最近の社交界で話題になっていることが2つある。
1つは、ここ数ヶ月の間にたて続けに起きている有力貴族の変死事件。
事故死、病死、他殺と原因は様々だが、一貫して共通する事項があった。
彼らはみな20代〜30代前半の男性であるということ。
そして、ここ数年で急速に財力を伸ばしてきた一族の出身であることだった。
血統がすべてのこの国で、数代しか血の続いていない――俗に言う成り上がりの一族の中で誰が亡くなろうが、高貴な血統を誇る貴族には大した事件にならないものだが、その数が二桁に迫ろうとした時から、彼らの関心は一気に動いた。
事件が起こるのは、月の満ちる夜。
月が満ちていくにつれて強まっていく警戒の色は、優雅な社交の場において一種興醒めの様子を呈しているが、だが何よりも大切なのは名誉よりも生命であることは当然である。
身に覚えがあるかと聞かれれば、そんなものはないと即座に答えるものの、彼らの顔色は一様に蒼白で、何かの恐怖を抱えていることは誰の目から見ても明らかだ。
いつしか彼らは満月が近くなるとパーティーを自粛し、自宅にてひっそりと夜を過ごして朝が来るのを待つようになった。
だが、そうしていながらも、日が経つにつれて確実に犠牲者は増えていった。
何かの呪いではないか、という言葉がまことしやかに囁かれ始めたのは、13人目の犠牲者が出た頃からだった。
犠牲になったのは、20代後半の男爵。
勇猛果敢を絵に描いたような彼は、剣の腕ならおそらくは国一番ではないかと噂されるほどの人物で、その実力を買われ近衛隊隊長に任ぜられるほどの腕前だった。
その彼が、下町の路地で死体となって発見された。
正面から剣で一突きされていた彼の顔は驚愕に醜く歪んでおり、生前の精悍さは微塵も感じなかった。
腰に佩いていた剣は鞘に収められたまま。
国王から拝領した豪華な細工の剣には触れた気配すらなかった。
「あの方が何も抵抗できなかったなんて…」
「そんな実力者がこの国にいるとは思えん。犯人は一体何者なんだ?」
「早く捕らえてもらわないと怖くて夜も歩けませんわ」
「なあに、どうせ犠牲になるのは俄か貴族どもだ。我々高貴な血筋の者には関係ありませんよ」
「本当に」
他人の不幸を極上のワインとともに飲み干しながら、彼らは笑う。
本来貴族とは血族意識が高いもので、また何事にも動じない精神を身につけていることが彼らの特徴だ。
優しい顔で同情をしながらも、その実は身辺で起きている不可思議な事件をも、日々の退屈を紛らわせる刺激剤の1つとして楽しんでいる傾向がある。
それを咎めるものは存在しない。
何故なら、それが貴族としての誇りであり、彼らが貴族である所以なのだから――。
殺伐とした話題を優雅な談笑と変えていた貴婦人の1人が、ホールに響いたピアノの音に耳を止めた。
先程まで奏でていた楽団はいつのまに退場したのだろう。
数十人に及ぶ楽団員は静かに退出を済ませ、変わって広大なホールに置かれていたのは一台のピアノ。
純白にほんの少しだけ蜜を垂らしたような淡いアイボリーのピアノは、この屋敷の主人が先日特注したと噂の高級品だ。
たった一音だけでも、それまでに知るものとは格段に音が違う。
音楽に憧憬の深い貴婦人は、思わずその楽器が奏でる和音に心を馳せ、そしてそのピアノの前に佇んでいる1人の少年の姿を目に映した。
若草色の髪の、まだあどけない少年。
きっちりと着込まれた燕尾服は、少女のように可愛らしい少年に不思議と似合っていて。
繊細な指先が鍵盤の上を流れるように動き、そこから奏でられる音に周囲からざわめきが消えていく。
うっとりと目を閉じてピアノを奏でる少年の、その薄い肩に白い手が乗せられたのは、大時計の針が宵の刻を示した時。。
いつの間に現れたのか、少年の隣に立っていたのは薄桃色の髪の少女だった。
どこか浮世離れして見える穏やかな笑顔と、まるで妖精のように綺麗なその姿に、貴族達の目が吸い寄せられるように少女へと注がれる。
ホールで存在を主張するピアノと同色の、乳白色のドレス。
外国製のレースが惜しげもなく使用されたドレスは、だがそのデザインが非常にシンプルなために、豪奢なドレスに身を包んでいる貴婦人に比べたらむしろ質素に見えなくもない。
だが彼女の持つ柔らかな雰囲気にそのドレスはひどく似合っているし、何よりも宝石で飾り立てなくても、彼女自身が持つ他人を惹きつけてやまないほどの魅力が、そのシンプルなデザインによって最大限に引き出されている。
「皆様、本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
少女はふわりと笑みを浮かべる。
「今宵のひと時が、皆様にとって素晴らしいものになりますよう」
そう言って優雅に一礼する少女の名は、ラクス・クライン。
半年前に社交界に現れ、その美貌と天使の歌声を持って一躍社交界の話題を攫った歌姫であった。
- 05.10.14