キラは自由で奔放で、そしてとても仲間想いだ。
それは褒められる要素であり決して彼女の魅力を損なうものではないが、時と場合によってそれは周囲を大混乱に陥らせることがある。
それでも誰も彼女を止めることができないのは惚れた欲目と言ってしまえばそれまでだが、そもそも長であるキラに臣下である彼らの誰が指図などできようか。
伴侶であるアスランですら何も言えないのだ。
むしろアスランはキラの我儘を率先して叶えようとしてしまうところがあり、彼女の抑止力足り得る存在とは決して相応しくない。
しかもアスランどころか彼女の側近である五大公の誰もがキラをこれでもかと甘やかす。
それはもうこれでもかというほどに。
初めて見た時は驚いたけれど、彼女が喜ぶ姿を見るだけで幸せな気分になれるのだから後からやってきたシンもルナマリアもキラに対しては激甘な自覚はあった。
キラを甘やかしキラに甘やかされ、そんな日々を送るのは凄く充実した日々だった。
だが、ルナマリアは1つだけ失念していたのだ。
それはキラが一度決めたことはどんな時であれどんな状況であれ貫き通す信念を持っていたということ。
長としての自覚だろうか、キラは自分の大切な人達が傷つくことを何よりも嫌う。
幼い過去に自身が無力故に守りきることができず彼らと離れ離れになってしまった期間があったからだろう、彼女は自分の見えない所で彼らが戦うことを何よりも憂えていた。
勿論傍にいたところで異能の力を持たないキラが戦力になるはずもなく、キラを溺愛する彼らが彼女に戦場を見せるつもりがないのは重々承知なのだが、それでも自分だけが蚊帳の外に置いていかれることを極端に嫌うのだ。
そのわりにはシンやルナマリアが連れてこられた時の戦闘に関しては何一つ文句を言っていなかったような気がするのだが、気にすると悲しくなるのでやめた。
キラに、案じる必要なしと思われる程度の敵だったと思われていたのは何となく哀しかったので。
尤もあの後でアスラン及びイザークがぷんすかと怒ってしまったキラを宥めるのに多大な努力をしていたことをルナマリアは知らないのだが。
とにかく、キラは仲間が傷つくことが嫌いだ。
そして何もできないのならせめて彼らが怪我をしないように見守ろうと心に決めていることを、残念ながら付き合いの短いルナマリアはまだ知らなかった。
そうして起きてしまった結果と言えば――。
「……………キラ、様?」
広い室内のどこを見回してもキラの姿が見えないのだ。
先程までどうにかして外に出ようと扉や窓に悪戦苦闘していたキラの姿が忽然と消えてしまった。
目を離したのはほんの僅か。
飲み物が欲しいというキラの頼みでレモネードを作るために厨房へ移動していた僅かな時間だけだ。
時間にしてほんの10分弱。
メイリンもいるから大丈夫だろうと高をくくったのがいけなかった。
絞りたてのレモンと蜂蜜で作ったレモネードを手に戻ってきた時に室内にいたのは、イザークがキラの無聊を宥めるために購入してきた恋愛小説を熱心に読み耽る妹の姿。
そこに愛すべき長の姿はどこにもなかった。
扉も窓もしっかり閉まっている。それなのに何故。
ルナマリアは知らない。
ラクスの施した術を解除できる使い魔がこの邸には多数存在することを。
そうして歌姫の使い魔であるそれをキラが自由に扱えることを。
事情を知らないルナマリアが脱力したように床にしゃがみこんだ。
「どうしよう…怒られる。絶対怒られる…いや、殺される。ラクス様に」
ふわふわとした砂糖菓子のような少女が、この邸で誰よりも怖い存在であることは脳内に刻み付けられている。
ルナマリアは泣きそうになりながら窓の外を仰ぎ見た。
「キラ様の馬鹿ぁ……」
恨めしげに呟いてしまったのは当然と言えよう。
◇◆◇ ◇◆◇
その頃キラはといえば、悠々と廊下を散歩していたハロの力を借りて部屋を脱出してロビーへと向かっている最中だった。
キラに異能はない。
だがキラには頼れる友達がいた。
ハロとトリィだ。
どちらも彼女の使い魔ではない。
ハロはラクスの、トリィはアスランの使い魔だが、何故だかどちらもキラにはとても懐いてくれていて、こうしてキラの望みを叶えてくれるのだ。
ハロは愛らしい外見に反してかなりの戦闘力を持っているために、万が一の警備として邸内に残していたのだろう。
そんなハロの得意技は体当たりと封印の解除。
どれほど強力な魔力を施された封印であっても一瞬で解除することができるのだ。
勿論キラはそれを知っている。
だからこそ扉越しにハロがやってきたことを知ったキラはハロに扉を開けてもらうように頼んだのだから。
だがルナマリアは知らない。
メイリンも同様だ。
彼女はこの邸にやってきて日も浅いし、ハロと交流を持つこともほとんどなかったから当然だ。
今頃慌てているだろう2人に心の中で謝罪をしておいて、キラはトリィが示す方向へと歩いていた。
「ラクスがいるのはそっちなの?」
『トリィ!』
鳥なのに夜目も効くアスランの使い魔は、人を探すことにかけてはどの使い魔よりも優れている。
そんなトリィの能力に頼りながらキラは足を進めていく。
広すぎる邸は正面玄関以外にもいくつか入口はある。
敵が真正面から攻めてくるとは思わなかったキラはてっきり裏口にでも案内されるかと思ったのだが、予想に反してトリィは正面玄関へと飛んでいく。
堂々と正面からやってきたのか、それとも敵に見つからないために敢えて少し離れた場所を選んだのかはわからないが、トリィに任せておけば安心だという確信がキラにはあるので不安を抱くことはない。
上空を旋回するトリィと足元で元気に跳ねまわるハロ。
そんなほのぼのとした2匹を連れたまま正面玄関にやってくれば、やはりそちらもしっかりと鍵がされていた。
ご丁寧に先程のものよりも頑丈な奴だ。
中に侵入するのを防ぐというよりも外に出ないためのものなのは明白で、あまりにも自分の行動を読んだ行為に形の良い眉が僅かに顰められた。
「ラクス…、ううん、アスランの仕業だ。絶対そうだ」
正解は五大公プラスシンによる6人がかりのものだが、流石にそこまでされるとは思っていないキラは気づかない。
「でも、大丈夫だもん。ねぇ、ハロ」
『ハロハロ、任セロ』
「さっすが、ハロ。頼もしい」
にっこりと笑ったキラに頭を撫でられたハロは心なしか誇らしげだ。
丸い身体を元気に跳ねさせながら扉の前まで進むと、球体が淡く発光しカチリという音と共に両開きの扉が重い音を立ててゆっくりと開いた。
そうして開いた扉から外を窺ったキラの目に飛び込んできたのは、ラクスに良く似た少女が炎に巻かれている姿であった。
「え……?」
熱さを感じないのだろうか、大きな瞳から涙を流した少女は自身の身を焼く炎に一切構わずにその視線を目の前に立つ2人へと向けていた。
「みんな、みんな、消えてしまえばいいんだわ」
呪詛のような言葉にキラは目を見開いた。
この言葉は聞いたことがある。
発した相手は少女ではなく壮年の男性だったが、この世の全てに絶望した声はキラにとって初めて聞くものではなかった。
(クルーゼ、小父様……)
5年前の謀叛。
首謀者はキラが幼い頃から懐いていた相手だった。
優しく大きな人だったのを覚えている。
どことなく排他的だったけれど闇の一族にはそういう人が多かったから気にしなかったし、何よりもキラに対してだけはとても優しかった。
そんな彼がどうして謀叛を起こしたのか知らない。
アスランやラクスならば知っているかもしれないが、キラが教えてもらったことはない。
ただ、「彼は生きていくことに絶望した」とだけ教えられた。
そう告げたアスランが哀しそうに見えたのでそれ以上聞くことができなかったのだ。
そんな彼と同じ台詞を呟いた少女は、一体何に絶望したのだろうか。
「駄目だよ……」
思わず、そう呟いたいた。
- 12.07.23