光の洪水の中に放り出されたアスラン・ザラは、強い光を浮かべた青い瞳を思い出して小さくため息をついた。
自分が落とされた場所が時空の狭間だということは、めまぐるしく変化する周囲の景色を見れば容易に推測できる。
一歩間違えば見知らぬ次元に落とされてしまうであろうアスランを守っているのは、アスランを包む白色の光。
ヴァンパイアの中でも屈指の実力を誇るアスランではあったが、一族の中で最も魔力が高いのは彼ではない。
春の陽だまりのように穏やかで優しい歌姫。
だが、その魔力はアスランでさえ遠く及ばない。
一族の秘中の術と呼ばれ、ここ数百年操る者のなかった転移術。
空間を移動するだけならば容易なそれではあるが、時間を移動するとなると単なる転移術とは比較にならないほどの魔力を消耗する。
それを行使できるのは、一族最高の魔力を持つラクスだけで。
当然のことながらそれを回避する術をアスランは持たない。
「本気で怒らせた、か……」
彼女が本気で怒ったのは、これで二度目だ。
一度目は幼い頃、子供特有の独占欲のせいでキラを泣かせてしまった時。
大粒の涙をぽろぽろとこぼすキラを優しく慰めながら、その清冽な視線はアスランから離れることはなかった。
あの時の冷ややかな怒りを忘れたわけではなかったが、年月を経て向けられた攻撃にまたもアスランは手も足も出せなかった。
アスランは再びため息をつく。
先程の激情は今は治まり、冷静になった頭脳で己の所業を省みると、確かにラクスの怒りを買っても無理はないだろうと思う。
人間と闇の一族が争うことを最も憂えていたのはキラだった。
彼らを滅ぼしたところで、キラの行方を掴めるはずもない。
それを知りながら、それでも尚行動を止めることができなかったのは、自身にとってそれだけキラが大きな存在であったから。
何一つ掴めないキラの行方が、手がかりの一つでも見つけられるかもしれないと思ったからだ。
ラクスに責められるまで、それがどれほど危険なことか思いつかなかったほどに、今の自分は――自分達は精神的に追いつめられていたのだろう。
(では、どうすればよかったんだ…)
あの頃の自分達は幼すぎて、何も守ることはできなかった。
失ったものをどうやって取り戻せばいいのか、知る術はなかった。
ただ嘆き、哀しみ、失望し、絶望を憎悪に摩り替える以外に方法がなかったのだ。
「それ以外に何があったというんだ…」
闇の世界に住む彼らにとって、キラこそが光。
彼女の存在こそが、彼らの守るべき未来だったのだ。
光を失った今、彼らの進む先には闇しかない――。
「キラ…」
愛しい愛しい、唯1人の恋人。
その名を紡ぐことしか、アスランにはできなかった。
◇◆◇ ◇◆◇
唐突にアスランを包んでいた白色の光が霧散した。
足場を失ったアスランは外界へと放り出され、めまぐるしく変動していく景色の中でアスランは次元の渦に投げ出されるのを覚悟した。
だが予想に反してアスランが投げ出されたと同時に外界の景色は変動を止めた。
ラクスが定めた次元へと移動が終了したのだと悟ったアスランがふわりと着地すると、光が拡散した先にあったのは懐かしく見慣れた景色だった。
アスランはかすかに瞠目する。
「ここは…」
広大な森の奥に作られた完全なる左右対称の庭園。
その中心にあるのは古代神話の神々を模して作られた大きな噴水。
常に清水を湛えていたその噴水の先にあるのは、一族の繁栄を象徴するかのような白亜の宮殿。
美しき泉――そう讃えられた宮殿に劣らないほどの優美な姿は、一族全ての誇りであり自慢でもあった。
アスランもラクスもキラも、この宮殿で生まれ育った。
勉強が嫌だと逃げてきたキラと共に抜け出した子供部屋の窓。
元気が過ぎたディアッカとイザークが転がり落ちた階段。
ニコルがピアノを奏でラクスがその美声を惜しみなく披露したホール。
そして時間が過ぎるのも気にならないほどに走り回った庭園や周囲の森。
人間の間で魔の森と呼ばれていた森は、だが闇の一族にとっては何よりも変え難い結界の役割を果たしていた。
そんな森は子供達にとっては格好の遊び場で、とりわけキラはこの森に住む動物達と遊ぶのが大好きで、野鹿の背に乗ったまま奥深くまで迷い込んで、戻ってこれなくなったことも一度や二度ではない。
今は失ってしまったその懐かしい景色を前に、アスランの胸がずきりと痛む。
目の前にあるのは過去の残影に過ぎない。
それがわかっていてもなお、こみあげてくる感情はどう抑えたらよいのか、アスランにはわからなかった。
思い出にするには鮮やかで、忘れてしまうにはあまりにもこの場所には愛着がありすぎた。
どの場所にも忘れられないほどの思い出が溢れている。
噴水を飾る薄衣に身を包んだ女神の腕の間から、今にも幼いキラが顔を覗かせそうだ。
わずか三年――いや、正確にはたった一晩。
それだけで目の前のすべてが失われたのだと思えば、怒りが再びこみ上げてくるのを抑えることができない。
憎しみを押し殺すように右手をきつく握り締めたその背後、かすかな気配に気付いて振り向けば――。
大きな扉から現れた小さな身体が視界に飛び込んできた。
「キラ……!?」
銀髪の幼い少年に手を引かれるまま笑顔で宮殿から現れた少女は、愛しくて片時も忘れたことのない恋人の幼い姿だった。
- 06.01.04