アスランの眼差しが眇められる。
大好きで大好きで、言葉にすることなどできない大切な存在。
キラとの未来を信じ、これから先に起こる事件など予測もしていなかった13歳のアスラン。

そんな自分を前に、16歳のアスランは懐かしさに目を細める。
手にしていた最高の幸福。
今、それはアスランの元にはない。

失うのはほんの一瞬。
この幸せな夜から、わずか2日後のことだった。


  • 06.02.12