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Moon Child 25


女の戦いというには多少の語弊があるが、ミーアとラクスが対峙してからどれほどの時が経ったか。
全力で挑むミーアとのらりくらりとかわし続けるラクスという図式が崩れたのは、小さな音と共に地中に亀裂が走ったのが切欠だった。

「?!」

地面が抉れるような攻撃はお互いに行っていない。
ミーアはあくまでもラクス個人に対してだけ攻撃してきたし、ラクスはミーアに攻撃を加えてはいない。
では何故と亀裂へと視線を向けたミーアは、いつの間にか自分の左足に蔦が絡まっているのに気づいて顔色を変えた。
自然に絡まるようなものではない。では何故…。

一瞬の躊躇がミーアの動きを制限し、そしてそれはほんの僅かな隙ですら見逃さなかった。

「………きゃあっ!」

四方から飛んできた蔦がミーアの四肢を絡め取った。
跳躍して逃げようとした身体は細い緑の腕によって引き戻され、ミーアは地面に打ち付けられた。
倒れた身体はそのまま地面に縫い止められてしまった。
一瞬のことでミーアは何が起きたかわからない。
ラクスは何もしていない。
アスランもイザークも、ラクスを護ると言われている五大公は全員この場を離れているというのに。

(五大公――)

ミーアが知る五大公は4人。
うち1人は目の前のラクスで、もう1人は彼女の婚約者と言われているアスラン・ザラ。
残る2人をミーアは見たことないけれど、金の髪と銀の髪をした青年だと聞いている。
では残る1人は――。

「ようやく戻ったのですね」

ラクスがそう告げれば、彼女の前――ミーアからラクスを護る位置に小柄な姿がふわりと降り立った。
若草色の髪、少女のような愛らしい顔立ち。
青年というよりは少年と言った方が近い姿は、もしかしたらシンよりも小柄かもしれない。
だがその身に宿る力の波動はミーアから見ても驚異的なもので、目の前の少年が単なる護衛でないことが窺える。
少年はミーアの存在など意にも介さず、背後のラクスへと振り返った。

「あまり無茶をしないでくださいと言っておいたじゃないですか」
「だって私に会いにいらしてくれたんですもの。無碍にはできませんわ」
「貴女は歌姫なんです。僕達にとって大切な方です。戦闘には関わってほしくありません」
「相変わらず優しいのですね、ニコルは」

少しだけ乱れてしまった薄桃色の髪を優しく直しながら、ニコルと呼ばれた少年はため息をつく。

「ニコル・アマルフィ…」

噂は聞いたことがある。嫌というほど。
歌姫に影のように付き従っていたピアニスト。
ラクス・クラインが行方をくらましたと同時に姿を消した彼もまた、闇の一族の一員だったということか。
それも上位の。
おそらく彼が五大公の残る1席に座する人物なのだろう。
穏やかな表情を浮かべていながらも、その仕草1つに上に立つ者の品位が見える。

彼女の呟きが聞こえたのか、ニコルがその視線をミーアへと移す。
あどけない顔立ちはどちらかと言えば中性的で、ラクスと並んで立つ姿はまるで天使画のような神聖さを感じさせる。
だが、ミーアを見下ろす視線に宿る光はとても冷ややかだ。

「成程。知らない人が見たら間違えるのは無理もありませんね」
「ニコルもそう思いますか? 偶然って怖いですよね」
「でも見た目だけですね。中身は比べものになりません。心も力も」

まるで劣化品だと言い捨てる姿は、普段のニコルを知る人物ならば驚いて当然だろう。
だがこれがニコルの本質だ。
ニコルは少女のような容姿と柔らかい雰囲気で誤解されがちだが、自分が心を寄せる人達に害をなす者を赦すほど寛容ではない。
好戦的ではないが降りかかる火の粉は全力で排除する力くらい備えている。
それは時としてアスランやイザークでさえ止めることができないほどで、今回のラクス偽者事件で一番憤っていたのは実はニコルだった。
そのため暴走しかねないニコルを抑える名目で使いを頼んでいたのだが、どうやらラクスが思っていた以上に急いで戻ってきてしまったらしい。
「ようやく」とは言ったものの、できればあと1日遅く帰ってきてほしかったと思うのは、穏便に終わらせたかったラクスの偽らない本音だ。
とりあえず問答無用でミーアを消してしまわなかったあたり、まだ余裕があったということか。
全身を雁字搦めにした挙句に地面に叩きつけるという行為が穏便とは言えないけれど、少なくとも命があるだけましだと思ってもらいたい。

「ところで、守備はどうでしたか」
「一応大人しくしていてほしいとは伝えておきました。了承してもらえたかと言うとちょっと微妙ですが」
「あの方達に命令することは私達にはできませんものね。乱入されないことを願うしかないのかもしれません」
「そうですね」

そう言って苦笑したニコルの顔が何となく可愛くて、ラクスがくすりと笑った。
勿論それはミーアのことを笑ったわけではない。それは分かっている。
現状に相応しくないそれはミーアを挑発するためのものではないのだけれど、その余裕がどうにも癪に障った。
この期に及んでまだ自分と向き合おうとしない少女にミーアの怒りは爆発した。
親から疎まれ、存在を隠され、全てのものから否定され続けてきたミーアにとって、自身を否定されることはこれ以上ないほどの侮蔑だった。
況してやそれが自分と瓜二つの姿をしていながら全てのものから祝福されて生きてきたラクス・クラインなのだから怒りは倍増するというもの。

「…ば、かにして……っ!」

脳内で何かがカチリと動く音がした。
怒りで箍が外れたという表現が正しいのかもしれない。
ミーアを取り巻く力の渦が一瞬で増した。
躑躅色の髪が己の発した波動を受けて波打つ。
瞬時に彼女を包んだのは、炎。
幻影でも何でもない、灼熱の炎だった。
翳した手のひらに火の玉が1つ2つと発生していく。
ミーアの属性は2つある。
1つが風で、もう1つが炎だ。
だがどちらもそれほど得意とは言えなくて、特に炎は力の調節ができずに幾つも屋敷を灰にしてしまったほどだ。
狩りの証拠を隠滅するには相応しい熱量だが、自制できない力は時にミーアの身体を傷つけることもあった。
そのため、より危険の高い炎を使うことは控えていた。
だが目の前の少女の笑みを前にそんなものは吹き飛んでしまった。

「あなたなんて、消えてしまえばいいんだわ」

制御できない炎はミーアの身体をも傷つけるがそんなことに構っていられなかった。
どうせ不死に近い身体だ。傷ついたとしてもすぐに癒える。
噴き出した炎によりミーアを拘束していた蔦は一瞬で灰と化し、ミーアはゆらりと立ち上がった。

許さない。
自分のことを否定する者は誰であろうと。
況してやそれが自分と同じ姿をしたものならば絶対に。

「許してなんかあげないんだから」

突然の変貌に目を見開くラクスに、ミーアは低く告げた。
怒りか絶望か、それとも身を焼き続ける灼熱の痛みにか、ミーアの眦から涙がこぼれた。


  • 12.07.20